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  • 【イベント報告】 第74回NRLフォーラム「ついに日本でもライブコマースが本格化するか?TikTok Shopの課題と可能性」(2025/10/01)

    ECも静止画の時代から動画の時代になってきた。特に最近注目されているのは6月から日本でのサービスが開始されたTikTok Shop。 これにより、TikTokアプリ内でショート動画やライブ配信を視聴しながら、直接商品を購入できるようになった。 そこで今回は、インフルエンサーマーケティングの第一人者C Channel株式会社 代表取締役社長 森川亮氏、株式会社enlarge 代表取締役 林竺青氏を迎えて「ついに日本でもライブコマースが本格化するか?TikTok Shopの課題と可能性」として題して講演して頂いた。 講師: 森化 亮 氏(C Channel株式会社 代表取締役社長) 講師: 林 竺青 氏(株式会社enlarge 代表取締役) ゲストフェロー: 山下 智博 氏(株式会社ぬるぬる 代表取締役) ホスト: 菊原 政信 氏(フィルゲート株式会社 代表取締役/Next Retail Lab 理事長) モデレーター: 藤元 健太郎 氏(D4DR株式会社 代表取締役/Next Retail Lab 常任理事) ついに日本でもライブコマースが本格化するか?TikTok Shopの課題と可能性   森川 亮 氏(C Channel株式会社 代表取締役社長) C Channelの森川氏によるプレゼンテーションでは、美容やライフスタイル分野に特化したSNSマーケティングの最新動向についての紹介があった。Cチャンネルは2015年に創業し、約10年の実績を活かして、ショップ運営からライブ配信、UGC(ユーザー生成コンテンツ)を活用した拡散まで、ECプロモーションをトータルで支援している。 特に注目すべきは、 ライブコマース の活用だ。これは従来のテレビショッピングに代わる新しい販売手法で、アメリカでは2023年に約2,300億円もの流通総額(GMV)を記録した。一方、インドネシアでは売れすぎたことによりTikTokコマースが禁止されるという事例もあるほど、その影響力は拡大している。 日本市場については、化粧品業界の売上がわずかに伸びているものの、競合の増加やEC化の遅れが課題となっている。日本ではオフライン販売が非常に充実しているため、そもそもECがあまり発展してこなかった背景がある。しかし、今や「やらないこと」が損失につながる時代だ。 TikTokショップはGMVの成長率が高く、出だしとしては良好である。日本の従来型EC運用とは異なる特徴を示している。従来の「ユーザーが商品を探す」モデルではなく、「商品がユーザーを探す」仕組みが形成されており、新しい購買体験が始まっている。この変化は、アルゴリズムによるレコメンドや動画コンテンツの拡散力によって実現されており、消費行動そのものの構造的転換を示しているといえる。 TikTokショップは初期購入者を効率的に集客できるプラットフォームであり、ブランドにとって新しい体験提供の場となり得る。特に広告費をかけずとも、優れたコンテンツが拡散されれば自然に購買へとつながる構造を持つ。そのため、成功の鍵は「コンテンツ設計」にある。単なる商品紹介ではなく、ユーザーの共感や興味を喚起するコンテンツを企画・制作することが最重要であり、まさにコンテンツ勝負の時代であるといえる。 中国のライブコマースの歴史とこれからのライブコマースの未来について 林 竺青 氏(株式会社enlarge 代表取締役) 林氏のお話からは、中国のライブコマース事情を中心に学ぶべきことがたくさんあった。 中国のライブコマースは2019年から始まり、特に2023年以降にその伸びが顕著となっている。初期の2019年から2020年にかけては、インフルエンサー主導の時代であり、多くのライブ配信が人気インフルエンサーに依存していた。 しかし、2021年から2022年にかけては、自社によるライブ配信が急速に成長し、ブランド自らが直接配信するスタイルへとシフトした。これにより、インフルエンサー依存から脱却し、ブランドの独自性や信頼性が高まる流れが生まれた。そして2023年以降は、自社ライブ配信がライブコマースの主流となっている。 林氏は、TikTokShopをただ売るためではなく、一つの認知策として利用していくべきと述べている。 TikTokショップの日本展開を支える三要素 山下 智博 氏(株式会社ぬるぬる 代表取締役) 山下氏は、中国において600万人ものフォロワーを持つインフルエンサーの方で、このコミュニティの強みは、豊富なデータや情報を活用しながら、メンバー同士の横のつながりを大切にしている点と述べた。 山下氏の話からTikTokショップが今後日本で定着・拡大していくためには、「データ」「コミュニティ」「情報」の3つの要素が極めて重要である。これらは、単に販売促進の仕組みではなく、プラットフォームとしての持続的なエコシステムを形成する基盤となる。             フェローディスカッション ディスカッションの様子 このディスカッションでは、ライブコマースや投げ銭ビジネスを中心に、日中の市場比較や消費者心理、今後の展望について多角的な意見が交わされました。 投げ銭とTikTokショップの関係性について 森川氏は、投げ銭ビジネスとTikTokショップの直接的な連動には限界があると指摘していた。投げ銭は主に「異性への好意」や「応援の気持ち」に基づく行為であり、必ずしも購買行動にはつながらないため、コマース化の難易度が高いという見解である。 一方で、既存のファン層に対して商品を販売することは可能であるが、それ以上の拡張性には乏しいと述べている。むしろ、専門性や明確なコンセプト、ブランドストーリーをもって発信するクリエイターの方が、TikTokショップでの販売成績を伸ばす傾向にあると分析している。 また、中国市場では偽物販売が横行している現状に触れ、同様の傾向がTikTokにも見られると懸念を示している。その上で、店舗スタッフなど「信頼できる販売者」が登場することによって、購入者の信頼度が高まり、より健全なコマース環境が形成されるのではないかと述べていた。 林氏は、投げ銭配信者は「話し上手」であるという強みを持っており、その点においてライブコマースにも通じるアドバンテージがあると述べている。ライブ配信では、商品の魅力を具体的かつ自然に伝えるトーク力が成功の鍵であるため、コミュニケーション能力に長けた投げ銭配信者はコマース領域でも一定の成果を出す可能性があると分析している。 山下氏は、エンタメ系の配信者がライブコマースで必ずしも成功するとは限らないと指摘している。その理由として、新しいプラットフォームでは必ず「新たなスター」が生まれる構造があるため、既存の人気者がそのまま成功するとは限らないと述べている。 加えて、ユーザーがプラットフォームごとに求める体験や価値が異なるため、TikTokにおいては「TikTokらしいスター」が登場し、その人物がプラットフォームを代表する存在になると分析している。 EC販促の限界とライブコマースにおける商品・コンテンツの関係 近年、従来型のEC販促が効きにくくなっており、消費者の関心は単なる価格訴求よりも「商品力」や「ブランド力」の強い商材へと移行している。こうした状況の中で、ライブコマースは新たな販売チャネルとして注目されているが、継続的に成功するためには「配信で扱いやすい商品」であることも重要な要素となる。 森川氏は、現代のライブコマースでは「商品」そのものよりも「コンテンツ」の魅力が購買を左右していると指摘している。そして現在、そのコンテンツの中心的存在は「インフルエンサー」であると述べている。 TikTokなどのプラットフォームでは、ユーザーの購買行動が衝動的であるため、従来のようにブランド力で勝負することが難しいという課題がある。すなわち、ブランドの認知や信頼性よりも、どれだけコンテンツが視聴者の興味を喚起し、瞬間的に購買意欲を刺激できるかが重要であると述べた。 林氏は、中国ではライブコマースの普及に伴い、「ライブ配信で紹介しやすい商品」を開発・設計する企業が増えていると指摘している。これは、単に既存の商品を販売するのではなく、ライブ配信での見せ方やリアクションを意識した商品づくりが進んでいることを意味する。 すなわち、ライブコマースが単なる販売チャネルではなく、商品開発の段階から影響を与える存在になっているといえると述べている。 自社ライブ配信の現状と課題 林氏は、知名度の低いブランドにとって自社配信だけで集客することは難しく、初期段階ではインフルエンサーの力を借りる必要があると指摘している。 その一方で、自社ライブ配信が流行している背景には「コストパフォーマンスの良さ」があると述べている。すなわち、インフルエンサー起用に比べて費用を抑えつつ、ブランド独自の世界観を直接発信できる点が自社ライブの強みであるという見解である。 山下氏は、Instagramのような「美しさ」や「完成度の高いビジュアル」を重視するプラットフォームとは異なり、ライブ配信では“ありのまま”のリアルさが価値になると述べている。 ライブは加工された演出よりも、自然体のトークや空気感が共感を生むメディアであり、そのためアフィリエイター(商品紹介者)にとっても売りやすく、またコンテンツを作りやすい環境であると分析している。 森川氏は、現状のライブコマースでは「誰から何を買っているのか」が不明瞭になっている点を課題として挙げている。つまり、販売者の信頼性や個性が十分に伝わらない状態では、ユーザーの購買体験が浅くなり、リピートやブランドロイヤルティにつながりにくいという指摘である。 ライブ配信の効果を最大化するためには、単に商品を紹介するだけでなく、「誰がどんな想いで売っているのか」という文脈を明確にする必要があると考えられると述べた。 ライブ配信の視聴実態と時間帯に関する考察 山下氏は、「ライブ配信は暇な人が見るものなのではないか」という問いに対し、中国の視聴者は“ながら見”をする傾向が強いと述べている。つまり、何かをしながらスマートフォンでライブを視聴する行動が一般化しており、中国ではスマホ依存的な視聴文化が形成されていると指摘している。 また、ライブコマースが必ずしも成功しない理由として、視聴者が必ずしも「購買」を目的に視聴しているわけではなく、「楽しむこと」や「暇つぶし」を目的にしている場合が多い点を挙げている。そのため、エンタメ性を重視したファン向けの配信は成立しやすいが、購買につなげるのは難易度が高いという分析である。 林氏は、ライブ視聴者は真剣に内容を見ているわけではなく、軽い気持ちで“適当に”視聴しているケースが多いと述べている。そのため、配信者側も過度に演出や構成を練りすぎる必要はなく、自然体で親しみやすいトーンの方が視聴者との距離が縮まると指摘している。視聴の“ゆるさ”が、逆にライブコマース特有の空気感やリアリティを生み出しているともいえると述べた。 森川氏は、ライブ配信の時間帯として「早朝」が有効であると述べている。早朝は他の配信が少なく、競合が少ないため、視聴者との接触機会を確保しやすいという利点がある。また、通勤・通学前の時間帯は“ながら視聴”が起こりやすく、一定のエンゲージメントを得やすいと考えられる。 TikTokライブの浸透課題と今後の可能性 森川氏は、TikTokライブが若年層にまだ十分浸透していない要因の一つとして、「消費者の価格重視傾向」を指摘している。結局のところ、多くの消費者は安価に購入できる場所を選択する傾向が強く、TikTokライブでの購買に必ずしも魅力を感じていないのが現状である。したがって、単にライブ配信を行うだけでは購買行動を喚起しにくく、他のECサイトとの差別化が不可欠であると述べた。 林氏は、過去にヤフーがコンタクトレンズの低価格販売で大きな成功を収めた事例を挙げ、価格競争による成功モデルが存在することを認めつつも、TikTokライブが発展するためには独自のUSPを確立する必要があると述べている。 すなわち、他のECプラットフォームでは得られない「TikTokライブならではの購買体験」や「ライブ視聴者との一体感」を明確に打ち出せるかどうかが、今後の成長を左右する鍵となる。 山下氏は、日本には「推し文化」が根付いており、「この人から買いたい」という感情が購買行動を強く動かす傾向があると指摘している。そのため、価格よりも感情的価値が重視される場面が増える可能性がある。 また、例として「ふるさと納税における農家のライブ配信」を挙げ、販売者自身の想いや背景を可視化することで商品に新たな価値が生まれると述べている。 消費者の心に響く物語性を付加できるかどうかが、TikTokライブにおける成功の分かれ目であり、“心に響く価値”を伝えられる人こそが、モノを高く売るチャンスを得ると分析している。 商品がユーザーを見つける時代 ― TikTokに見る新しい購買体験とマーケティングの変化 興味深かったのは、「ユーザーが商品を探すのではなく、商品がユーザーを見つける」という新しい購買体験の考え方だ。SNSを通じて偶然商品と出会い、思わず衝動買いしてしまうケースが増えており、これは従来のECとは全く異なる流れだと感じた。 ただし、こうした購買はリピート率が低い傾向もあり、戦略的なアプローチが求められる。 TikTokの運用についても、単に商品を売る場ではなく、インフルエンサーによる自然な発信が鍵となっている。 特に、マイクロ~ミドルインフルエンサーの起用や、UGCの量を増やすことが効果的だとされており、「リアリティ」が成功の重要な要素である。ライブコマースも、ただ配信するだけでなく、新規顧客の獲得や導線設計といった戦略的な活用が求められると感じた。 全体を通して、これからの時代は「広告」よりも「コンテンツ」が人の心を動かす力を持つと強く思った。売るために押し付けるのではなく、自然な形で“好きになるきっかけ”を作る。そのための方法として、SNSやライブコマースは非常に有効だと再認識できた。 文:神奈川大学 経営学部 佐藤櫻花

  • 【イベント報告】第73回NRLフォーラム「パラダイムシフトを機に何を始めるか? ネット黎明期の起業活動をふり返り、AI時代を展望する」(2025/7/30)

    インターネットの商用利用が始まってからおよそ30年。社会やビジネスの在り方は大きく変容し、私たちはその恩恵を日常の中で受けています。そうした変革の第一線でインターネット黎明期より活躍してきた起業家たちをお招きし、「パラダイムシフトを機に何を始めるか?」をテーマに、第73回 Next Retail Labフォーラムが開催されました。 本フォーラムでは、株式会社マーケティングジャンクション 代表取締役の吉澤隆氏をお迎えし、ネット黎明期の起業活動をふり返りつつ、今後AI時代に求められる発想や行動についてご講演いただきました。また、スペシャルゲストとして、同じく早期からインターネット事業に携わられてきたアイランド株式会社 代表取締役 粟飯原理咲氏、GoGlobal Catalyst Pte. Ltd CEO 平石郁生氏にもご登壇いただき、深い知見を共有していただきました。 さらに、当会フェローによるディスカッションでは、現役大学生の参加も交えながら、世代を超えた視点でテーマのさらなる掘り下げが行われました。 講師: 吉澤 隆 氏(株式会社マーケティングジャンクション 代表取締役) スペシャルゲスト講師: 粟飯原 理咲 氏(アイランド株式会社 代表取締役)平石 郁生 氏(GoGlobal Catalyst Pte. Ltd CEO) ディスカッション参加フェロー: 石郷 学 氏(株式会社team145 代表取締役)川連 一豊 氏(JECCICAジャパンEコマースコンサルタント協会 代表理事) ホスト: 菊原 政信 氏(フィルゲート株式会社 代表取締役/Next Retail Lab 理事長) モデレーター: 藤元 健太郎 氏(D4DR株式会社 代表取締役/Next Retail Lab 常任理事)       パラダイムシフトを機に何をはじめるか?ネット黎明期の起業活動を振り返り、AI時代を展望する(吉 澤 隆 氏:株式会社マーケティングジャンクション 代表取締役)   吉澤隆氏(株式会社マーケティングジャンクション 代表取締役)は、インターネット黎明期からビジネスの第一線に立ってきたご自身の経験をもとに、「パラダイムシフト」とは何か、そしてそれを起点として“何を始めるべきか”を、過去・現在・未来の三層構造で語りました。 講演の冒頭で提示されたのは、「パラダイムシフトとは、支配的な理論や価値観が根底から覆され、全く異なる枠組みに置き換わる劇的な変化である」という定義です。科学の世界にとどまらず、社会やテクノロジー、そして人々の“見方”や“問いの立て方”さえも変えてしまうこの変化は、たしかにインターネットの登場によって現実のものとなったと氏は振り返ります。 ■「Way Back Home」 吉澤氏が印象的に用いたフレーズが「Way Back Home」という言葉でした。これは、テクノロジーが単なる未来的な象徴としてではなく、私たちの手元に届き、「道具」として生活に根ざしていくプロセスを指します。 氏が1994年に手に入れたMac SE30は、まさに“未来”を持ち帰るような体験だったと言います。個人がコンピュータを持ち、通信ができるようになったとき、「生活そのものを自分で編集できる」という感覚が生まれた。その可能性は、後のeコマースやブログ文化、SNSのような自己表現の土壌にもつながっていきました。   ■ ネット黎明期にあった「素人性」と「共感」の力 当時のネット空間では、専門家が不在であることが強みでもあったと氏は振り返ります。「みんなが素人だった」からこそ、正解や型にはまらない自由な発想が生まれました。 特に注目されたのが、女性たちのネット参入による文化的転換です。「女もやってる」と見出しになるような時代に、花子ネットや@cosme、レシピブログのような“共感”と“日常感”を軸にしたサービスが次々と登場します。ここではマーケティングよりも“生活提案”が重視され、商業よりもコミュニティの先行が見られたといいます。 ■ 市場の構造を変えた「買い手が売り手になる」時代 吉澤氏はまた、インターネットによって「市場の構造そのものがひっくり返った」と指摘します。インターネットの発展により、買い手がそのまま売り手になる時代が訪れました。加えて、従来は電波や紙といったインフラを介していたメディアが、「コンテンツそのものがメディアになる」という大きな転換を見せます。 つまり、“情報を持っている人”ではなく、“何かを体験し、表現できる人”がメディアの担い手になる時代が来たのです。そこにいたのは、かつての「素人」たちでした。 ■ インターネットの進化を「スパイラル」としてとらえる このような変化に対して、吉澤氏は「過去から未来へ一直線に進むもの」ではなく、“スパイラル(螺旋)”のような動きとして捉えるべきだと提案しました。 ■ AI時代の新たなパラダイムへ 現在進行中のパラダイムシフトとは何か。吉澤氏は、過去を以下の三段階で整理します。   コンピュータの民主化(1990〜1998)  →操作する力の解放。誰もがキーボードの前でアイデアを形にできるようになった。 情報の民主化(1999〜2020)   →アクセスと発信の自由。スマホ普及により、誰もがメディアになれる時代へ。 知の民主化(2020〜現在)  →AIの普及により、創造・思考の領域が誰にでも開かれ始めている。   今、私たちは「知の民主化」という第3の波の真っ只中にいます。生成系AIが登場したことで、情報を集めるだけでなく、「考えること」「生み出すこと」にも他者(AI)の力を借りる時代が到来しました。 しかし同時に吉澤氏は問いかけます。メタバースや擬似体験が進むこの時代に、「こっちの世界」と「向こうの世界」、私たちはどちらで“暮らしていく”のだろうか? かつてのネット黎明期に、誰もが素人だったからこそ生まれた自由な創造。その精神は、今の私たちにも、そしてAI時代にも、きっと受け継がれていくのではないでしょうか。   女性視点から見るインターネット黎明期と「好き」から始まる起業(栗飯原理咲氏:アイランド株式会社 代表取締役) 栗飯原氏は、インターネット黎明期から女性ターゲットのWebメディアを開発・運営してきた経験をふまえ、当時のネット社会の空気感や、そこから生まれた新しい価値についてふり返った。 講演の冒頭で語られたのは、「好きなものを追いかけていたら、それが仕事になっていた」という言葉。ビジネスのために市場を探したのではなく、まずは「自分が欲しい」「誰かの役に立ちそう」という実感からスタートしたという。その結果として、“共感”や“生活知”を軸にした女性中心のネットサービスが形づくられていった。 氏が関わった「朝時間.jp」などはその象徴であり、単なる情報提供にとどまらず、「こんな情報が欲しい」「こういう場があったらいいな」というユーザーの声に応えるプラットフォームとなった。   また、「当時は“女性がネットをやっている”こと自体がニュースになる時代だった」というエピソードからは、いかに女性たちがネット空間の開拓者だったかが伺える。それと同時に、「感性」や「生活視点」を軸とした情報発信が、やがてレシピブログやアットコスメといったサービスの先駆けとなったという指摘は、インターネット文化における女性の貢献を再評価する機会となった。   平石郁生氏(GoGlobal Catalyst Pte. Ltd CEO)ー生成系AI時代に求められる現実的視座と戦略的発想 平石氏は、シリコンバレーを拠点に投資・起業支援を行ってきた視点から、生成系AIを中心とした現在のテクノロジー動向と、それに伴うグローバル競争の厳しさについて現実的な視座を提示した。 特に強調されたのは、「資金調達力がなければ、グローバルでの勝負は極めて難しい」という点である。生成系AIは、莫大な計算資源やデータを必要とする領域であり、すでにGoogleやOpenAIといった大手企業が主導権を握っている構造のなかで、一部の才能ある個人や資本力を持つ企業以外の生存戦略をいかに構築するかが問われているとした。 また、彼は「単に技術力があるだけでは不十分」と述べ、どの国のどの文化圏に、どんな価値を届けられるのかという“文脈の理解力”や、ユーザー視点でのプロダクト設計、そして何より持続可能な事業設計の重要性を強調した。 その言葉は、吉澤氏の「民主化のスパイラル」や、栗飯原氏の「好きなことから始まる起業」といった理想に対し、グローバルな現実とのギャップを浮かび上がらせるものであり、理想と現実の接点をどう設計するかを考える重要な問いかけとなった。 ◾️ディスカッション「AI時代に、私たちはどう動くべきか?」   講演後半では、登壇者とフェロー、そして会場の学生も交えたディスカッションが行われました。生成系AIの進化やEC市場の変化、教育や小売の未来など、さまざまなテーマに対して活発な意見交換がなされました。   ・AIに仮想インタビューさせることは意思決定として有効か?」 モデレーターの藤元氏は、「仮想ペルソナを立て、AIにインタビューさせることで意思決定してしまっていいのか?」という問いを登壇者に投げかけました。 この問いに対し、登壇者の見解は大きく分かれました。 吉澤氏は、AIが示す複数の思考パターン、たとえばエビデンス型やコンテキスト型の可能性に注目し、「人とAIのハイブリッドな意思決定」を肯定的に捉えました。人の判断力を補うツールとしてAIを位置づける柔軟なスタンスが印象的でした。 一方、平石氏は慎重な立場を取りました。「AIは数学モデルであり、そこにはストーリーがない。ナラティブがなければ、人の心は動かない」と述べ、創造や感情のような本質的価値はあくまで人間にしか担えないと強調しました。 この議論に関連して粟飯原氏は、情報の受け手と発信者の関係が変化している点に言及。「いまはすべての人が“インフルエンサー”になれる時代」と語り、個人がコンテンツそのものになりつつある現代の情報構造を補足しました。   ・「検索流入が難しくなった今、ECはどう展開すべきか?」 この投げかけに対し、粟飯原氏は「これからのECは“人軸”へとシフトしていく」と力強く語りました。 具体的には、「この人のおすすめだから買いたい」という動機が消費行動の中心にあるとし、ブロガーやインフルエンサーなどの“推し”と結びついたコミュニティ型ECの重要性を強調。購買行動そのものが、共感や憧れを軸としたストーリーに移行しているという分析は、多くの聴衆の共感を呼びました。    ・「AI時代に、今学生だったら何に挑戦しますか?」 最後に、会場に参加していた学生から「まだやりたいことが見つかっていない。そんな自分は何に挑戦したらいいのか」というリアルな問いが投げかけられました。   粟飯原氏は、「やりたいことが明確でなくても、まずは動いてみることが大切」と励まし、小さな興味から世界が広がること、翻訳ツールを活用して海外に出るなどの具体的なアクションを提案しました。 平石氏は即座に「間違いなくシリコンバレーに行く」と回答。続けて、「英語・ファイナンス・プログラミングの3つは間違いなく武器になる」と語り、AI時代における“行動力”と“スキル”の重要性を強調しました。 ◾️講演をふり返って:時代を越えて響き合う「はじまり」の感覚   3名の登壇者による講演では、それぞれの立場から、時代の変化にどう向き合い、「何かを始めたのか」という実体験が語られました。 吉澤氏は、コンピュータやネットが一部の人のものではなく、誰もが使える“道具”になっていった過程を「民主化のスパイラル」と表現し、テクノロジーが人々の手に渡っていく感覚を具体的に示しました。粟飯原氏は、「あったらいいな」や「自分が欲しい」という素直な気持ちが起業につながっていったと語り、特別な構想や戦略よりも、日常の中にある感性が原点になりうることを教えてくれました。そして平石氏は、AI時代におけるグローバル競争の現実を示しながら、理想を形にするには「構造的な強さ」が必要だという視点を提示しました。技術が進化し、常識が書き換えられていく中で、私たち学生にも「問いを持つ力」や「未来を描く力」が問われているのだと感じました。   文:青山学院大学経営学部 大谷凜花

  • 【イベント報告】第72回 Next Retail Lab フォーラム アイスタイル共催「ドン・キホーテのDXの始動を担ったCDOが見通す日本の小売とエンタメの未来とは?」(2025/6/6)

    共感と物語が購買を動かす──ディスカッションで見えた小売の未来像 2025年6月6日、第73回 Next Retail Labフォーラムは、通常の講演形式とは異なり、最初から最後までディスカッション形式で展開される異例のプログラムとなった。 テーマは「小売とエンターテインメントの融合、その先へ」。@cosmeを展開するアイスタイルと、ドン・キホーテを運営するPPIHの取り組みを起点に、リアルとデジタル、体験と共感、購買と推し活といったキーワードが飛び交い、小売業の本質を問う熱量の高い議論が繰り広げられた。 なぜ人は商品を手に取るのか──“共感”が新たな購買理由に 議論の冒頭で提示されたのは、「いま、なぜ私たちは商品を“買いたくなる”のか?」という問いだった。価格や機能といった合理的な要素だけでは語りきれない、感情に基づいた購買理由の重要性が共有された。 中でも注目されたのが、“応援したい”という気持ちが消費行動の背景にあるという点だ。アイスタイルが展開する@cosmeでは、単なる評価スコア以上に、「誰が紹介していたか」「どんな想いでレビューされたのか」といった背景への共感が購買を後押ししている。こうしたレビューの熱量や語り手のストーリーが、単なるスペック比較では捉えきれない「買いたくなる理由」を生み出している。 この共感消費の傾向は、ドン・キホーテのようなリアル店舗でも顕著だ。「ドンキが好きだから行く」「独特な売り場のワクワク感が好き」といった感情に支えられた来店動機は、機能や価格の比較では語れない“ブランド愛”によって生まれている。日用品を扱う一方で、まるで“宝探し”のような買い物体験ができる売り場設計は、エンタメとリテールを自然に融合させた象徴的な事例といえる。 株式会社ティー 代表取締役  佃慎一郎氏 「買わなかった人」の行動に、インサイトが眠っている 議論は次第に、「購入に至らなかったユーザー」の行動へと視点を移していく。@cosmeでは、商品ページを閲覧するだけで購入に至らない“見る専”ユーザーが全体の7割を占めるという。だが、この非購買行動の中にこそ、企業が見落としがちな潜在ニーズが眠っている。 たとえば、リアル店舗でテスターを試し、商品を戻すという行動の背後には、「思っていた香りと違った」「似たような商品と迷っている」「時間がなくて購入できなかった」など、さまざまな“ためらい”や“比較”が存在する。こうした“声なき行動”を読み解くことは、次の打ち手につながる貴重なヒントになる。 株式会社アイスタイル Beauty Tech.jp編集長 矢野 貴久子氏 アイスタイルデータコンサルティング株式会社 取締役 山内健太郎氏 PPIHでは、こうした小さな顧客行動までをデータで捉え、仮説検証を重ねて改善につなげる文化が根付いている。@cosmeにおいても、レビューの内容や閲覧履歴から、ユーザーの関心の方向性を可視化し、文脈に沿った提案を可能にするなど、非購買データの活用が進みつつある。 OJTとデータが交差する現場が、次世代の競争力をつくる PPIHの強みとして語られた「OJT型経営」も、大きな注目を集めた。現場スタッフが「まずやってみる」精神で売り場を調整し、顧客の反応を見ながら即座に改善していくスタイルは、仮説検証の連続ともいえる。 一方で、OJTは成功が属人化しやすく、他店舗への水平展開が難しいという課題もある。そこにテクノロジーが介在することで、現場の感覚をデータとして可視化し、社内での再現性を高めることができる。 ドン・キホーテでは実際、陳列や棚替え、在庫補充の変化による売上インパクトをデータで分析し、現場の知見をナレッジ化している。これは、“勘と経験”を“組織知”へと昇華させる仕組みであり、これからのリテール現場に必要な視点だ。 「共に育つ」ブランドとして、小売は“文化”になる ディスカッションの終盤、小売という行為の再定義が試みられた。購買はもはや“取引”ではなく、“関係性”を起点とした営みへと変わりつつある。 @cosmeの店舗展開も、まさにその象徴だ。2007年、アイスタイルがリテール事業に進出した背景には、「ネット上の評価だけでは伝えきれないコスメの魅力」を体験として届けたいという思いがあった。香りやテクスチャーなど、実際に触れてこそ伝わる価値を提供するため、自由に試せる店舗づくりに取り組んだ。 今後は、“買う以上の意味”を持った体験型施設の構想も進んでおり、入場料を払ってでも訪れたくなるようなエンターテイメント性を備えたリテールの可能性が模索されている。これは、蔦屋書店やコストコといった“場の価値”を重視する店舗に近い発想でもある。 そしてもう一つ、重要なキーワードとして浮かび上がったのが「推し活」だ。 消費行動は今、「誰かを応援したい」「好きな世界観に貢献したい」という思いに支えられている。韓国コスメと韓国アイドルのコラボ商品のように、“買うこと”が“推すこと”につながるケースは増えており、購買は自己表現や参加意識に結びついている。 リアル店舗が「応援の場」として機能するようになれば、リテールはただの商売を超え、「文化を共有する場」へと進化するだろう。 まとめ──「買ってもらう」から「一緒に育つ」へ 第73回フォーラムを通じて明らかになったのは、小売の役割が大きく変容しているという事実だ。 共感、応援、体験、物語──これらを軸に、顧客とブランドが「一緒に育っていく」関係性こそが、これからの小売の本質となる。 合理性では測れない“非合理な共感”こそが、ブランドの価値を高めていく。モノを売るのではなく、“意味”と“物語”を届ける。それこそが、今、リテールに求められている姿なのだ。 これからの店舗は、「売場」ではなく「共創の舞台」として再定義される。 その第一歩を、このディスカッションが確かに指し示していた。 青山学院大学 経営学部 音地李花 井ノ口裕貴

  • 【イベント報告】「リサイクル型社会をリテールとマーケティングで促進するには?」(3/6 第71回NRLフォーラム)

    2025年3月6日、NMPLABとNext Retail Labの合同イベントが開催された。 Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。 今回は「リサイクル型社会をリテールとマーケティングで促進するには?」をテーマに、参加者全員で持続可能な流通とマーケティングの在り方について議論が行われた。 さらに、本イベントでは株式会社Ripplesが提供する革新的な容器技術を取り上げ、CO2削減や資源削減、障がい者雇用創出など、多面的な視点からサステナブルな未来を考える場となった。 講演には 株式会社Ripplesの荒裕太氏と原田雄司氏、そして、地球もわたしも元気になる合同会社代表の神馬彩夏氏が登壇。実務経験に基づいた講演内容は、多くの刺激と洞察を与えるものであった。 また、講演後にはNext Retail Labの理事をはじめとする参加者によるディスカッションが行われ、リサイクル型社会実現に向けた具体的なアイデアや課題解決のヒントが共有された。 本レポートでは、これらの講演やディスカッションを基に、リテールとマーケティングの新しい可能性について考察する。 ■講師:  荒裕太氏 株式会社Ripples 代表取締役  原田雄司氏 株式会社Ripples 共同創業者  神馬彩夏氏 地球もわたしも元気になる合同会社 代表 ■ゲスト: 株式会社Dole ■ホスト:  菊原正信氏 フィルゲート株式会社 代表取締役(Next Retail Lab 理事長)  藤元健太郎氏 ディー・フォー・ディー・アール株式会社 代表取締役社長(Next Retail Lab 常任理事) 江端浩人氏  江端浩人事務所代表 次世代マーケティングプラットフォーム研究会 主宰     目次) 講演: 第1部:株式会社Ripplesによるリサイクル型社会の促進 1.はじめに:株式会社Ripplesの使命と背景 2.会社概要と創業の経緯  2.1 創業メンバーと専門性  2.2 主な事業領域 3.水平リサイクル容器「P&Pリ・リパック」  3.1 製品の特徴とメリット  3.2 導入事例と運用方法 4.社会福祉と教育支援の取り組み  4.1 障がい者雇用の創出  4.2 こども食堂との連携と効果 5.今後の展望  5.1 環境分野でのさらなる活用  5.2 防災・教育・福祉分野での活動拡大 6.まとめ:社会課題解決型ビジネスモデルの可能性 第2部:地球もわたしも元気になる合同会社の取り組み 1.イントロダクション:2050年を見据えたビジョン 2.会社概要とミッション  2.1 地域コミュニティ強化の重要性  2.2 ゴミ問題解決の多角的アプローチ 3.主な取り組み:エコルシェを中心に  3.1 規格外食材の活用とB型事業所の支援  3.2 クラウドファンディング成功事例  3.3 子ども服のおさがり交換会 4.今後の課題と展望  4.1 消費者意識改革の深化  4.2 地域経済循環モデルの強化 5.まとめ:地域と地球に優しい未来を目指して 第3部:株式会社Doleの取り組み 1.はじめに 2.主な取り組み  2.1こども食堂・フードバンク・被災地支援  2.2食育活動  2.3環境配慮型パッケージの導入 3.「もったいないバナナ」プロジェクト  3.1背景と目的  3.2活動内容  3.3オフィス向けデリバリーサービス 4.「もったいないフルーツアクション」  4.1目的  4.2活動方針 5.まとめ ディスカッション:リサイクル型社会実現に向けたアイデアや課題解決のヒント ・日本の文化と行動変容 ・社会的活動とエコシステム まとめ リサイクル型社会をリテールとマーケティングで促進するには? (荒裕太氏 株式会社Ripples 代表取締役、原田雄司氏 株式会社Ripples 共同創業者) はじめに 本講演では、環境問題への挑戦、福祉の促進、防災対策、教育支援を通じて社会に貢献する新しいビジネスモデルが紹介された。株式会社Ripplesのミッションや事業内容について具体的な取り組みが解説され、参加者にとって社会課題解決の実践的なアイデアが得られる内容であった。 株式会社Ripplesの創業と事業展開 会社概要   株式会社Ripplesは、2023年7月に創業され、東京都渋谷区恵比寿を本社に構えるスタートアップである。  創業メンバーは、約20年間人事領域に従事してきた荒裕太氏と、10年間樹脂領域に従事してきた原田雄司氏。両者の専門性を活かし、次の3つの事業に注力している。 水平リサイクル容器を活用した取り組み 障がい者雇用に関するマッチング事業 こども食堂支援プロジェクト 会社ミッション  「都市資源を活用して、ソーシャルソリューションを提供する」を掲げ、環境、福祉、防災、教育の4つの軸で社会の変革を目指している。 水平リサイクル容器「P&Pリ・リパック」の詳細 水平リサイクル容器の特徴  Ripplesが開発した「P&Pリ・リパック」は、プラスチック容器とフィルムで構成されており、使用後にフィルムを剥がすだけで容器を汚さずリサイクル可能である。これにより以下の効果が期待される: ●     ゴミ重量比97%減少 ●     100枚使用あたり約4.2kgのCO2削減 ●     水を使用せず洗浄不要 導入事例   同容器は、全国176の大学、洞爺湖サミット、東京オリンピックなどの国際イベント、大手テーマパーク、そしてこども食堂を中心に導入されている。防災用途としても、災害避難所での炊き出し支援に使用され、環境負荷を大幅に削減する実績を上げている。 運用方法 社会福祉と教育支援の取り組み 障がい者雇用の創出   剥がせるフィルムの製造工程には、障がい者の手作業が取り入れられており、これにより新たな雇用機会が生まれている。 こども食堂との連携   水場や人手不足などの課題を抱えるこども食堂において、「P&Pリ・リパック」は革新的なソリューションとなっている。容器を使用することで、ゴミ削減、コスト削減、時間短縮が実現し、ボランティア活動の効率化に寄与している。現在、全国30か所以上のこども食堂で導入されており、防災支援の拠点としての役割も期待されている。 今後の展望 Ripplesは、以下の分野でさらなる事業拡大を目指す: 環境分野 : 大手外食チェーンやコンビニへの容器導入交渉。 防災分野 : 自治体と連携し、避難所での容器使用を推進。 教育分野 : リサイクル勉強会や講演活動。 福祉分野 : 障がい者雇用の拡大とコンサルティング。 また、大阪万博での容器導入や、カトラリーのアップサイクル事業にも取り組む予定。 まとめ 株式会社Ripplesは、プラスチックを捨てない時代を実現し、社会課題を解決する革新的なビジネスモデルを構築している。本講演を通じ、環境負荷削減と社会福祉の推進を両立する事業の重要性が再認識された。今後の活動がさらに注目される企業である。     地球もわたしも元気になる未来を目指して (神馬彩夏氏 地球もわたしも元気になる合同会社 代表) はじめに 2050年にも人間らしい暮らしを実現するために、地域コミュニティや消費者の意識変革を通じたゴミ問題解決に取り組む神馬彩夏氏の活動が紹介された。地球環境への配慮と地域活性化を両立する取り組みや、エコルシェの具体的な事例が詳細に語られ、参加者にとって持続可能な社会の実現に向けた具体的なヒントを得られる内容であった。 会社概要とミッション 地球もわたしも元気になる合同会社 は、神馬彩夏氏が横須賀を拠点に立ち上げた組織で、主にゴミ問題の解決を通じて「2050年にも地球も人も元気でいられる社会」の実現を目指している。特に「エコルシェ(エコなマルシェ)」を中心とした活動を通じて、次のようなゴールを掲げている: ●     ゴミを減らすことで地域コミュニティを強化する ●     経費削減や健康寿命の向上を促進する ●     地域経済の循環モデルを構築する また、「わたしのきっかけ」を創出することをミッションとし、ゴミ問題を多角的に捉える機会を提供している。 主な取り組み エコルシェ (=”エコ”な”マルシェ”)を通じて、次のような具体的な行動変容を促している。 実例と成果 ●     規格外食材の活用 :地元の牧場の牛乳と規格外のバナナを組み合わせたバナナミルクを作り販売。この過程で、B型事業所を活用することで、すべての人が参加できる働き方を提供している。 ●     クラウドファンディング :キッチンカー導入のため35日間で240万円を調達し、350名の支援者から協力を得た。 ●     子ども服のおさがり交換会 :地域の子育て支援センターと連携し、年2回開催。一日291枚の衣服が次の利用者のもとへ旅立った実績がある。 (実際の画像) 今後の課題と展望 神馬氏は、環境問題における消費者意識の改革をさらに深めるため、以下の課題に取り組む必要性を述べた: ●     店側が選択肢を増やす :消費者がよりエコな行動を選べるよう、提供するサービスや商品の幅を広げる。 また、ゴミ問題解決の取り組みを通じて、地域の社会資本増加や健康寿命向上、経済の循環モデルをさらに強化し、「 地球もわたしも元気でいられる未来 」の実現に向けて活動を続けていく方針を示した。 まとめ 神馬彩夏氏の活動は、環境問題だけでなく地域社会全体に好影響をもたらす革新的な取り組みとして注目される。講演では、地域経済やコミュニティの活性化を通じて、持続可能な未来を築くための具体的なアプローチが共有され、参加者にとって貴重な示唆が得られる内容であった。 株式会社Doleの取り組み はじめに 株式会社Doleは、フルーツの生産・販売を通じて「フルーツでスマイルを。」というブランドメッセージを掲げ、消費者とのコミュニケーションを図っている。単に商品を提供するだけでなく、地球環境を笑顔にすることを目指し、持続可能な社会の実現に向けた多様な活動を展開している。 主な取り組み Doleは社会貢献活動の一環として、以下のような取り組みを行っている。 ●     こども食堂・フードバンク・被災地支援 ○     年間117トン(約1800万円相当)のバナナを提供している。 ●     食育活動 ○     幼稚園へのキャラバンを通じて、バナナの栄養素や食の大切さを伝える。 ●     環境配慮型パッケージの導入 ○     プラスチック削減を目指し、紙パッケージの導入。 ○     フードロス削減のため、バナナの量り売りを実施(主に都内スーパーで展開)。   「もったいないバナナ」プロジェクト 「もったいないバナナ」プロジェクトは、規格外のバナナを有効活用する取り組みで、2021年9月に開始された。 背景と目的 ○     フィリピン産のバナナだけで年間約2万トンが規格外として廃棄されている現状を受け、フードロス削減と資源の有効活用を目指す。 活動内容 ○     バナナジュース専門店やカフェ、加工食品メーカーと提携。 ○     参画企業は50社以上、商品展開数(SKU)は60点以上。 ○     コンビニ(ファミリーマート、ローソン、セブンイレブン)、コーヒーチェーン(スターバックス、ドトール)でも商品展開。 オフィス向けデリバリーサービス ○     2023年10月に開始し、約半年で60社以上に導入。 ○     SDGsへの貢献が社員のモチベーション向上に繋がるとの調査結果も。   「もったいないフルーツアクション」 2023年10月に新たに開始された「もったいないフルーツアクション」は、規格外フルーツの有効活用をより広範に進めるプロジェクトである。 目的 ○     取り扱うフルーツの種類を拡大し、国産・輸入を問わず規格外フルーツのアップサイクルを推進。 活動方針 ○     「もったいないバナナ」で構築したプラットフォームを活用し、幅広いフルーツを対象に社会全体でフードロスに取り組む。   まとめ 株式会社Doleは「フルーツでスマイルを。」というブランドメッセージを軸に、フードロス削減や環境負荷軽減を目指したさまざまな活動を展開している。特に「もったいないバナナ」プロジェクトは、企業間の垣根を超えた取り組みとして拡大を続け、さらなる社会貢献を目指している。今後も「もったいないフルーツアクション」を通じて、持続可能な社会の実現に向けた活動を推進していく予定である。 【ディスカッション】 リサイクル型社会実現に向けたアイデアや課題解決のヒント 講演に続き、参加者によるディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。   リサイクルペットボトルの導入について、過去には「一度捨てたものをまた消費者の口につくものに変えるのはいかがなものか」という意見もあり、リサイクルペットを使用することに抵抗があったが、エコをテーマにした新しい製品が登場したことで、リサイクルペットボトルを飲料に使用することへの理解が深まり、現在では一般的に使用されるようになった。一方、瓶のリサイクルについては、リサイクルとしての優位性がある一方で、洗浄や輸送にかかるコストや、瓶の重さによる輸送効率の低下が問題として指摘されている。これにより、瓶のリサイクルは一見効率的に思えるが、全体的な環境への影響を考慮すると、改善すべき点が多いことが示唆されている。そのためリサイクルペットボトルの登場により、オペレーションの問題においてはかなり変わってきていると言える。   日本の文化と行動変容 日本人は特に衛生面に厳しく、人間中心の視点が強いとされている。例えば、過剰包装や衛生管理に対する強い意識があり、それがゴミ問題や環境問題に繋がっている。これに対し、海外ではエコ意識が高く、環境に優しい方法で物を購入したり使ったりする文化が広がっているが、日本では異物混入などを懸念し、そうした方法には抵抗感がある。また、プラスチックの使用についても、日本は大量のプラスチックを使用しており、その高機能化により消費期限を延ばすなどの経済的な理由からプラスチックが多用されている。しかし、この結果としてゴミが大量に発生し、環境負荷が増している。これを改善するためには、上位からの指導だけでなく、個人やコミュニティからの行動変容を促す必要があり、社会全体での意識改革が求められている。 さらに、行動変容を促すためのアイディアとして、ゲームフィケーションや報酬制度、リターナブルな容器の導入などが提案されている。例えば、ゴミ拾いやリサイクル活動に対してポイントを与えることで、参加者のモチベーションを高める方法が考えられている。これにより、環境に対する意識を高めるとともに、行動を促進することが可能になると期待されている。 最終的には、プラスチックの税金やリユースのインセンティブを高めることで、環境に優しい行動を促進する社会的な仕組みを作り、持続可能な社会を実現することが目指されている。 社会的活動とエコシステム 子ども食堂の支援活動を通じて社会的変容を促し、地域エコシステムを活性化させる取り組みも行われている。子ども食堂は単なる食事の提供だけではなく、地域コミュニティとの交流、食育、社会的支援を提供する場である。しかし、経済的に困窮している子どもたちが行きにくいという偏見があるため、そのアクセスの障壁を取り除くことが必要である。また子ども食堂が持つ社会的な意味は、貧困層への支援にとどまらず、地域のつながりを生み出すことにもある。地域の親同士が交流する場を提供し、子どもたちの社会性を育むことが求められている。 そして子ども食堂の活動を支援するため、企業や自治体との連携が重要である。特に、食品ロス削減に関する取り組みを通じて、食べ物の寄付や食育イベントの実施など、地域経済にも貢献しつつ社会問題に対処している。また企業の社会的責任(CSR)として、地域貢献やエコシステムにおける役割を果たし、子ども食堂の活動が社会的に認知されるような仕組みを作り上げている。例えば、企業版ふるさと納税の導入など、税制優遇を活用して地域支援を促進している。 しかし子ども家庭庁が子ども食堂に助成金を出す動きがあるものの、その実効性については疑問が残る。子ども食堂の数を増やすことが目的となりがちで、その先にある「子どもたちが幸せになること」を最終目標に据えるべきだという意識の重要性が強調されている。国の支援が単なる数の拡大にとどまらず、質の高い支援へと進化することが求められている。 子ども食堂は地域社会における重要なエコシステムの一部を成している。地域資源(例えば、食材やボランティア)を活用し、地域住民が互いに支え合うネットワークが形成されている。地域の問題解決には、自治体、企業、住民の協力が不可欠である。地域内での情報共有や連携を強化することが、持続可能な支援体制の構築に寄与する。 そして子ども食堂を通じて、食糧廃棄を減らすことが可能になり、食品ロス削減が進む。これにより、環境に対する配慮も行われ、持続可能な社会の実現に向けた一歩を踏み出している。また企業や自治体、メディアとの協働が、社会全体での「持続可能な未来のための変革」を促進するエコシステムを作り出している。 このように、子ども食堂は単なる食事提供の枠を超えて、社会的な変容を促し、地域社会内でのエコシステムを活性化させる重要な役割を担っている。 まとめ 本講演では、複数の企業がそれぞれの視点からサステナビリティに対する取り組みを紹介した。各社は持続可能な社会の実現に向け、環境負荷の低減、資源の有効活用、循環型経済の推進に注力しており、製品設計の見直しや新しい技術の導入を通じて課題解決に取り組んでいることが示された。また、企業間の連携やステークホルダーとの協働が重要であることが強調され、長期的な視野に立ったサステナビリティ戦略の必要性が共有された。 またディスカッションでは、企業がサステナビリティを推進するうえで直面する課題と解決策について活発な意見交換が行われた。特に、環境負荷の低減と経済性の両立、消費者の意識改革、業界全体での協力体制の強化という三つのテーマが中心となった。環境負荷の低減と経済性については、持続可能な原材料の採用や製造プロセスの改善が重要であり、長期的な利益を見据えた投資が必要であることが確認された。消費者の意識改革に関しては、企業からの情報発信を強化し、消費者に選択肢を提供することで行動変容を促すべきだとの意見が出た。業界全体での協力体制については、共通の目標設定や情報共有を通じて持続可能な社会の実現に向けた協働が不可欠であることが強調された。これらの議論を通じて、個々の企業の努力だけでなく、社会全体での意識と行動の変革が求められていることが再確認された。   文: 青山学院大学経営学部マーケティング学科 杉木莉沙子、青山学院大学経営学部経営学科 柴田凜

  • 【イベント報告】第70回 Next Retail Lab フォーラム「老舗から学ぶ企業の存続」(2025/1/23)

    2025年1月23日、第70回となるNext Retail Labとは、「次世代の小売流通サービス」をテーマにした研究会であり、製造から小売りまで様々な業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言を行う任意団体である。 今回は、「老舗から学ぶ企業の存続」をテーマに、伝統ある入浴剤メーカー、バスクリンの松崎哲示氏が、企業存続の秘訣やサステナビリティを軸としたものづくり、時代に即した製品戦略について講演が行われた。温泉文化を未来につなぐ同社のこだわりが印象的な講演内容であった。 また、講演に続き、Next Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、現代人の入浴スタイルの変化における課題や戦略について多角的に議論が交わされた。   講演概要 本講演では、バスクリンの創業から現在に至るまでの歴史、製品開発における理念や市場変化への対応が解説された。また、入浴文化の新たな価値創造やサステナビリティへの取り組みも紹介され、実践的な示唆に富む内容となった。   バスクリンの歴史と成長 1930年にブランドが誕生。婦人薬の「中将湯」の製造過程で発生した切れ端を湯船に入れると体が温まるというところから入浴剤の発想が生まれた。そして、「植物の活用」を原点とし、温泉成分、香り、色の要素を取り入れた製品開発を行った。また、高度経済成長期において、内風呂の普及により「温泉のような入浴剤」が市場に求められた。温泉地の成分や湯触り、情緒を再現する製品開発に注力するようになった。温泉の成分、湯触り、香りを商品で再現するため、温泉地でのフィールドリサーチを重視し、肌触りや情緒的な体験までも商品設計に取り入れている。   入浴剤開発の裏側 バスクリンは品質へのこだわりから、従業員が実際に入浴して評価するほど厳格な開発体制を敷いている。浴槽ごとの色再現テストや香りの拡散具合、さらには人口気候室での効果測定など、科学的なアプローチも重視。最近では「入浴と睡眠の質」に関する研究も進行中である。シャワーと比べ、浴槽浴は交感神経を落ち着かせ、深い睡眠に寄与することが分かっている。また、SNSを活用した啓発活動にも積極的であり、最適な入浴タイミングや入浴方法(半身浴など)を伝えることで、若年層を中心に「お風呂文化」を再認識させる工夫がなされている。   サステナビリティと地域活性化への取り組み エコ活動の推進 エコ検定を全社員が受験し会社全体でエコについての知識理解を深める取り組みを行っている。また、森を再生するプロジェクトを展開し、森林整備活動を行っている企業の活動を支援するなど、入浴に関係した、水の資源を守る活動を推進している。   温泉地との連携 温泉地の活性化プロジェクトに取り組み、寄付活動やユネスコ文化遺産登録を目指した署名運動も実施している。また、寄付金を募り、温泉地の活性化に充てるなど、製品開発の参考になっている温泉地への敬意を払っている。   グローバル展開と海外戦略 現在多くの国へ製品の輸出を行っている。東南アジア市場への進出は、日本企業の海外出店がきっかけとなった。海外では入浴文化が異なるため、日本の成分設計は特に注目されている。入浴文化がない海外の人々にとって、入浴剤は、新鮮なものであり、また、日本へわざわざ旅行をせずとも、気軽に日本の温泉気分が味わえる「日本の名湯」はかなり需要が高いと考えられる   ディスカッション 講演に続いて、フェローを交えたディスカッションの内容について、現在の課題とその解決策についてそれぞれをまとめた。 課題 ディスカッションで議論された課題は下記の通りである。 国内外の入浴文化の違い   海外の社交場としての入浴文化と日本の治療という目的として育まれてきた入浴文化が異なるため、文化の違いを踏まえて日本の文化としての入浴をどう海外に発信していくかが鍵となる。また、日本の入浴剤と海外のバスソルトの風呂釜の性質のために入浴剤の成分も異なってくるため、海外と日本の違いを生かした商品の開発、宣伝方法の施策が海外市場への展開において必要となってくる。 若年層の入浴離れ   ライフスタイルの変化に合わせた商品の提案が求められる。シャワー中心の生活が定着しつつある若年層に対して、入浴の価値を再提案する必要がある。 啓発活動の課題   消費者に入浴の健康効果や楽しみ方を浸透させるための効果的な広報戦略が不足している。そのため、入浴に関心を持つ消費者が少ないため、湯船につかる人が減っている。 若者層への訴求   入浴文化に親しみが薄くなっているZ世代へのアプローチ方法が限定的である。「疲れを癒す」以外の目的で入浴を楽しむきっかけが少ない。 海外市場の競争力 輸送料も加わってしまうため高価格になってしまう商品が入浴文化のない現地の消費者に受け入れられにくい。日本独自の付加価値やブランド力、入浴することへの魅力、メリットを伝えきれていない。 温泉施設とのコラボ   イベントや施設との協業が十分に活用されていない。消費者体験を通じたブランド認知拡大の機会が限定的である。 多様な顧客ニーズへの対応   新しい入浴の価値観として、特別な日や疲れた時に入るという日常づかいではなく特別な日のものとして使われつつある、入浴剤の新たな需要に対応しきれていない点がある。 解決策 上記の課題に対して、フェローより様々な提案がなされた。 薬湯と日本の入浴文化   薬湯(ショウブ湯、ゆず湯)は歴史が古く、江戸時代から存在していた。日本の入浴文化は治療目的が主であった。一方、海外では、社交場としての入浴が行われてきた。この文化の違いを踏まえ、日本の入浴文化が育まれてきた歴史的背景を生かしたマーケティングを展開し、海外の人々に日本の入浴文化を理解し、真似してもらうという異文化理解という付加価値を広める必要がある。バスクリンの製品の中で、実際に日本の温泉に入った気分を味わえる日本の名湯シリーズは、海外市場においてとても魅力的な製品であると考えられる。この製品の魅力を海外でどう発信していくかが海外市場への参入の鍵であると考えられる。 海外市場とバスソルト   ヨーロッパではテルマエ文化やバスソルト市場が存在する。バスソルトは古代ローマ時代から社交場の要素を持つ文化に由来しているため、現地の文化にマッチする製品展開が可能。日本市場では追い炊き機能など様々な性能がついている風呂釜を痛めてしまうことを懸念し、日本市場での塩製品の普及は難しいが、追い炊き機能などがない海外市場では展開可能である。現地の文化に合わせた製品(バスソルトや香り中心の製品)の開発や美容効果を訴求した製品開発が鍵となる。 新製品とマーケティング  既存ブランドを基盤に10年に一度新ブランドを立ち上げている。社員の多くは温泉愛好家で、温泉地調査への専門性が高いので、そのことを活かしたマーケティング展開し、新製品開発に反映する。気分や状況に応じた新しい香りや効果の提案や「疲れを癒す」以外のシーン(例えば、リフレッシュや集中力アップ、活力の向上)に対応した新たな入浴の目的を作れるような入浴剤の開発を行える余地がある。 入浴トレンドの変化   若い世代の入浴頻度が減少する中で、コロナ禍での在宅時間増加が若年層の入浴習慣に影響している。半身浴や整う感覚など、コロナ禍で在宅期間が長くなり、家族とのコミュニケーションの場として入浴時間を重視する風潮が生まれた。これを機に新しい入浴スタイルの提案を展開。SNSで、新たな入浴方法を提案。SNSを活用したキャンペーンやプレミアム感のある商品ラインを展開。入浴文浴文化を楽しく発信するイベントやインフルエンサーを活用する。SNSを活用した広告戦略を強化する。 サウナと整う体験   サウナ体験を再現する入浴剤の開発に注力する。香りや発汗の効果を重視した製品を企画する。「整う」感覚を家庭でも楽しめるようにする。 啓発活動と睡眠   入浴と睡眠の関連性をSNSやYouTubeで啓発する。アスリートや専門家の証言を活用して、入浴による疲労回復効果を訴求する。ブランドショップやイベントでの体験型マーケティングを強化し、消費者のエンゲージメントを向上させる。地域密着型の体験イベントを開催し、消費者との直接接点を増やす。 専門性と継承  温泉調査員は「湯を識別する能力」を持ち、特定の条件を満たした人のみが任務に従事しているので、温泉専専門家のノウハウをブランドストーリーや製品開発に活用し、信頼性を高める。科学的根拠に基づく入浴の健康効果を発信する。スリープテック企業やフィットネス業界とのコラボレーションで新たな需要を喚起する。 Z世代へのアプローチ   若者向けにお風呂や入浴剤の利用促進を目指し、プレミア感や特別感を提供する必要性が議論された。特別な日の「ご褒美」としての入浴剤の価値の認識を強化する。Sでのキャンペーン展開やインフルエンサーの活用を強化し、楽しい体験としての入浴文化を提案する。 海外展開と価格設定   日本国内と海外での価格差が問題視され、現地での価値を考慮した価格設定が必要とされた。高級ブランドのように価値観の提案を重視する必要性が指摘され、高価格帯のプレミアムブランド戦略を採用しつつ、現地に合わせた製品ラインを開発。商品期的視点で現地文化に適応した戦略を展開する。商品の「体験価値」を重視し、ポップアップイベントや試供品配布する積極的に行う。 新しい温泉施設の利用シーン   温泉施設がイベント会場やホテルとセットで利用される傾向が増加している。イベントの前後や待ち時間に温泉が活用されている。温泉施設やホテルと協力し、特別仕様の入浴剤や限定プランを提供する。イベント開催時に、入浴剤のプレゼントや割引キャンペーンを実施する。 香りや効果によるターゲティング 入浴剤の商品設計では、リラックスやスキンケアなどの目的に応じた細分化が進んでいる。入浴中の香りや整う感覚に特化した製品をさらに開発。サウナやスパ文化に関連した製品ラインを拡充する。用感や満足度の向上を目指す。 共同体験の重要性   ブランドや商品の認知度を上げるために、実店舗での体験型イベントやポップアップショップの活用が効果的。入浴を手軽で楽しい体験に変える新商品の開発を行う。SNSを活用し、「自分時間」や「癒し」をテーマとしたプロモーションを強化する。顧客とのエンゲージメントを向上させる。   まとめ バスクリンの取り組みは、伝統を守りながらも革新を続け、時代に合わせた入浴文化の提案を行っていることが強調された。また、製品の開発の元となった温泉地への活性化の支援や会社全体でのエコに対する知識や理解の向上は、温泉と真摯に向き合い、製品開発をしてきたバスクリンだからこその温泉への敬意の表れであり、入浴する際に大前提として必要な水という資源を大切に思っているからこその取り組みであると感じられる。移り行く消費者需要への対応、海外市場への拡大という点においてまだまだ課題が残る中、これらの取り組みが持続的な成長につながるよう、さらなる革新と戦略的展開に期待したい。   文:青山学院大学経営学部 音地李花、松原順正

  • 【イベント報告】第69回 Next Retail Lab フォーラム「アパレル店舗の海外進出の現状と未来」(2024/11/21)

    2024年11月21日、第69回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。 Next Retail Labとは、「次世代の小売流通サービス」をテーマにした研究会であり、製造から小売りまでさまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言を行う任意団体である。 今回は、「アパレル店舗の海外進出の現状と未来」をテーマに、ワールド・モード・ホールディングス株式会社 代表取締役社長の加福真介氏と、同グループ会社である株式会社iDA 代表取締役社長の堀井謙一郎氏を講師に迎え、アパレル業界の現状と未来について講演が行われた。 また、講演に続き、Next Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、海外進出における課題や戦略について多角的に議論が交わされた。 越境ECやリアル店舗展開を活用し、海外市場での収益を最大化しながら、効率的な投資とリスク管理をどのように実現するのか。さらに、デジタル化やサステナブルな取り組みを通じて、ファッション業界が次の時代に向けてどのように持続可能な成長を遂げていくのか。加福氏と堀井氏の講演をもとに、アパレル業界のグローバル戦略をレポートする。 「アパレル店舗の海外進出の現状と未来」   講演概要 本講演では、海外進出を成功させるための投資戦略、越境ECからリアル店舗展開までの包括的支援、デジタルとサステナビリティを活用した未来志向のアプローチが解説された。また、グローバル市場での成功に向けた人材戦略の重要性や、コラボレーションの具体例も示され、参加者にとって実践的な示唆が得られる内容であった。 ワールド・モード・ホールディングスの創業と事業展開 ワールド・モード・ホールディングス株式会社は、1999年にSEPHORAの日本進出を支援するなど、ファッション業界での実績を積み上げてきた。SEPHORA撤退時には、約300名のスタッフ雇用を守るという挑戦を成功させ、業界内での信頼を確立した。現在では、ファッション・ビューティー業界に特化した国内外唯一のソリューショングループとして、1,550社以上を支援し、業界全体の成長を牽引している。 グローバル展開の背景と現状 コロナ禍以降、越境ECの普及とインバウンド需要の急増がグローバル市場の変化を促進している。こうした状況を踏まえ、日本企業が海外進出を目指す際には、包括的な支援スキームが重要となっている。ワールド・モード・ホールディングスは、越境ECから現地店舗運営までを一貫してサポートする体制を整えており、新市場での競争力を高めている。 海外進出を成功させる戦略 海外展開を成功させるためには、効率的な投資とリスク管理が重要である。講演では、越境ECを活用したデータ分析を基に現地店舗展開を進めるアプローチや、グローバルCRMや生成AIによる顧客価値の向上が示された。また、現地企業との強固なパートナーシップの形成が、リスクを抑えつつ収益を確保する成功事例として紹介された。 人材戦略と教育支援の重要性 株式会社iDAは、ファッション・ビューティー業界に特化した専門性の高い人材派遣サービスを提供している。国内外で約8,000人のスタッフが稼働しており、現地スタッフの教育や研修を通じて組織力を向上させている。こうした人材戦略が、海外進出における競争力の源泉となっている。 デジタル化とサステナビリティ対応の未来 デジタル化の推進により、省人化オペレーションや業務効率化が進み、従業員が付加価値の高い業務に集中できる環境が整えられている。また、企業や学校との連携による新たなブランド創出や、持続可能な労働環境の実現など、サステナビリティに配慮した取り組みも進行している。 未来に向けた課題と展望 グローバル市場での成功には、オムニチャネル戦略が欠かせない。越境ECや現地ECを活用しながら、顧客体験を向上させる仕組みを構築することが重要である。また、持続可能で豊かな労働環境を実現するために、企業全体でのサステナブルな取り組みが今後の鍵となる。     【ディスカッション】  日本のファッションブランドの海外展開と市場適応戦略 講演に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。     ■ディスカッション参加フェロー   川添隆氏(エバン合同会社 代表取締役)      五月女由紀子氏(杉野服飾大学 教授)     ディスカッション内容 海外からの人材の流入と多国籍化 日本では絶対的な人手不足が進行しており、特に店頭販売員が不足しているという問題がある。このため、ワールド・モード・ホールディングス株式会社としては販売人を確保するのが困難な状況になっている。また日本企業は、海外の大学や語学学校、シンガポール政府のイニシアチブを活用し、海外で販売員を育成している。シンガポールでは、助成金を活用して販売員の能力向上プログラムが開始され、来年から本格的に始動する予定。コロナ前は台湾から多くの人材が来ていたが、現在はマレーシアやオーストラリアからの人材流入が増加しており、以前の中国人中心から多国籍化が進んでいる。円安の影響もあるが、日本で学びたいという意欲を持つ人々が増えている。 日本のアニメ産業の成長と可能性 日本のファッションブランドはアジアでは尊敬されているものの、韓国ブランドに対して劣位にあるとの認識がある。また日本のアニメは急速にグローバルでの影響力を拡大しており、輸出産業として4.9兆円規模に達している。アニメとファッションのコラボレーションが日本のブランド戦略において新たな可能性を生み出す可能性がある。アニメの人気は日本以上に海外で強く、例えばルフィやポケモンのキャラクターが商業施設で広く認知されている。これを活かしたコラボレーションは日本ブランドにとって大きなチャンスとされている。 顧客との密接な関係と成功事例の活用 海外展開において、ECだけでなく卸売を活用する可能性について言及。特に米国などでは、卸売を活用した進出が効果的であると提案されている。またファッション業界は変化に対して抵抗感が強く、ビジネスの進行がシーズンごとの仕込みに追われて振り返りが弱いという課題がある。変革を進めるためには、どうやって業界の固有の慣習を打破するかが重要なポイントになってくる。この解決策として、顧客との距離を縮め、成功事例を共有することで、変化を促進することが挙げられる。長年の関係性を活かし、提案書の作成や業務支援を通じて、新しい挑戦を一緒に進めることがワールド・モード・ホールディングス株式会社の強みとなっている。 ライブコマースとEコマースの融合 ライブコマースとEコマースの境界をなくし、ファッション業界を盛り上げるために、シンガポールで研修プログラムを実施する予定である。また中国市場進出を検討しているが、新日の国を選ぶことが重要とされ、現地パートナーとの協力を強調した。る. 自社だけでなく、仲間とともにアジア展開を支える方針が示されている。さらに東南アジア、特にベトナムでは、若い人口の増加と富裕層の拡大が見込まれており、日本で経験を積んだベトナム人がファッション業界に貢献する可能性が高いと述べられた。日本企業の進出に向けた環境整備が進むことが期待されている。 日本のファッションブランドの海外展開の課題 日本のファッションブランドが海外に進出する際、特にアジア市場では競争が少ないため、逆にブームを作りやすい可能性がある。特にドバイなどの中東市場では、日本のブランドは影響力を持っていないことが多く、逆にチャンスと捉えることができる。また複数の日本ブランドが連携し、ECサイトでの展開を図る形で、ブランド同士が協力し合う新たなビジネスモデルが提案されている。百貨店の空きスペースを利用した共同出店の形で、複数ブランドが集まり、海外市場に向けて商品を提供する方法が示唆されている。マレーシア市場などでは、現地の文化(例:ヒジャブを着用している女性)に合わせた商品展開が求められる。日本ブランドが現地のファッションスタイルを理解し、どのように商品を合わせるかを試行錯誤しながら展開していく必要がある。   まとめ 全体の総括 本講演では、海外進出を成功させるための投資戦略や包括的支援体制、デジタル技術やサステナビリティを活用した未来志向のアプローチが紹介された。特に、越境ECと現地店舗運営の一貫サポート、効率的な投資とリスク管理、グローバルCRMや生成AIを駆使した顧客価値の向上が重要な要素として強調された。また、ファッション業界における人材戦略やデジタル化推進、オムニチャネル戦略がグローバル市場での競争力向上に寄与することが示された。ワールド・モード・ホールディングス株式会社の経験を基に、現地企業とのパートナーシップ形成やサステナブルな取り組みの必要性も強調され、実践的な示唆が提供された。 またディスカッションでは、日本のファッション業界が抱える人手不足や海外進出の課題に対し、多国籍化する人材戦略やアニメとファッションのコラボレーションを活用した新たな戦略が紹介された。特に、シンガポールやベトナムなどのアジア市場での人材育成や、現地文化に適した商品展開の重要性が強調された。また、ECと卸売を活用した進出方法や、ライブコマースとEコマースの境界をなくす取り組みが示され、業界の変革には顧客との距離を縮め、成功事例を共有することが鍵となった。さらに、アジア市場や中東市場でのチャンスを最大限に活かすための戦略が提案され、日本ブランドのグローバル展開に向けた具体的なアプローチが示された。     文:青山学院大学経営学部経営学科 宮野葵、青山学院大学経営学部マーケティング学科 杉木莉沙子

  • 【イベント報告】第68回NRLフォーラム:「UGCサイネージ」と「iBODY」による新価値創出」(2024/10/24)

    2024年10月24日、68回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。   Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。   今回は、『「UGCサイネージ」と「iBODY」による新価値創出』をテーマに、柏木又浩氏が代表を務める株式会社ビーツの二つの新たなサービスについて、共に事業をすすめる株式会社REGALI代表取締役社長の稲田光一郎氏、iBODY JAPAN株式会社代表取締役社長の林和人氏を講師に迎え、それぞれ講演を行った。   また、講演に続いてNext Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、さまざまな論点で議論が交わされた。   UGCサイネージやiBODYが、その新しい機能によって目指す顧客体験とはどのようなものなのか。抜粋してレポートする。   目次)   講演: 「UGCサイネージ」と「iBODY」による新価値創出(柏木又浩氏:株式会社ビーツ、稲田光一郎氏:株式会社REGALI、林和人氏:iBODY JAPAN株式会社代表取締役社長)   ・サイネージとUGCコンテンツを連携、新たなアウトプットを ・人間のデジタルツインを作る、「iBODY」とは   ディスカッション リアルとデジタルの間をつなぎ、新たなUXの創出を   まとめ   ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事)   ※※   「UGCサイネージ」と「iBODY」による新価値創出 (柏木又浩氏:株式会社ビーツ、稲田光一郎氏:株式会社REGALI、林和人氏:iBODY JAPAN株式会社代表取締役社長)   柏木氏(以下敬称略):株式会社ビーツは、小売の販売現場を中心に、エンドユーザーに向けたブランド体験を軸としたソリューションを提供している会社です。「リテール領域のブランド体験を共創する」というミッションを掲げ、店頭の販促関連の販売什器やPOPの販売、店舗やショールームの施工などを手がけています。   今回は、「UGCサイネージ」と「iBODY」による新価値創出をテーマにお話させていただきます。まず、今回パートナーとして一緒にUGCサイネージに取り組んでいる、株式会社REGALIの稲田さんをご紹介します。   稲田 はじめまして、株式会社REGALIの稲田と申します。REGALIは創業が2017年、テクノロジーの力で小売を進化させるというミッションのもと、小売に対してのソリューションを提供してきました。   当社が提供しているのは、LEEEPというECサイト向けのSaaSです。LEEEPは簡単に言うと、ECサイト上にUGCや動画などのコンテンツをエンジニア不要で簡単に掲載ができるというサービスです。2021年11月から正式にサービスをスタートし、現在、サイト導入数は1100を超え、いろいろな業種、業態、規模のお客さまにご利用いただいています。   今、ECサイトは大きく変わってきています。一昔前は、大手のECサイトでも、商品などの画像と価格などのテキストがあるだけというのが一般的でした。しかし、今はSNSでいろいろな情報が見られるようになり、商品を購入する消費者からすると、これだけだと情報が足りないんですね。そうした消費者が求める多様なコンテンツをエンジニアがいなくても簡単に付加できるというのが、LEEEPのコンセプトになっています。   ではどんなコンテンツを掲載することができるのか。まずはUGCです。UGCはUser Generated Contentの略で、ユーザー・お客様の投稿などがその一例です。そして、動画も掲載可能です。やはりECの場合は直接商品に触れることができないため、動画で確認したいというお客様は多くいます。LEEEPではこうしたコンテンツを、エンジニア不要で簡単に掲載できる機能を提供しています。   サイネージとUGCコンテンツを連携、新たなアウトプットを   柏木:こうした機能を生かして新しいUGCサイネージを店頭に設置できないかということで、今年、私たちビーツと稲田さんのREGALIの2社で業務提携をして、一緒に「商品が売れるサイネージ」を目指すことになりました。   先ほど、稲田さんからECが変わってきたという説明がありましたが、僕もECを専門として仕事をしてきて、やはりECの中にある売上に関わるコンテンツが大きく変わってきていることを実感しています。中でも一番影響が大きいと考えているのが、ユーザーレビューと動画です。   ユーザーレビューに関しては、オンラインレビューを購入時に参考にするという人が77%、オフラインの店頭でも口コミやレビューをチェックするという人は70%というデータもあります。動画についても、商品詳細ページに動画を組んでいるECサイトは確実に増えています。今までは、YouTubeやInstagramのようなサイト外にある動画と中のECは、違うものとして存在していました。それが現在は、離れたソーシャルメディアという関係も残しながらECの中にも動画を埋め込み、そして、よりコンバージョンを上げていくという動きになっています。     稲田 一例を挙げると、例えば10ヶ月着回しができるという点が売りのトップスを紹介している約10秒の動画があります。動画だとテキストよりも圧倒的に多い情報量で瞬時に伝えることができるので、10秒の中に、シーズンごとのコーディネートを見せて紹介し、こんなに長い期間着続けることができるという特徴をコンパクトに表現しています。それから、たくさんモノが入って軽いバッグであれば、実際にモノを入れる様子や人が持って動く様子を動画にすることで、わかりやすくセールスポイントをアピールできます。   柏木:我々が考えたのは、オンラインでコンバージョンにつながるコンテンツなのであれば、それはオフラインにおいても売り上げに寄与するはずだという仮説です。オフラインの店舗でもその商品を購入するためのきっかけとすることができるのではないかと考え、UGCをオンラインからリアル店舗にアウトプットするという今回の取り組みを考えました。   もともとビーツには、クラモニという店頭やイベント会場などでご利用いただけるクラウドサイネージのサービスがありました。低価格で好評いただき、約200の企業が導入してくださっているのですが、REGALIさんと共同開発してこのサイネージとUGCコンテンツを連携させることができたら、新しいアウトプットが作れるのではと期待をしています。   現在は、これからコンセプト実証・PoCをやるという段階で、1社目として株式会社チヨダが展開している東京靴流通センターの店舗で実施する予定です。こちらの会社では機能性がある靴を多数扱っており、ECサイトもお持ちなのですが、そこにはその機能に関するレビューが多数投稿されています。そのレビューや動画を店頭に設置したサイネージに掲載し、反応を見ていきたいと考えています。   コロナ禍を経て、やはりオンラインだけではダメだということを多くの方が感じています。オフラインの本当の体験、リアルがあってこそのソーシャルメディアですし、リアルがあってこそSNSを見て共感することができるのではないでしょうか。今回の取り組みを通じて、リアルな店舗の体験を少しでも増幅できるような、そういう仕掛けを一つでも増やしていきたいと考えています。   人間のデジタルツインを作る、「iBODY」とは   今回お話する二つ目のテーマは、3Dボディスキャナーについてです。僕はアパレルにいた時に、ブランドの旗艦店にボディスキャナーを入れてオーダーのスーツを作ったり、元いた会社の部下がボディスキャナーの仕組み作りに携わっていたり、ボディスキャナーに携わる機会が比較的多くありました。   その上で、これからご紹介する「iBODY」を見た時、本当に驚愕したんです。こんなに低価格で、かつこんなに精度の高いスキャナーを見たのは初めてで、革命的だなと感じたことを覚えています。   小売の中でのボディデータ活用、顧客データの新しいあり方みたいなものが考えられないかなということで、林さん率いるiBODY JAPAN株式会社とジョイントをして、現在いろいろと取り組んでいるところです。最初に、林さんよりiBODYについて、詳しくご紹介していただこうと思います。   林:林です。よろしくお願いいたします。私はずっと金融取引システムを作る仕事をしていて、これまでに6社事業を起こし、今はこのiBODYをメインにビジネスをしています。   私は、金融取引システムがシステムの中で一番難しいと思っています。金融取引システムの経験をすると、次に何かやりたいことができてもやりやすい、次はお金と健康をやりたいと思い、トレーニングジムの会社を買収して、自社でボディスキャナーを作ってみました。   まず、iBODYとはどういうものか、簡単にご説明させていただきます。iBODYは、基幹システムを活用した高性能のボディスキャナーです。この基幹システムは、国立の産業技術総合研究所と共同で開発研究して作り、さらに独占使用権の契約を結んでいます。   このスキャナーでは、赤外線とCMOSの12台のカメラを使って、約150万点の点群を撮って約30秒で人間のボディデータを生成します。そして、人間のデジタルツインを作り、アプリで骨格や筋肉の状態、体の歪みなどを確認したり、体の状態に合わせたエクササイズをレコメンドしたりすることが可能です。     例えば、こちらはヘルスケアのアプリの画面です。点群で体を再生し、脂肪や筋肉、骨などの情報もわかります。下からでも上からでも360度見ることができて、横から見ると姿勢が結構歪んでいるな、なんてこともわかります。背骨が後ろに少しのけぞっていて中心がずれている場合、それを改善するようなおすすめのエクササイズも出てきます。また、体のサイズというセンシティブな情報なので、個人情報の暗号化などセキュリティ面でもしっかりと対策をしています。   西村:ここから少し、ビーツ側からの視点でこのiBODYの活用などについてお話しさせていただきます。株式会社ビーツで執行役員を務めております、西村幹太と申します。   ビーツとしては、このiBODYを活用して新たなUXを提供していきたいと考えています。皆様ご認識のとおり、労働力人口減少によって店舗の無人化、省力化は今後ますます進むと予測されています。先ほど見た、例えば身体の歪みがどこにあって、改善するためにはどうしたら良いかを提案するようなサービスも、今までは当然人が人に相対することで提供していましたが、今後はもっと自動化されていくべきものであるはずです。   さらに、このデジタルヘルスケアの領域は今、世界でも非常に伸びており、市場規模は2033年までに1兆9,209億米ドルに達する見込みだと言われています。日本でも健康経営に取り組む企業は年々増加しており、データを使った健康管理というものがますます注目を集めています。   このデジタルヘルスケアと言う観点で、iBODYは、先ほどお伝えしたようなフィットネスやスポーツジムに限らず、いろいろな領域での活用が期待できます。   例えば老舗の寝具メーカー、西川株式会社様では、全身の形状をミリ単位で計測が可能なボディースキャナーで測定し、体の骨格、姿勢のゆがみなどを可視化した上で、その人に合った寝具などをおすすめしています。   さらにはファッションの領域でもiBODYの活用はいろいろと考えられます。   例えば、人の体だけではなく、衣服も同じ要領でデータを取れば、体の測定をして作成したデジタルツインにデータを取った服を着せ、実際に着たときの様子を見ることが可能です。Lサイズがぴったりの人がSサイズの服を着ると食い込み、大きすぎるとぶかぶかになります。それから、シルクや木綿など素材によっても実際に着たときの雰囲気は大きく変わりますが、その違いもしっかりとわかります。   柏木:ファッション領域においてもう一つ考えられるのは、サステナビリティーの実現です。簡単に言うと、無駄なものを作らずに済むので、ファッションロスを減らすことができるんです。   欲しいサイズ、素材を確認したあと、その服のデザインデータを工場に直送すれば、本当に必要なものだけを作ることが可能です。このボディデータと、衣服のデザインデータがくみ合わさることで、新しい洋服の作り方にもつながるのではないかと思っています。   さまざまな業種と連携することで、iBODYの可能性は大きく広がります。今後もボディデータを活用したあらたな価値の創出を考えていきたいと思います。 【ディスカッション】リアルとデジタルの間をつなぎ、新たなUXの創出を   講演に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。   ■ディスカッション参加フェロー ・中見 真也氏 神奈川大学経営学部国際経営学科 准教授 ・松本 阿礼氏 株式会社ジェイアール東日本企画 駅消費研究センター研究員   藤元 最初に私から一つ質問させていただきたいと思います。UGCサイネージは、具体的な効果測定はしているのでしょうか。している場合、どのような形で効果を測っているのでしょうか。   柏木:効果測定については、各社これから開始するという段階です。カメラ測定のような機能をクラモニが持っているので、滞留時間みたいなものを最初に取ろうと考えています。最終的には、売上につながったのかどうかを測定する必要がありますが、そのあたりは例えばPOSの企業との連携など、いろいろな可能性を考えています。   稲田:さらにその次の構想として、ビーコンの技術を使って、誰が来たかを判別できないかと考えています。自社のアプリを持っている会社であれば、6mぐらいまでの範囲でどの会員が圏内に来たのかを検知することができます。全てのお客様の行動を測るという選択肢をあえて捨てて、アプリを持っているお客様がサイネージのエリアに入ってきたときに検知する、というやり方です。さらに、例えばポイントを貯めるためにアプリをレジでかざせば、その商品を買ったかどうかも検知することが可能です。   松本:私は駅ビルのユーザーの調査やリサーチを担当しているのですが、消費者の方たちは、店舗をメディアとして捉えているなと感じることがよくあります。雑誌として眺めるような形で、今のトレンドは何かなとか、何か面白いネタがないかという感じで歩いているというお話をよく聞くんです。そういった中で今回のお話にあったUGCサイネージは、これまでのような企業側の発信だけではなく、ユーザーの方々の情報も一緒に見られる場所をリアルで広げる可能性があり、店舗がお客様にとって役に立つより良い場所になっていくんだろうなと感じました。   ただし、リアル環境でのサイネージの視聴は、結構シビアだと思っています。私たちも実験すると、数秒しか見られていないことが多く、Web上で投稿されたものをそのまま映しても、異なる視聴環境だと見てもらえない可能性があるのではと思います。   そこを解決するために、例えば編集の仕方など、何か検討されていることはありますか。   柏木:これから実験をするという段階なので、まだ明確には言えないのですが、やはり環境によってコンテンツ自体の見られるポイントが変わる、アルゴリズムが変わるといったことと同じではないかと考えています。YouTubeショートやInstagramのリール、TikTokでも、3秒の壁、7秒の壁とよく言いますよね。その壁をどうやって超えさせるのか、というような実験をしていくことになるのではないかと思っています。例えば歩いている環境で流すのであれば、何秒ごとにアイキャッチが必要か、アイキャッチが効果があるとしたら映像が良いのかエフェクトの方が良いのか。棚の前だとまたアルゴリズムが異なるかもしれません。そうした勝ち筋みたいなものをいかに見いだすのかが重要です。そしてそれを体系化できるようになれば、さらにそこにAIをプラスしてより精度を上げていく。それができればリテールメディアに近づけるのではないかなと思っています。   稲田:例えばWebで考えた場合、一番UGCが輝く場所はどこかというと、商品詳細ですよね。それを実店舗に置き換えると、柏木さんがおっしゃったように棚だと思います。商品詳細にあるコンテンツの目的は、明確にCVRを上げることです。買おうかどうしようか迷っている人のあと一歩を押す。そう考えると、棚にあるサイネージも大通りにあるような大きいものである必要はなくて、小さなタブレットでも十分効果があるはずです。そして、凝視してくれるようなフォーマットが求められます。   また通りに置く場合は、恐らく店舗に立ち寄ってもらうためのきっかけになるようなコンテンツである必要があり、大きさも棚とは異なってくるはずです。そうした作り分けや、棚の次の通りのコンテンツ作りなどは、これからになってくると思います。   ? [1]  :リアルとデジタルの間を行き来するものがサイネージでありスキャナーであり、そこを鍵にして新しいUXを作ろうとされていることが、お話を聞いていてよくわかりました。   僕もいろいろなデバイスを使ったサービスや事業開発に関わることが多いのですが、いつもテーマになるのが、いかに人間の従来の振る舞いや意識に寄せた体験をさせるか、という点です。その点で何か計画しているようなことはあるでしょうか。ボディスキャナーでいうと、精緻な体のデータはその人のマザーデータとなります。AIでそこから予測データを生成する、例えば過去の写真や動画とマザーデータを突き合わせてその人の今を推察したり将来を予測したり、いろいろなことができるのではないでしょうか。   林:実は、3次元解析システムと人間の体というのは、AIが一番不得意とするところなんです。なぜかと言うと、今日の私の体型と昨日の体型は同じではなく、異なっているからです。AIで機械学習をさせて大量データを取ってみても、今の私とは違っているんですね。朝と夕方では身長は全然違います。私のボディデータをとって3Dプリンターで同じものを作っても、私のシャツは着ることができません。人間の体はそれほど柔軟でフレキシブルなんです。だからこそ、今という断面で私の精緻なデータをとって可変できるというところに商機があるというのが我々の考え方です。人間は生きているので、昨日と今日は違う、そこに何らかのビジネスチャンスがあるんだろうなと思っています。 まとめ   現実世界とデジタルの世界をつなぎ、いかにネットとリアルの融合をはかるのか。さまざまなチャレンジが続けられている中で、UGCサイネージとiBODYは、大きな可能性を秘めている。さらなる進化によって、顧客により良い体験を提供する起爆剤となるのか、今後のさらなる展開が期待される。

  • 【イベント報告】第67回NRLフォーラム「経営戦略としてのCXデザイン」(2024/9/25)

    2024年9月25日、67回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。   Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。   今回は、「経営戦略としてのCXデザイン~顧客時間が実践する思考体系」をテーマに、株式会社顧客時間で執行役共同CEO・代表取締役をともに務める奥谷孝司氏、岩井琢磨氏を講師に迎え、講演を行った。   また、講演に続いてNext Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、さまざまな論点で議論が交わされた。   顧客時間が考える、今必要な顧客体験とはどのようなものなのか、経営戦略にどのように位置づけ実践していくべきなのか、講演や参加者たちの議論を一部抜粋してレポートする。   目次)   講演: 経営戦略としてのCXデザイン~顧客時間が実践する思考体系(奥谷孝司氏、岩井琢磨氏:顧客時間顧客時間)   ・顧客体験を中心に据えた顧客デザインに必要なものとは ・Amazon、ウォルマートが実践する新たなCX向上 ・企業が直面する「4つのShift」とは   ディスカッション 顧客時間が考える、今の時代に必要な顧客体験の作り方とは   まとめ   ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事)   経営戦略としてのCXデザイン~顧客時間が実践する思考体系(奥谷孝司氏、岩井琢磨氏:顧客時間顧客時間)     岩井氏(以下敬称略):本日は、私たち顧客体験が日々いろいろな企業に向き合ってCXについてお話しする中で感じた、我々がどこに向かっているのかという思考体系をお伝えできればと思います。   私はもともと博報堂DYグループに勤め、そこでクライアントである事業会社のプロジェクト、例えばダイエーの事業再生などに携わってきました。主にプロジェクトマネージャーを長く経験しています。   奧谷 今日のお話は、「我々はデジタルイノベーションという大きな時代背景の中で生きている」ということが前提です。結果として顧客とのタッチポイントはデジタルになっていますが、やりたいことはさまざまな会社のエンドユーザー、顧客の体験設計のお手伝いです。それが結局、ある種のマクロトレンドにのっかって事業変革につながっています。   岩井 インターネットの始まりがデジタルイノベーションの始まりです。社会全体が変革するためには、40年かかると言われているそうです。例えば電気が発明されていきなり翌日電気の社会になるかというとそうではありません。そこからインフラが出来て、工場の生産体制が変わり、働き方が変わり…電気が当たり前の世の中になるのに40年くらいかかっています。そう考えると、2040年くらいが本当のデジタル社会の到来ではないかと言われています。そして、始まりから考えてそのちょうど真ん中くらいにあたる2020年にコロナ禍が起きています。コロナ禍のときに、何かが新しく大きく変わったという人はあまりおらず、もともと起きていた変化が加速した、と感じた人が多かったのではないでしょうか。   この前提を踏まえて、きょうは3つのお話をしたいと思います。一つ目が、顧客時間とは何か。そして思考体系としてのデザインシステム・CX Design System、そして企業が直面している「4つのShift」についてです。   奥谷 まず、われわれ顧客時間についてご紹介したいと思います。株式会社顧客時間は、設立して7年目になります。企業組織としては珍しいかもしれませんが、社員として登録されてるのは3人だけで、それ以外は全員メンバーとして携わっています。ストラテジー、デザイン、テクノロジーの3つの領域でプロジェクトごとにメンバーがアサインされ、顧客体験をデザインして、また解散するという形ですね。   現在は国内外の46人のメンバーがオンラインで繋がりネットワークを組み、受発注という形ではなく、共に創るという形で情報共有をしながら顧客体験のデザインをしています。   岩井 我々が大事にしているのは、顧客体験と事業変革の関係を直結させることです。どんなに事業が変わったと言っても、顧客の体験がより良くなっていなければ、それは事業変革としては失敗です。まず顧客体験から徹底して考えようというのが、私たち顧客時間が掲げていることですね。   加えて、特に新規の事業開発をするときは、顧客体験を経営という視座から考える必要があります。それは実現できるのか、実現するためにはどんな戦略が求められるのか、そしてどんなシステム組織が必要なのか、これらが全て整ってなければ、顧客体験は実現しません。顧客体験は経営としての視座から考えるべきであるというのが、顧客時間の思考体系の一番の原点でもあります。   奧谷 これまで顧客時間として携わってきた仕事を振り返ってみます。この会社を作った時は、小売り企業の仕事が中心になるかなと思ったのですが、実際はそうではなく、むしろ顧客体験というものをあまり作ったことがない小売以外の企業からのご相談が多数ありました。例えばカード会社でキャッシュレスデータからビジネスモデルを作る戦略サポートをやったり、メーカーや商社のDtoCブランド・サービスを作ったり、業種は多岐に渡ります。   もちろん小売企業のお仕事もしていて、例えばカインズさんとは、主要カテゴリであるDIYにおけるファンづくりなどをやらせていただきました。タッチポイントはもちろんデジタルなのですが、カインズさんには優れたIT部隊がいるので、そこでは僕らはあまりやることがないんですね。むしろ、この体験ができる場所を売り場のどこに持っていこうかとか、イベントを企画しようとか、タブロイドを作ろうなど、デジタル以外の部分でいろいろと取り組みがありました。デジタル側の開発はどんどん進んでいるけれど、実際の店舗で働く方たちはそれほどデジタルに馴染みがない。私たちはその間に入って翻訳するなど、気が付いたら当初の想定と全く違う仕事をしていることもあり、面白かったですね。   他にもBtoBやファイナンスなど、本当に小売りだけではなく、いろいろな業種の企業さんとお仕事をしています。   岩井 顧客体験を作る上では、当たり前ですがやはり顧客接点を持っているところが強いと思います。その点で小売りのみなさんはすごく優位に立っていると思うのですが、今、私たち顧客時間が取り組んでいる仕事を見ていただいても、顧客体験というものが今や小売業界の専売特許ではなく、いろいろな業界に共通して広がっていることがお分かりいただけるかと思います。今まで顧客接点を持ってこなかったところほど、それを作る必要性を感じて新たに力を入れ始めています。   顧客体験を中心に据えた顧客デザインに必要なものとは   岩井 業界を問わず、OMOやデータ活用というのは、当然ながら既に事業の前提であってももはや課題ではありません。   今我々が向き合っている企業の中で一番課題になっているのは、その上に立って事業システム全体をどう再構築するか、そして新しい顧客価値を実現する事業をどう創造するか、さらにはそのデジタルを前提とした事業構想力のある人材をどのように育成するかという点です。デジタル領域に限らない領域で、全体の改革が進んでおり、それが次の取り組み課題になっています。   その課題を解決するために何が必要なのか、大きく3つ感じていることがあります。1つは経営が顧客体験を考える視座を持っているかどうか。経営戦略の一つとして顧客体験を作るために何をするべきかを経営が理解している必要があります。もう一つはそれを進める際の経営陣のコミットメント。そして3つ目が、外部視点を持つリーダー人材の登用です。   奧谷 今までの企業によくある、いわゆる「順当な登用」ではなく、ちょっと違うところ、例えば外様にいたような人材がリーダーになってきており、変革の局面を表してるかと思います。   イコール転職してきた人に限らず、社内にいたけれどメインストリームではなかった人が意外と顧客体験について理解していたとか、そうしたケースも増えていますね。   岩井 この経営の視座が、本日の二つ目のテーマであるCX Desigh Systemに関するお話に関わってきます。ここについてお話したいと思います。     ホームページにも公開していますが、大きくは図のような形の考え方です。真ん中にあるのが顧客体験で、オンとオフが存在します。選択して、購入して、使用するという顧客体験に対して、お客様がどんな価値を感じられるようにするのかという「顧客価値」、実際にどのような体験をしたのかを把握する「顧客理解」、さらには誰がお客様なのかを考える「顧客戦略」、そしてそれらを通じて行う「顧客提案」、この4つの「顧客」とついている顧客レイヤーについては、システムの整合性が取れている必要があります。   そして、顧客レイヤーの外側は事業レイヤーです。当然、顧客価値は事業目的から降りてきますし、戦略は事業目標から降りてきます。さらに、システムを回していくためには組織が必要ですし、最終的には全体から得た事業成果を測らなければなりません。これら全体について、経営として整合性が取れているか、という考え方が顧客時間の考え方になります。   ここにある一つ一つは全てが関係しあって順次進むものなので、事業システム全体の設計をするという視座が必要になってきます。   奥谷 僕は実務家・マーケターとしてこの形をしっかり捉えようと言ってきましたが、それを経営の中に取り入れてもらうために、岩井さんにフレーム化してもらったものがこの図になります。どんなビジネスでも、客数掛ける客単価であることは変わりがありません。それを踏まえてこの図にあるような考え方をしていくと、真の顧客中心主義の経営になるという、そういう僕らの考え方ですね。   岩井 実際にこの図を張り出して経営会議をすると、自分のところはこれやっているけれど、こっちはどうなってるのと横の役員に聞き始めたり、経営トップの方が、君たちが掲げている顧客価値がちゃんと体験に落ちていないと思っていると発言して場がざわついたり、それぞれ担当の役員が異なっていて困ったり、いろいろなことが起きます。日々オペレーションが走っている中で、顧客体験についてこうして俯瞰的に見る機会というのはあまりないのではないかと思うので、経営の視座を確認するためにも、この図を活用するのは新たな発見をする一つの手法ではないかと思います。   Amazon、ウォルマートが実践する新たなCX向上   奧谷 顧客時間の考え方というのは、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)の延長線にあるものだと思っています。それをよくあらわしている一つの事例が、「Amazon Fresh」 [1]  です。Amazonはいろいろなことをやっていますが、ある意味ものすごくCRMを実践している会社ですね。   これ自体をシステム的に見ると、Amazon Goが食材になってカートになっただけかなと思いますが、我々が一番すごいと感じたのは、システムではなく、商品の半分ぐらいがプライベートブランドだということです。Amazonは小売大手のホールフーズ・マーケットを買収したので、生産能力自体は持っていると思いますが、それだけではなく、データ活用のすごさを感じますね。   岩井 そうですね、これはもうデータ直結の話ですよね。これを顧客時間のフレームに落としてみると、アプリを立ち上げて、店舗に入って、カートに入れて、オンラインで決済する、これだけだとカートが入っただけでAmazon Goと何も変わりませんが、やろうとしたことは何かというと、家に帰ってからAlexaを搭載したスマートスピーカーのEchoで「これを買い物リストに入れて」と言って、次の買い物リストを作成することです。実際にはあまり上手くいっていないところもあると思いますが、例えばある顧客がコーンフレークを買って、3日後に買い物リストにまた入れたとすると、3日でコーンフレークを食べたということがわかる。つまり、どのぐらいの頻度で何を食べたかというのが事後にわかるんですね。そう考えると、ここから取れるデータは商品開発に使えるはずです。   奧谷 こうしたカスタマージャーニーを作ることができればCX向上になることは間違いない。Amazonからそろそろキャットフードがなくなっていませんかとか、トマトジュースはどうですかと言われると、僕は普通に買ってしまいます。彼らはこのタッチポイントを使ってCRMをやっていて、顧客との対話を通じたCX向上を実現していることは間違いないですよね。   岩井 もう一つご紹介したいのが、ウォルマートです。ウォルマートでは、従業員が顧客の家の中に入って、買ったものを冷蔵庫の中に入れてくれるサービスを展開しています。   奧谷 非常に大きな注目を集めていて、ここ1、2年、いろいろな企業のお話を聞いていても、目指すべきはウォルマートだという声をやはりよく聞きますね。   荒っぽく言えばネットで頼んだものを持って行って冷蔵庫に入れているだけですが、Amazonのような大規模なデータ活用ができなくても顧客体験を向上させることができるという、良い事例ではないでしょうか。ネットスーパーをどうしようかと悩んでいるスーパーの方には、普通に高齢者にスマホを渡して、欲しいものを聞いて買い物できるようにしたらいいのではと僕は思いますね。サザエさんの三河屋さんです。   岩井 面白いのは、このサービスはもともと「インホーム・デリバリー」という名前だったのですが、今は「インホーム」に変わったんです。デリバリーそのものに顧客価値はなくて、冷蔵庫の中身が常に補充されて満たされることに価値がある。それによって、あなたの家庭では1週間で卵1パック食べるのに、注文が入っていませんよ、入れておきましょうかということができるようになるんですね。   さらに、覗いて食べたことがわかることから、何の仕掛けもない冷蔵庫が顧客接点になっている。顧客接点という考え方も非常に広義になってきていると言えます。   奧谷 顧客体験というのは、デジタルだけの話ではないわけですよね。僕はこれをヒューマンタッチテクノロジーと呼んでいますが、人とデジタルが介在することが顧客の喜びになる、そこに目をつけているのはさすがだなと思います。   企業が直面する「4つのShift」とは   岩井 今までお話した顧客体験、それを取り巻く顧客レイヤーや事業レイヤーを作っていこうとしたときに、今、大きく4つの観点で変化が起きていると考えています。これが、本日の3つ目のテーマである「4つのShift」です。   1つ目が、顧客価値。すべての企業はカスタマーサクセスへシフトする。 2つ目が、顧客戦略。すべての企業はLTV経営へシフトする。 3つ目が、顧客提案。すべての企業はユニファイドコマースへシフトする。 そして最後が、顧客理解。すべての企業はデータ&AIカンパニーへシフトする。   この4つが、我々の考える4つのShiftです。   まず、1つ目の顧客価値について。顧客価値と提供価値は意味が全く違っていて、顧客価値がお客様の成功、お客様にとって何が価値かを考えるのに対して、我々が提供できるのは何かというのが提供価値です。顧客価値にコミットしていくことが、すなわちカスタマーサクセスへのシフトですね。   奧谷 そうすると何が起きるかというと、事業の構造や顧客体験を変えていかざるを得なくなる。モノからコトへと言われて久しいですが、モノだけ提供して手放してしまったら、他に代替えはいっぱいあるわけですね。しかも顧客接点を持っていなければ、例え「こんなことができます」と伝えたとしても、顧客が自分で考えて行動するかどうかはわかりません。優れた企業というのは、つながり続ける、そして使い続けたいと思う体験設計をしています。   どういう体験を提供すればつながり続けてくれるのか。これこそを顧客エンゲージメントのコアに置くべきだというのが僕らの考え方です。大概の事業づくりにおいて、このフレームワークさえあればなんとかなる、逆に言えばこのフレームワークが作れないと大概ダメと僕は思っています。   岩井 二つ目の顧客戦略について。今一番LTV経営をしていると我々が感じているのは、NIKEです。LTVというと、BtoBやサービス業のものと思いがちですが、恐らくNIKEは世界最大のLTV実践企業ではないでしょうか。   ご存知の通りいろいろな顧客接点を持っていて、2023年度の数字で大体売上の41%がDtoCだと報じられています。それだけの数字をDtoCで持っているということは、経営の予測精度がかなり上がる。さらに言うと、もう少しここは伸ばせる、ここは少し落ちているというところに手を加える手段を持っていると考えると、まさにLTV経営ですね。   奧谷 LTV経営は、デジタル時代に不可避であり、ある意味不都合な真実を突きつけられます。見ようと思えば見られるけれど見たくない、何とかなると思いプロダクトアウトを続けてしまう。例えばアパレルで3C分析して若者向けの商品を提供していても、実はかなり年齢が上の人が買っていたりする。デジタル化は顧客と向き合わざるを得ない状況を突きつけますが、意思決定をどう取るか、トップが顧客体験にディープダイブしてみようとするかどうかが重要です。   岩井 そして3つ目が顧客提案です。今お話ししたようなことは皆さんからすると当然のことだと思いますが、これらのことがしっかりとつながっているか、経営のシステムの中に入っているかが最終的な顧客提案の形を作れるかどうかに全て影響してくると思っています。   顧客提案について「すべての企業はユニファイドコマースへシフトする」とありますが、ユニファイドコマースとは何かというと、「あらゆる情報を統合して、一人一人に対して最適化されたサービスを編集して提案するマーケティング手法」と定義されています。情報だけではなく価格や商品も含めた編集というものがマーケティングの根本で、改めてフォーカスされています。   奧谷 オムニチャネルという考え方は、自社でチャネルを配置しその中でのCXを統一させるので、どちらかというと収束型なんですね。一方でユニファイドコマースはある種もう外に委ねてしまう。店員に言われたから買いたいと思うだけではなく、TikTokerやYou Tuberに言われたから買いたいと思う顧客がいるなら、それは大切な顧客接点になっているんです。PLACE自体がものすごく多様化していて、ある意味手放してしまえる。なぜ手放すことができるかというと、顧客体験を良くできるならその方が良いと言える経営をしていれば自然とそうなるんですね。   岩井 最後の4つ目のShiftが顧客理解です。顧客理解とは何なのか、データ基盤だという答えもあると思いますが、それだけではないというのが我々の考えです。   2020年以前、顧客接点のデジタル化が大きく進み、ファーストパーティデータとAIが活用される状態になりました。ある種のチャネルシフトというか、OMOのような感じですね。これによって、サービスのオンタイム化が生まれます。ここをすっ飛ばしてデータビジネスに行くのではなく、ここがあって初めて、例えばデータ支援ビジネスのようなデータ基盤の事業化にすすんでいく。   こうして新しいお客様に向けた事業を作るというフローが今進んでいる、これが顧客理解で起きているシフトです。デジタルで顧客を理解することで単にマーケティングの効率が上がるだけではなく、新しい事業を作る大事な競争力になってきつつあると言えるのではないでしょうか。   奧谷 オンとオフが融合することによって、ある種サービスシフトが起きています。顧客と常につながる状態を担保するとビジネスができる。データだけ取ることができてもビジネスにはなりません。オンだけではなくオフも大事です。必ずしも、オンタイムでクイックにデリバリーする必要はありません。今日はうちのサービスを使っていないなと知っている、何かを買うんだなと分かればビジネスになります。   岩井 真ん中にある顧客体験を中心に、周辺の顧客価値、戦略、提案、理解の4つの部分で起きている大きなシフトについて、ご紹介しました。これはいろいろな業界で起きています。以上が、顧客時間が思考の前提として共有している主な考え方になります。 【ディスカッション】顧客時間が考える、今の時代に必要な顧客体験の作り方とは   講演に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。   ■ディスカッション参加フェロー ・濱野 幸介氏 プリズマティクス株式会社 代表取締役 ・髙野 一朗氏 モーターホーム株式会社 代表取締役 / opportunity creator 統計的な確からしさを踏まえたデータ、バリューポイントを見た生成AI活用   藤元 非常に整理されたお話を、ありがとうございました。最初に私から一つ質問させていただきたいと思います。選択と購入はデータがかなり取れる時代になりましたが、使用に関して、アプリやサービス企業と異なり、小売やメーカーはデータを簡単に取ることはできません。先ほどのウォルマートの事例で、配達員が冷蔵庫まで行って冷蔵庫の写真を取るというのは一つの良いヒントでしたが、顧客時間としてはどういう分析手法を使っているのでしょうか。   奧谷 それほど難しいことをしているつもりはありませんが、統計的な確からしさを見ずに、数字を見て売れたとか売れないとかを言うのは本来の姿ではありません。アンケートにしても、めちゃくちゃファンな人だけではなく、全く使ったことがない人のことも知る必要がある。やはり統計的に確かめるというのは大事だと思います。   藤元 それでいくと、元データを取る手法はまだまだアンケートやグループインタビューなどになるんでしょうか。   奧谷 そうですね。そういう意味ではやり方にはとても気を配っています。ファンの人に記述式で答えてもらってもいいことしか書きませんが、自宅で無防備に話してもらうと本音が出たりする。日本人はとにかくいいかっこしいなんで、取り繕ったアンケートには真実が隠されていないという点には注意が必要ですね。   濱野 トレンドにもなっている生成AIについて、顧客時間としてはどのように向き合っているのでしょうか。今後どうしていこうという考えがあれば、お二人から是非お伺いしたいです。   岩井 使えるものは使いますというのが大前提です。しかし、我々にとってもクライアントにとっても、ビジネスプロセスの中のどこがバリューポイントなのかを見ながら使い方を考える必要があります。   バリューを生んでいないところで効率化するのも一つですし、バリューポイントを担っている人の余計なタスクを減らすことも一つのやり方です。バリューポイントを上げていくためにクリエイティブな使い方ももちろんあります。いずれにしろ、自分たちのワークフローなりビジネスフローが可視化できてないとそれはできません。顧客時間の場合はフローがあるので、その中に可能な部分は取り入れていこうという考え方を持っています。   奧谷 できればAIを使って、共同出資でもコンサルでもいいですがクライアントと事業を作っていくみたいなことは何かやりたいなと思いますね。   もう一点、最近僕は意図的にChatGPTに聞くことを止めています。統計が大事と言っておきながらですが、顧客時間は、いわゆる人間力というか、「頭で考えられる」ということが一つの価値かなと思っているんです。   定性的な仮説や、脱フレームで出した非連続のアイディア、それを考えた上でAIに聞いたらやっぱり同じこと言うなとか、もしくは言わなかったなみたいなことの方が意味があるのではないかと最近感じています。AIは、例えば不特定多数の人へのサービス提供の一助としては絶対に使った方が良いと思いますが、特定の少数、自分の価値を上げるものとしてどう向き合うかについては、使ってみた結果、使いすぎても何か陳腐化するのではという懸念も持っています。   顧客はなぜそれをやり続けるのか、習慣化と幸せの追求   濱野:もう一つ、顧客価値のフレームワークの中にあるエンゲージメントバリュー、つながっている価値についてもお伺いさせてください。これは実際にやると簡単ではありません。つながり続ける価値って、よくよく考えると一体何だろう?となってしまいます。ここをどのように作っていったら良いのか、教えてください。   奧谷 カスタマーバリューピラミッドは、三角形の中に内包化されていることが非常に大事で、独立して考えるものではありません。その上でつながり続ける価値を考える一番の近道は、やはり顧客体験を考えることだと思うんですね。体験価値を考えた時に、他の二つの機能価値・つながっている価値がどのようなもので、そのような価値に体験価値がはさまれていたら説明しやすいか。   例えば優れた体験・すなわち商品が出来たとして、みんなすぐ大手量販店に置いてもらおうとするけれど、それだとつながり続ける価値は生まれないですよね。僕だったらなんでサブスクにしないの?と考えます。ビジネスの延長線上から、いわゆる新しい非連続な視点を入れるということが僕はつながり続ける価値になると思っています。   フレームワークとしてピラミッドの形で書くとああいう形になりますが、体験とか解決したい課題が中心にあって、それは何回も発生し得るものか、周り続ける欲求かという観点が必要ではないでしょうか。いわゆる習慣を作ることですね。   岩井 先日、とある航空会社の方と「人はなぜ旅をするのか」という話しをしたんです。一回ではなくて、習慣として旅をし続ける理由は何なのか。それを突き詰めて考えると、その人の幸せにどうつながるかに行き着くんです。体験というものは必ず行動で、そこを超える自分の感覚とか、あるいは人生の考え方とかが変わっていく、そういった経験があるから人は旅をするんだよねという話をしていて。   答えは多分人によっても航空会社によっても違うと思いますが、顧客の幸せを考えるということが答えに近いと思っていて、青臭いと思われるかもしれませんが、その企業が顧客の幸せを実現するために何が必要か、そういうことが真実なんだと思います。   奧谷 LTVとか言葉はいろいろとありますが、端的に言うとどんな習慣を作ってほしいですか?ということなんだと思います。顧客はなぜこれをやり続けるんですか?という問いに答えが出れば、みんな腹落ちするわけです。それを考えると、こういう接客をしたら喜ばれたとか、こういう風にサービスを使ってほしいとか、結局は体験の話になってきます。習慣というテーマはすごくとっつきやすくて、実はそれがつながり続ける価値ではないでしょうか。   藤元 その習慣を考えたときに、ある程度人が成長しないと体験できないことがあるとしたら、どうやってそこまで顧客を成長させるかというのも大事な視点だと思うんですよね。まさに顧客を成長させる習慣をうまくインプリできると、本当に提供したい価値にお客様がたどり着いてくれる、そうすると顧客自身もハッピーになれる、そういうのも一つの幸せかなと思います。   本日はありがとうございました。 まとめ   最新の世界の動きを追い、さまざまなフレームワークを駆使しながらも、顧客時間が一貫して大事にしているのは顧客体験であり、顧客の幸せを実現することによるビジネスの成長だ。顧客体験を中心に、企業が直面する4つのShiftと顧客時間がどう向き合い、どのように新たなビジネスを生み出していくのか。今後の展開に期待が寄せられている。   お写真にあるのは、Amazon Fresh Pick upでしょうか、それともAmazon Fresh でよいでしょうか。表記をご確認いただけますと幸いです。

  • 【イベント報告】第66回NRLフォーラム「AIが変えるECと動画マーケティング」(2024/6/27)

    2024年6月27日、66回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。 Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。   今回は、「AIが変えるECと動画マーケティング」をテーマに、パロニム株式会社の代表取締役CEO・小林道生氏(講師)、Firework Japan株式会社のCountry Manager・瀧澤優作氏(ゲスト)にそれぞれご登壇いただき、ライブコマースなどを使った動画マーケティングの現状などについて語ってもらった。   また、講演に続いてNext Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、さまざまな論点で議論が交わされた。   コロナが収束しても尚配信され続けるライブコマースの魅力とは一体どこにあるのか、視聴者、配信者が得られる価値とは何なのか、講演や参加者たちの議論を一部抜粋してレポートする。   目次)   講演①: AIが変えるECと動画マーケティング講師 小林道生氏(パロニム株式会社 代表取締役CEO)   ・無駄な時間を嫌う一方で、コミュニケーションを求める消費者 ・リアルタイムで売るを目的としない、Tig LIVEのライブコマースの持つ価値とは何か ・機能の追加、サービスローンチによって実現する、ショッピングの新しい形とは   講演② 動画サービスの今までとこれから、成功の秘訣とは ゲスト 瀧澤 優作氏(Firework Japan株式会社Country Manager)   ディスカッション ・日本で定着するか、AIはどう活用できるか…ライブコマースの未来を考える   まとめ   ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事)   AIが変えるECと動画マーケティング(小林道生氏:パロニム株式会社)   小林氏(以下敬称略): 私たちパロニムは、「Tig(ティグ)」というサービスの開発と提供をしている会社です。設立は2016年11月、現在従業員数が30人ほどのスタートアップです。   Tigは、動画やライブストリーミング内に存在する様々な情報に、触れるだけでアクセスすることができる次世代型の動画技術です。映像を見ていて、この服はどこのブランドだろう、この場所はどこだろうと気になることがあった時に、都度検索するのは手間がかかります。Tigを使うと、映像ライブやビデオストリーミングの動画をワンタップするだけで正確な情報を誰でも簡単に取得でき、さらに、ツータップでその先の様々なアクションに自然と移行することが可能になります。   例えばSNSのアプリ内ブラウザでTシャツのTig動画を見ているとします。ワンタップするとそのTシャツのサイズやメーカーなどの情報を取得をすることができ、またそのTシャツをもう一回タップすると、最寄りの店舗やオフィシャルサイトへと移動できます。映像の提供元からすると、自分たちのオウンドサイトやSNSアカウント、LINEなどを通じてTig動画を見てもらい、いわゆる言語レス、または検索レスという形で、その映像から次のアクションに視聴者を誘導することができる、そうしたサービスです。   さて、設立以降のこれまでの歩み、Tigを使ったいろいろなサービスをご紹介します。設立翌年、Tig LIVE Proという、PC版のSaaSでライブのストリーミング内にタグを簡単に付けることができるサービスをリリースしました。これは元々、いわゆる音楽のビッグアーティストのライブ配信などを想定したものです。単にライブを視聴するだけではなく、例えばアーティストが話している内容をタップできるなど、いろいろなギミック、アクションを盛り込んだ新体感ライブを提供しようと作りました。   出だしも好調だったのですが、この勢いでどんどん行くぞと意気込んでいたところ、コロナがやってきます。世の中が激変し、アーティストは全てライブができなくなってしまいました。そのため、このTig LIVE Proをピボットさせて、ECのライブ配信等に使えるTig LIVEを2020年の終わりごろにリリースしました。   まずTig LIVEの仕組みについて、特徴や目指すところを説明させていただきます。これはコロナ禍、そしてアフターコロナ時代における人々の時間に対する意識、さらにはショッピングスタイルの課題と変化を研究して作っています。   調査のために他社のリサーチを見て面白いと感じたことがいろいろとあります。例えば普段の生活でのタイパ(タイムパフォーマンス)意識についてのリサーチで、「タイパを意識して行動する」、「なるべく無駄な時間は過ごしたくない」、「なるべく早く正解にたどりつきたい」という質問に対しては、それぞれ全て「あてはまる」の回答が半数以上を占めていました。「なるべく早く正解にたどりつきたい」にいたっては約8割の人があてはまると応えています。無駄な時間を嫌い、欲しい正解を得るために必要な時間に皆さんが辟易といていることが伺えます。   一方で、タイパにとらわれずに過ごしたい時間は何かという質問に対して、1位は睡眠でしたが、2位が家族とのコミュニケーション、3位が友人とのコミュニケーションが上がっています。人との関わり合い、コミュニケーションをタイパを意識せずに求めていると推測されます。要は、無駄な時間を嫌うのと同時に、質の高いコミュニケーションを強く求めているのではないか、われわれは人々の意識をそんなふうに捉えました。   無駄な時間を嫌う一方で、コミュニケーションを求める消費者   小林:このような人々の意識や我々が集めたユーザーの声などを元に、今の消費者がECおよびリアルな店舗での買い物に感じている課題は何かをまとめてみました。   まずは、お店に行くまで・欲しい商品に出会うまでの時間がかかるといった、店舗ならではの無駄な時間に対する課題があります。かといってECでも、膨大な検索結果やジャンク情報に時間を取られます。さらにECの場合、意思決定に必要な信用やコミュニケーションが足りないという課題もあるでしょう。ECの買い物には奥行きやシズル感が足りないと言いかえられるかもしれません。そして、私たちのライブコマースで視聴者から入ってくるコメントで多かったのは、押し付けられたくない、自分で自分にあったものを選びたいという声です。また、オーセンティックな情報やストーリーを知った上で購入したいという「コト消費」のようなニーズも感じます。   前置きが長くなりましたが、私たちのTig LIVEは、こうした課題を踏まえていろいろな機能を備えたサービスになっています。   例えば、インフルエンサーが配信したシューズショップからのライブコマースを例に挙げると、いろいろな商品を紹介するコーナーでは、画面上にクリッカブルな商品のアイコンを出すことができて、それをクリックするとその商品の詳細な情報を見ることができます。また、視聴者は出演者や配信者に対してリクエストや質問を投げることができて、そのリクエストに対して応え続けていくコーナーも可能です。一つのコンテンツとして、ユーザー、視聴者ドリブンで中身が進んでいくというのが非常に重要な点です。   いわゆるテレビ通販型のライブコマースは、これがお勧めという商品を配信する側があらかじめ決めて、視聴者を説得していきます。このお茶がいいんです、これ以外目もくれないでください、いつもはいくらだけど今なら何%オフです、とあの手この手でと商品をおすすめし、その場で購入させることがゴールになっていることが一般的です。   一方、私たちのTigを使ったライブコマースでは、今すぐ買わなくてもいいという形で配信しているお客様がほとんどです。   視聴者はまるで店舗を訪れて店員と気軽に話しをするように配信側とやりとりし、さらに、ライブコマースを通じて視聴者間同士でも交流が生まれます。ある視聴者がインフルエンサーに質問すると、他の視聴者が「私もそれ聞きたかった!」と言ってコミュニティになっていくんですね。Tigを使っていただいているお客様にとってライブコマースの位置づけは、ユーザーとのコミュニケーション、ブランディング、エンゲージメントを高めるためのものです。ここが、私たちが提供している接客型のライブコマースとテレビ通販型のライブコマースの大きく違う点だと思います。 リアルタイムで売るを目的としない、Tig LIVEのライブコマースの持つ価値とは何か   小林:Tig LIVEは、消費者・視聴者の課題を解決するだけではなく、配信する側にとっても非常にメリットが大きい機能を兼ね備えています。   まず、Tig LIVEでは、手間や余計な運用コストをかけずにライブコマースを実施できます。例えば動画をタップして出てくる情報の登録について、かなりの負荷があるのではと心配されるかもしれませんが、これらの情報は誰かが一つ一つ登録しているものではありません。Tig LIVE・Tig動画を作成するために必要な情報だけを我々が取りに行って、いつでもライブのサーバーの中に必要な情報がある状態を作ることができています。ユーザーがタップしたときに表示される情報を、負荷なく取り込むことができるのです。   また、ライブコマースを運用していくためには、商品に関する非常に高い知識やトーク力、台本が必要なのではと思われがちですが、ここに関しても心配無用です。Tig LIVEでは、店舗の店員さんが日常的にお客様と会話しているようなトークだけで、十分に1時間ぐらいの内容を持たせることが可能です。皆さん、最初は月2回程度が精一杯かなと最初はおっしゃいますが、大体3ヶ月ぐらい経つと週2回ほどやっていることが多いですね。   そしてもう一点、Tig LIVEを使っていただくことで、リアル店舗とオンラインのコンテンツの有機的な関係構築も可能です。ECとリアル店舗は対立関係にあるのではありません。ライブコマースをやっているからこそ、リアル店舗に来る方たちがより多くの情報を持っていたり、より既にファンになっていたりするという、お互いにとってプラスの関係が成り立ちます。我々はホットリードと呼んでいますが、ライブコマースを見ることで、温まった状態で店舗に来てくれるようになるのです。   さて、こうした効率的な運用を実現した上で、かつPV、CV、セッション、コンテンツLTVを最大化することが大切です。コンテンツLTVというのは、一回配信したコンテンツがアーカイブとして生まれ変わった後、モノを売るのにどれだけ寄与できるかという数字です。先ほどもお伝えしたように、Tig LIVEを使っていただいているところは、ほとんどがリアルタイムでライブコマースの最中にバンバン売るというやり方をとっていません。ではどこで売れるのかというと、圧倒的にアーカイブです。   しかし、ライブが終わった後、アーカイブを特設サイトかどこかに置きさえすれば見られるわけではありません。アーカイブを見ていただくために、いろいろな工夫をしています。例えば、Tig LIVEで紹介された商品の購入ページにのみ、完全自動でその商品のアーカイブ動画がフローティングというスクロールしてもずっとついてくる形式で出る仕組みになっています。      さらに、このアーカイブ動画は、該当する商品を紹介している部分が自動で頭出しされるようになっています。ただし、動画はその商品に関する部分から始まりますが、他の商品のところを切っているわけではありません。同じ動画の中に他の商品の紹介部分も入っているので、いろいろな商品への導線にもなっています。1本の動画から複数の購入ページに回遊していく、つまり周遊性を上げていくことができる形になっているんです。   具体的な成果も出ています。例えばとある大手アパレル企業は、14のブランドの平均CVが40%アップしています。また、Tigの視聴者と非視聴者を比較するとCVに約5.1倍のひらきがありました。それから、家具や生活雑貨を販売している企業の場合、通販の売上が28.3%増え、2023年から2024年の1年間で600万人超がTig LIVEを視聴しました。 そして、中には1配信のコンテンツLTVが12カ月を超えたものもあります。つまり、1年前に配信したものが未だに売上に寄与しているということです。エコシステムができていると言えるのではないかと思います。   機能の追加、サービスローンチによって実現する、ショッピングの新しい形とは   次に、昨年8月にローンチしたTig Creatorについても少しご紹介いたします。これは、スマートフォンのアプリ一つで、簡単に動画が作れるツールです。これを使うと、InstagramやTikTokに既に上がっている動画をインポートしてきて、タグ付けをして、そして自社のホームページなど、その動画を出す場所をレ点で印を入れるだけで、アップすることができます。それから、動画のURLをInstagramのストーリーズや、Facebook、LINE等にそのまま貼り付けておけば、視聴者は同じ動画をいろいろな場所で見ることができるようになります。   大体、どなたでも3分ぐらいで一つの動画を制作することが可能です。店舗の店員さんはもちろん、インフルエンサーやクリエイターなどさまざまな人がこのアプリで簡単にTig動画を作りSNSなどにアップできます。   このTig Creatorでとあるアパレルのマーケットプレイスさんは半年間で318本の動画を制作し、CVを138%上げています。それから別の玩具メーカーさんでは、オウンドサイトでTig動画を視聴したユーザーの平均セッション時間が、視聴していないユーザーに比べて380%以上も長くなりました。視聴している方の平均は789秒、つまり13分ぐらい滞在するようになっています。今、オウンドにどれだけ人を連れてきて、そこからどうロイヤル化をしていくのか、エンゲージメントを高めていくのかが喫緊の課題と言われていますが、そこにこのTig動画は大きく貢献できると思っています。   こうしてTig LIVE、Tig Creatorによって動画を視聴してもらうことができたら、次に、どのようなデータを取ることができて、そしてどんな分析が可能になるのでしょうか。   まずデータに関して、これまでは、再生回数や視聴の完了率などを取ることができても、そこで視聴した人がどう行動したのかがよくわからないというケースが多かったのではないかと思います。それに対して私たちのTigを使った動画では、どういうシーンで何がタップされたのか、タップした人はその後ランディングページまで行ったのか等、細かい情報を取ることができます。これによって、どういう見せ方、どういう映像がその後のコンバージョンにつながりやすいのか、滞在率を高めるのかなど具体的な分析ができるようになりました。   さらには、引いている・パンしているといったその映像のカメラワークや映像の中の際立った特徴点と、視聴者の購入行動などを結びつけた解析をしていて、この技術で今年4月に特許も取得しています。   いろいろな知財戦略も進めているところですが、これらは、まだAIによる解析に現時点では至っていません。今はクライアント様とPoCを行い、どういったレコメンデーションが出てくるかなどをいろいろと調べているところです。   クライアント様による、OMOの取り組みも活発になっています。大手家具販売店のニトリは、配信者と視聴者の間の会話の循環に注目して、店舗づくりに活かす取り組みをしています。例えばライブ配信で商品を紹介していた時に入ってきたリクエストやコメント、「このノートに合う鉛筆はありますか?」といった質問などを細かく分析して、リアル店舗のレイアウトを変更しているんです。どんなに優秀な店員さんでも、毎日お客様からどんな質問をされて、それに対してどう答えたか等を全て文書化することはできません。   対して、Tig動画を利用することで、一回の配信で何1000人何万人から来るリクエスト、その情報をを分析し、消費者が潜在的に持っているレイアウトに対する欲求などを導き出し、実際の店舗に反映することができるようになっています。OMO文脈で非常に重要な取り組みだと思います。   最後に、今年の7月にローンチ予定のAtouch Tigについてご紹介いたします。今までTigはエンタープライズ企業様や、ミドルクラスの比較的大きな企業様にご利用いただいてきたのですが、さらに対象を広げて個人レベルでもTigを使っていただけるよう開発したものです。このサービスでは、LINEの公式アカウントの中にTigを連携させて、商品登録をし、Tig動画をLINEに投稿し、視聴者はそこで見たり欲しいものを購入したりできる…そうした一連の全てをLINE内で完結できるようになっています。   LINEはご存知の通り膨大な数のユーザーを抱える、コミュニケーションツールの1丁目1番地です。ここで映像を介して商品を伝えることができることで、一つの新しいショッピングの形を作ることができるのではないかと思っています。   我々の提供しているTigについて、サービス提供を通じて感じる、ECや店舗販売に対して動画が持つ可能性などについてお伝えしました。ご清聴ありがとうございました。   動画サービスの今までとこれから、成功の秘訣とは(瀧澤 優作氏:Firework Japan株式会社)   瀧澤氏(以下敬称略): 改めまして Firework Japan の代表を務めています瀧澤です。我々の会社は、ECの売上を向上する動画サービスを提供していて、基本的にはエンジニアも新しいコンテンツ制作も不要で、サイトのスピードを落とさずに明日から使えるというのが特徴です。色々なソリューションを持っていますが、例えばショート動画に関しては、お手持ちの動画を我々のシェアルームのようなところにアップロードいただいて、そこで生成されるHTMLのコードをサイトやアプリに埋め込んでいただくと、いわゆるInstagramやTikTokのようなUI、UXで商品を紹介し、さらにはそこから購買までできるという仕組みになっています。   本社はシリコンバレーにあり、現在約300人でグローバルでサービスを運営し、直近では9000以上のブランド、小売企業様にサービスを展開しております。   本日は、動画コマースの今までとこれからという形で簡単に考えをご紹介させていただければと思います。   今までは動画というと、SNSに流したりYouTubeを埋め込んだりして、そこから流入をさせる形が主だったやり方でした。しかし、やはりSNSに流しているだけだとなかなか売上に繋がりづらい、フローコンテンツで終わってしまうという課題があり、そのために今、オウンドにも動画をうまく活かしていこうという流れが強くなってきています。   我々もまさにそこを支援しています。ショート動画、ライブ配信、それぞれご支援する中で成功の秘訣みたいなものが見えてきました。例えば、動画の途中のタイミングでいわゆるアクションを促すようなことをやった方が良く、さらには動画からそのままカート追加ができるようにすることがCVアップの肝になります。また、どのページにどんな動画を載せるかも重要です。例えばトップぺージだったらプロモーションのような動画を載せ、商品詳細ページにはHow to動画やレビュー動画を載せる方が効果が高くなります。また、常に同じものを流し続けるとノイズになってしまうので、新規の人には見せるけれども、何回も来てる人には見せないようにするといった工夫も必要です。   ライブコマースにも取り組んでいます。我々にとってライブコマースは、CRMの施策の一つという位置づけです。コロナが終わってもライブ配信を続けている企業やブランドは少なくありません。なぜかというと、ライブ配信をすると、視聴したユーザーのブランドロイヤリティが高まり、購買頻度、LTVが上がるということが分かってきているためです。これは、デジタル上でも深い接客体験ができるということの表れではないでしょうか。   これらのデータは、いわゆるCRMのインプットデータとしても使えますし、その後のプロモーションやプッシュ通知などに使うことも可能です。オフラインでの購入はあるけれど、オンラインでは買ったことがないユーザーに対して、実際にライブを見てもらってECの利用を促していくような、そういったマーケティング施策の一つとしてデータを活用するのが良いのではないかと思います。   最後に、AIについても少し触れさせていただきます。動画制作、特にライブ配信に関しては、やはり誰が配信するのかが避けて通れない問題です。そもそもスキルがあるかどうか、そしてスキルが不要だとしても、人間なので24時間365日することはできません。その点ですぐに拡大の限界が来てしまうという課題を解決するために、我々はバーチャル店員をリリースしました。   もちろんベースとなるのはその会社、各ブランドさんの接客になるので、それぞれの接客をできるだけ多く学習させながら、最終的には1対nのコミュニケーションを24時間実現させることを目指しています。   我々は、これをAIビデオアシスタント「AVA」と名付けました。AVAに人間の接客データを覚えさせることによって、人間によるライブコマースをできるだけ忠実に再現したり、接客レベルを高めたりできればと思っています。   今は、動画による販売促進と言うと、YouTubeの埋め込みがまだまだ世の中の主流かもしれません。我々はよく、「競合はどこですか?」と聞かれるのですが、「YoutTubeの埋め込みチームです」と答えるようにしています。果たしてそんな名前のチームがあるのかは不明ですが(笑)、そこを駆逐するつもりで取り組んでいます。   動画をベースにWEBサイトおよびアプリの体験を刷新し、いろいろなブランドや小売の皆さんが動画に近くなる、そしてユーザーが楽しくショッピングできるようになればいいなと思っています。     【ディスカッション】日本で定着するか、AIはどう活用できるか…ライブコマースの未来を考える   講演に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。   ■ディスカッション参加フェロー ・川連一豊氏 JECCICAジャパンEコマースコンサルタント協会 代表理事 ・石郷学氏 株式会社team145 代表取締役   藤元:動画を使ったコマースに向いている業種や価格帯、商品などはあるのでしょうか。   小林:高いものは売れないのではというイメージを持たれたり、さすがにそれは触らないと買うと決められないのではないですかという質問をよくいただいたりするのですが、我々の例でいくと数十万円する寝具や、高級ワインなども販売実績があります。我々のやっているTig LIVEだと、たとえ店舗に行ったとしても店員さんを捕まえてそこまで細かく質問できないのではというところまで詳細案情報を双方向のコミュニケーションの中で伝えることができるので、逆に買う買わないに必要な情報をユーザーは十分得ることができているのではないでしょうか。   例えば何十万円もする高級寝具を買うときに、仮にショールームまで行ったとしても、何10本のマットレスに寝てみて、自分で違いを理解できるかというと疑問があります。それよりも、ユーザーは情報の精度や信頼性を求めていて、それらがあって初めて買うという判断につながるのではないかと思っています。   もちろん一番多いのは、7、8,000円から2万、3万ぐらいの価格帯の商品になりますが、一方で高単価な商材や買ってから数年間は使うようなものでもライブコマースに合わないということはないと思います。何か特定のジャンルのみがライブコマースにハマるのではなく、今後わかりやすい事例が出てきて、だんだんといろいろな業界に広がっていくのではないでしょうか。   瀧澤:同感ですね。基本的に重要なのはデジタル上の接客だと思っているので、どんな商品でも接客が必要なものであれば問題ないのではないでしょうか。一方で、接客が不要な日用品は正直そんなにあわないかもしれません。そういった意味で、接客軸で捉えた場合に、業界や業種の合う合わないはあるかもなとは思います。   川添:ライブコマースは中国などでかなり成功し、日本でも取り組むところが増えましたが、個人的には一時期より落ち込んでいるのではという印象を持っています。日本でライブコマースは流行るのでしょうか。   瀧澤:何をもって成功というのかがまず大事かなと思っています。中国のライブコマースの成功は、トップラインで語られることが多いんですよね。売上高、それも1ブランドの売上高というよりは、プラットフォーム全体の売上高です。つまりモールだとか、そのプラットフォームのEC売上が上がりましたという言い方です。   ユーザーもいくつかのECプラットフォームに集中していて、ユーザー数が圧倒的に多い中国では、それぞれの売上の数字も大きくなります。対して日本国内では、個別のオウンドメディア、オウンドサイトでやることが多いので、トップラインだけで見ると全く違う数字になってしまいます。   さらに、中国のライブ配信の成功は、トラフィックと、あとは限定商品のようなその場で買わないと損するといった動機付けからきているので、トップラインはあっても利益率はかなり低いチャネルになっています。一方で、日本がオウンドでやっているリアルライブ配信というのは、リピーターさん中心で、利益率やLTVが出やすい作りです。構造が違うので単純な比較はできないですし、今の日本のブランドが求めているのはどんな形かを考えると、瞬間の売上よりはLTVを各社注視されてるかなと思います。     小林:2020年から21年の半ばくらいまで、当時京都大学の教授が中国の生徒さんたちと一緒にやっていた、なぜ中国のライブコマースがうまくいって他はうまくいかないのかという研究に参加させていただいたことがあります。   そもそもなぜ中国のライブコマースがうまくいったのか、その教授が言うには、中国の国民は中国の企業の商品を全く信用していないという前提があります。そういう構図がある上で、KOL、キーオピニオンリーダーが出てきて、企業に対して、ちゃんとしたものを出すなら自分のフォロワーに売ってあげるから半額にしてくれ、70%オフにしてくれというその様子を全て見せるんですね。その商品がいかに素晴らしいかをそのKOLが説明して、みんなが一斉に買うという仕組みが中国で出来上がっていたと。   ただし、この構図も変化しつつあり、かつてのようには売れなくなっています。また根本として値引きせずに売れるのかという問題が全く解決できておらず、ブランディングやお客様とのコミュニティを作っていこうと考えたときには、中国のやり方は破綻しているのではと私は思っています。   石郷:ライブコマースで成果を上げている企業の一つに上げられる、とあるアパレルブランドのデジタル担当の部長と話をしたことがあるのですが、その方はライブコマースの価値をすごく感じると言っていました。特にアーカイブを残した時に、その商品の魅力を改めて伝えることができる、そしてそこのコンバージョンレートが抜群に高いと彼は感じていて、そしてライブコマースの専用の部隊を作ったんですね。   何が聞きたいかと言うと、ライブコマースの必要性があると感じたときに、果たしてそのアパレルブランドのような受け皿を用意する企業がどれくらいいるだろうかということです。 おそらく、なんとなくやって通用する世界ではないと思うのですが、今お付き合いしている企業の皆さんはどの程度力を入れてやっているのか、組織として人員も振り分けて、そこまでして成果を出しているのかどうかをお二方にお聞きしたいです。   小林:はい、ありがとうございます。私たちのクライアントさんでいうと、さまざまですね。中には兼務禁止でライブコマース専用チームを作り、さらには新入社員全員をオーディションしてクルーを選抜していらっしゃるところもあれば、店舗の店員さんが週1回、2回プレスルームに来て、何のカンペも持たずにそのまま配信して終わるというお客様もいらっしゃいます。何を持ってケイパビリティとするかは、いろいろな要素によって変わってきますし、クライアント様によってまちまちです。   恐らく、これはROIで考えるべきで、そこに費やした人件費や場所代や時間も含めたコストを考えたときに、それに対してどれだけの利益を生むことができるのか、粗利が何パーセントなのかが大切です。コストをかけてもそれに見合うリターンがあるならやるべきですし、ほかにもっと良い手段があるならそちらを取るのが正解なのではないかと思っています。   瀧澤:私の場合は、ある程度しっかりとライブコマースを位置づけて取り組まないと難しいのではないかと考えています。当社の場合は、「ちょっとなんか試してみたいんだよね」というお客様には、我々のツールではなく、もっとライトにできるものをご紹介するようにしています。それこそインスタライブでもいいですし、手軽にできるものの方がそういうお客様には向いているはずです。   我々としては、デジタル店舗を作るくらいの意識をもって、ちゃんと投資をする、投資と言ってもお金だけの問題ではなくトップがマインドを持つ、そこを合意できた企業様とご一緒するようにしています。   藤元:AIの話もお伺いしたいと思います。先ほどFireworkさんからAVAを見せていただきましたが、人間の熱量を持った人でないと価値を出せない部分がある一方で、自動化して、商品のデータから最も優秀な営業マンのノウハウの基に接客してくれる自動動画、ECができるようになるかもしれません。こうした接客の自動化などの可能性について、お二人はどうお考えでしょうか。   小林:私はあまりそこに関する知識がないのですが、個人の考えとしては、例えば生活消耗品のように深く考えなくても買えるようなものはそうしたAI動画でいいのかもしれません。また、こういうコメントが来ていて、こういうリアクションがあるから、こういう風に切り替えた方がいいなどと判断するプロデューサーとして、AIが活躍するのはあると思います。一方で、接客そのものについては、そこまでして何かものを買いたいと思うかという点で疑問が強くあります。ちょっと私は否定派ですね。   瀧澤:正直申し上げて、バーチャル店員はめちゃくちゃ時期尚早です。人間を代替するものではないのですが、我々としてはどこまでできるのか、実証実験も含めてやらせていただいているという位置づけですね。できそうなイメージがあるものは作ってみたいなというところで取り組んでいて、実際の効果が出るところまではまだ全然いっていません。これからかなと思います。   藤元:ありがとうございます。私の個人的な結論は、今日のお話にいくつかヒントがあった通り、熱量高いファンが勧める、要するにブランドではなくてお客さんとかファンが勧める方は絶対に人がいいと思うんですよ。それはもう明らかに人の熱量に左右されるところが大きいと思います。ただ、ブランド側が発信する情報は、社員である必要もなければ、経営者である必要はなくて、そのブランドが形づくる最適で理想的なキャラクターが、パーソナライズして説明してくれるという世界が、あり得る気がしています。これからどうなるのか、未来が楽しみですね。   まとめ   テクノロジーの進化に伴って、形を変え、より多くの価値を提供できるようになっているECのショート動画やライブコマース。リアルな店舗と異なる魅力を持ちながら、また一方でOMOのような店舗に対する価値提供も実現する動画マーケティングに、さらなる期待が寄せられ

  • 【イベント報告】第65回NRLフォーラム「オムニチャネルと顧客戦略の現在」(2024/5/23)

    2024年4月24日、64回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。   Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。   今回は、「オムニチャネルと顧客戦略の現在」をテーマに、「IT小売宣言」によってさまざまな変革を遂げる株式会社カインズから、執行役員CDOの池照直樹氏を講師に迎え、デジタルイノベーションを実現する組織の構築について語ってもらった。   また、講演に続いてNext Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、さまざまな論点で議論が交わされた。   カインズに来てからの5年間、池照氏が勧めてきた変革の裏には、どのような戦略があったのか、成功に導いたポイントとは、どのようなものだったのか。講演や参加者たちの議論を一部抜粋してレポートする。   目次)   講演: オムニチャネルと顧客戦略の現在、デジタルイノベーションを実現する組織能力の構築(池照直樹氏:株式会社カインズ)   ・「足し算の商売を掛け算に」、最初に手がけた顧客戦略とは ・「店舗出荷」で、売れば売るほど損する赤字のECを立て直す ・戦略を支える上で必須だったシステム構造、開発組織の大変革 ・人材採用、既存人材のリスキリングで大切なこととは   ディスカッション カインズの変革、成功をもたらした背景に何があるのか   まとめ   登壇者) ■講師: 池照直樹氏 株式会社カインズの執行役員CDO兼CIO兼イノベーション推進本部長   ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事)   オムニチャネルと顧客戦略の現在、デジタルイノベーションを実現する組織能力の構築(池照直樹氏:株式会社カインズ)     池照氏(以下敬称略):本日は、オムニチャネルと顧客戦略の現在、デジタルイノベーションを実現する組織能力の構築ということをテーマにお話をさせていただきたいと思います。   私は現在、株式会社カインズの執行役員CDO兼CIO兼イノベーション推進本部長として、当社のデジタル化とIT部門、そして新しいビジネスのインキュベーション、この3つの仕事を担当しています。   私のキャリアは、カメラで有名なキヤノンで、レンズのデザイナーからスタートしました。そこからいくつかの会社を経て、ケイ・ピー・アイ・ファクトリーという会社を設立したのが36歳の時です。ここでマイクロソフトのソリューションベンダーとして経験を積み、事業売却の後、マイクロソフトでの開発、ワイン会社の事業再生などさまざまな企業で仕事をしてきました。   カインズに入社したのは、高校の先輩でもあるオーナーから声をかけられたことがきっかけです。最初はデジタル化をどうやっていくのかなど、課題となっているテーマを一緒に考えるような形で関わっていたのですが、5年前に、正式に入社のはこびとなりました。   カインズの事業内容はホームセンターの運営で、事業規模は年間の売上高が5,000億円を少し切るぐらいです。   創業は1989年。最初の十数年は、収益性の高い店舗を作り、それを金太郎飴のように増やしていく…要は店を増やすと利益が上がる、どちらかというと足し算のビジネスによって成長をしていきました。   その後始めたのが、製造小売・SPA化です。簡単に言うとカインズが企画をしたオリジナル商品の販売です。SPA化の大きなメリットは、やはり中抜きが行われないということですね。自分たちでリスクを取って製造することによって、収益性の高い商品を作ることが可能となります。このSPA化をすることで、売上は横ばいのままでしたが、利益をさらに伸ばすことができました。   しかし、このSPA化にしても、やはり足し算の商売です。掛け算の商売、つまりはレバレッジが効いた商売をやるにはどうしたらよいのか、そうした考えのもと出されたのがカインズの「IT小売企業宣言」です。私が入社してからの5年間、このIT小売企業宣言にのっとりどのようなことをしてきたのか、ご紹介をしたいと思います。     「足し算の商売を掛け算に」、最初に手がけた顧客戦略とは   2019年に入社した当初は、そもそもデジタル化やIT小売宣言に向けて何をやるのか、はっきりとはしていませんでした。僕の中ではスケーラブルな商売、つまり今まで足し算だった商売を掛け算の商売に変えていくんだという意識はありましたが、具体的な手法は未定でした。   チームは、エリアマネージャーなど普通にビジネスをしていた4人、それからコーディングのできるエンジニアが3人、この7人プラス僕という顔ぶれです。   このチームで一番最初にやったのが、「顧客戦略」です。会員の内訳と獲得・育成の考え方を整理しました。   僕らの成長エンジンって一体何なんだろうかと会社のデータをひっくり返し、そして見えてきたのが、売上の7割がポイントカードの会員による売上だということです。その7割の売上を占める人たちを、マーケティングの観点で切り分け、四象限のグラフに整理をしました。   ★15:36の図   四象限の左右が、カード会員とデジタル会員。左側のカード会員は、こちらからアプローチがなかなかできないお客様です。お手紙を出すことはできますが、かなりの費用がかかるため、事実上不可能です。一方で、右側のデジタル会員は、メールなどいろいろな手法で僕らから能動的にアプローチがかけられるお客様になります。   そして四象限の上が来店頻度が多い方、下が少ない方です。こうして分けてみると、この右上のゾーンのお客様、デジタル会員でかつ来店頻度の多いお客様の年間購買額が最も高いこということが見えてきました。結局のところ、右上の会員を増やせば、僕らは成長できるのではないかと仮説を立て、それに従って全ての戦略、アクティビティーを構成していったんです。   右上の人を増やすための一つとして、そもそもこの四象限にも入っていない方たちへのアプローチが必要です。カインズを知らない人たちに知ってもらい、知っているけれど買ったことがない人たちに購入してもらい、購入したことはあるけれど会員ではない人たちに会員になってもらう。   認知度に関して、カインズは北関東だとある程度の認知度がありますが、世の中全体で見ると大して有名ではありません。カインズという存在すら知らない方たちに知ってもらうための仕掛けとして、「となりのカインズさん」というオウンドメディアを作りました。これが今、月々5、600万ページビューくらいに育っています。   次に、そのオウンドメディアなどを通じてカインズを知った方に、店に来てもらう、商品を買ってもらう仕掛けを考えました。ここで行ったのが「目玉のおやじ大作戦」です。店舗からの距離を基軸に同心円を考え、その距離に応じて異なるアプローチを取るという作戦です。目玉の中心部分、お店の近隣の方たちへは、トイレットペーパーなど日常的に使うものをチラシなどでプロモーションします。これはそもそも行っていた手法です。   対して、外側の人達、20キロ離れた人達は、いくら安くてもティッシュを買いには来てくれません。そうすると、カインズらしいプライベートブランドや、大容量のホームセンターらしい商品をプロモートすることが必要です。さらに、この外側は面積が広いので、チラシを撒くにはコストがかかります。そのため、この方たちへはWEB広告で商品を紹介しました。こうして距離と押し出していく商品を重ね合わせていくのが、この目玉おやじ大作戦の内容です。   さらに、店に来てくれたお客様たちを、四象限の右上、来店頻度の高いカード会員に持っていきたいわけです。そこで行ったのが、店頭キャンペーンです。カードを持っているお客様に対して、アプリが便利ですよとご紹介して、デジタル会員になっていただくよう促す取り組みを一斉に行いました。   この時にすごいなと感じたのが、リテールの力です。このキャンペーンでなんと、2ヶ月間で50万人のデジタル会員を獲得してくれたんです。お店ってすごいなってこの時本当に思いました。WEBの世界が長い僕らは、会員を獲得しようと思うと、まずWEB広告が思い浮かびます。WEB広告でポイントキャンペーンみたいなものをやったとしても、2ヶ月間で50万人なんて、とても考えられません。信じられないような数字です。お店が頑張ればこれだけのパワーが出るんだということを実感しました。   なぜ、それだけみんなが頑張ってくれたのか。それは、この「右上に人が集まればみんな儲かるぜ」という極めてシンプルなストーリーに、みんなが賛同してくれたからだと思います。   この顧客戦略の位置づけと進め方に限らず、大切なことは、働いてるみんなが理解できる成長シナリオを作ることではないでしょうか。   例えばデジタルとかオムニとか、そういう言葉は、店舗で仕事をする現場の人達にとっては日々の仕事に関係のないものです。よくIT界隈の方の話を聞くと、すぐに3文字熟語や専門用語を使って、相手がなんとなく煙に巻かれているような気分になっていって、わかっているんだかわかってないんだかわからない…聞き手がそんな状態になっていることがあります。そうした言葉に慣れてない人にとっては、すごくストレスが高いコミュニケーションになっていると思うんですね。   ですから、使う言葉もきちんと考えないといけないし、戦略も簡潔なチャートを使って一言で語れるものにする必要があります。カインズで働く方たちは約5万人います。一言で言えるシンプルな戦略でないと、5万人が誤解をせずに動くことはなかなか難しいと思います。 「店舗出荷」で、売れば売るほど損する赤字のECを立て直す   こうして顧客改革をすすめ、さらには内製化されたエンジニアチームによる業務の効率化などによる生産性改革も行いましたが、一つ大きな課題となっていたのが、ECでした。カインズには、100円とか200円といった価格の安いものや、大きくて運びづらい5,000円の商品などがあります。これらをECで販売すると何が起こるかというと、だいたい配送負けするんです。当時は、財務モデルとしてECが赤字で、売れば売るほど赤字が増えるというような状態がECにありました。   そのため、EC事業を立て直すために、最初の2年間は、売上を伸ばさないでくれと現場にお願いしていました。売上が増えても利益が出ずお金がなくなってしまうので、なんとか今はそんなにたくさん売らないでとお願いをしつつ、その間に収益性の改善に着手しました。   そもそもECが赤字に転落したのは、今から6年前、7年前ぐらいの運送会社の運賃の値上げが大きな理由の一つです。この配送費を減らす方法はないかと考え、思いついたのが「店舗出荷」でした。   配送費は、倉庫のマネージメント費用も含めて配送費としています。この倉庫の費用を削減することで配送費を減らし、ECの赤字構造を改善できないかと考えたんですね。行ったことがある方はわかると思いますが、カインズの店舗は、一般的なEC倉庫より大きく、家賃もかからない。そして、何万という数の物が置いてあり、そのピックアップ要員もいる。さらに、当時は物流倉庫から集中出荷していたのですが、店舗を活用して配送拠点を分散すると、お客様への距離が近くなるため配送費も安くなります。これだ、ということで、この店舗出荷を始めたわけです。これが黒字化につながり、以前はマイナス4から5%だった営業利益が、今はプラス8から9%を維持できるようになりました。   黒字の財務モデルに変わったことを受け、昨年の春くらいから売るぞということで、現在は売上を立て始めているところです。この店舗出荷には、実は副次効果がありました。この店舗出荷にしたタイミングで、出荷した店舗の売上に変えていったんです。すると、ECが売れると店舗が儲かる、店舗の評価が上がるという構造になります。この仕組みに変えたことで、店舗の人たちのモチベーションが上がり、何も言わなくてもサービスレベルが良くなり、当日出荷の割合が95%ぐらいになりました。   店舗出荷は、名古屋港というお店から始まって、今は全部で20拠点ぐらいになり、売上の95%から97%くらいが、店舗から出荷されるという状態になっています。   戦略を支える上で必須だったシステム構造、開発組織の大変革   こういったさまざまな戦略を支える上では、しっかりとしたシステムが不可欠です。システムをちゃんと作らないとうまくいきませんが、私が入社した5年前には、システム構造、開発組織、いずれも課題がありました。まずシステム開発に関して、多くの会社が同じだと思いますが、ほぼ丸投げ状態で外注に出していました。ベンダーごとにシステムができていくので、重複する機能を開発しています。そしてそれを繋ごうとするとぐちゃぐちゃになっていくわけですね。追加機能の開発なども必要になり、プロジェクトが長期化、高コスト体質になっていました。   さらにもっと課題だと思ったのは、システム部門が、ある意味ベンダーに対する口利き役、伝書鳩のような状態になっていたことです。ベンダーの向こう側にはさらに2次のベンダーがいて、システム部門も含めた階層構造が非常に深い状態になっていました。外注依存になっているために、中の人間はシステムがどうなっているかわからずブラックボックス化されており、ノウハウも全て外部にある、人が育たないという悪循環です。   このような状態からのスタートで、まず最初に行ったのは、システムに重複する機能が複数ある中で、どれが正しいものなのか決めるということです。「再利用部品」というものをシステムの上に作り、そこで複雑さを全て吸収していきました。古いシステムの複雑さを吸収した上で、これを再利用することによって新しい仕組みが動くような状態を作り上げる、これが最初のステップです。 ★40:25   それから、仕事の仕方も大きく変更しました。ビジネス部門とシステム部門で一体化したリーダーシップを持つ、そしてどちらが上、どちらが下ではなく、しっかりとお互いに喧嘩できる状態を作ってくださいと伝えました。要件一つとっても、ビジネス要件もあればシステム要件もあります。両方を天秤にかけてどちらが大事かではなく、両方大事なんです。ビジネス要件を満たすためにシステムをぐちゃぐちゃにするようなことがあってはなりません。   そして、要件定義とか設計とか開発とかテストとか、さまざまな工程で外注する、外部の人を巻き込むことはありですが、オーナーシップを担当者がしっかりと持つということも重要です。うまくいかなくても、ベンダーが出来ていなかったとしても、悪いのはしっかりとコントロールできていなかった内部のリーダーです。そういう形に責任の所在を変えていきました。このように開発の仕組みを変えたことで、開発費用も大きく下がりました。現在は、以前の2、3倍の開発力を持っていますが、コストは変わっていません。   大切なことは全部自分たちで作ることではなく、オーナーシップを自分の下に置くこと、これが開発組織においては必要不可欠だと思います。   開発チームの構造は、アメリカのとある会社がやっていた方法をそのまま真似して、国内で175人、インドのオフショア開発センターに125人の合計300人の所帯になっています。オフショアに関しても、何かを作ってくれと丸投げするのではなく、5人ぐらいのチームの中に例えば日本人2人、外国人3人といった一つのチームを作っていくわけです。そして共同作業でものを作り、その海外のエンジニア人材もカインズの社員として取り扱うということを今進めています。その他にも、デジタルマーケティングの人たちが50人ぐらい動いています。     人材採用、既存人材のリスキリングで大切なこととは   こうした人材をいかにして獲得するのか。最初はカインズがデジタル戦略をやると言っても、ヘッドハンターの方も含めて誰も相手にしてはくれませんでした。小売りのホームセンターが何を言っているんだというような感じでしたね。   これはやり方を変えていかないといけないと考え、自分たちの戦略と、今まで何をやってきたかというのを、1時間の面接枠のうち30分間を使って、僕がプレゼンテーションをすることにしました。その上で、さて君は何をやりたい?という話をしていくわけです。君の人生どうしたいの?こんなことをやろうとしてるんだけど君は何がしたい?という話をすると、いや、こんな風なことやってみたくて、今ここが不満でみたいなことを教えてくれるので、だったらじゃあこのポジションはどうだろうかと、候補者と僕とで最後の15分間で相談をするんですね。   こちらから取るかどうか、良いか悪いかを判断するのではありません。ポジションを決めずに面接をして、やりたいことを一緒に探すというスタイルです。僕らと一緒にやりたいと相手に思ってもらう、その環境を作ることを大事に人材確保を勧めた結果、一気に30人ぐらい入ってもらうことができました。   人材の面でいうと、新規獲得のほかに、既存の人材をどのようにリスキリングするかということも大事なポイントです。例えば、最初に僕のところに来た3人のエリアマネージャーの育成、彼らはデジタルのデの字も知らない方たちです。伝統的な小売で仕事をしてきたので、お客様に何か言われたら、このソリューションがいいな、こういう風に対応しようと、いわゆる脊椎反射で動くタイプですね。   現場を見て、良くないと感じたことにすぐに対応する能力が極めて高いと、彼らを見ていて感じました。一方で、腰を据えて長期間のビジネスプランを作るとか、アクティビティの順番を構成するといった仕事は、あまりやったことがないということもわかりました。「〇〇戦略」なんて作ったことがないわけですね。ですから、戦略作りに関しては、やらせてレビューするのではなく、作るところから一緒に進めることにしました。週3、4回、1日3時間くらい時間を使って一緒に戦略作りをしながら、成長シナリオを立てるということはどういうことなのか、何が必要なのか、何をしたら人が納得してくれるのか、そのためにどういうストーリーの構成にしていくべきなのかを徹底的に伝えていきました。   この時に意識したのが、、商売においては僕よりも彼らのほうが先輩だという考え方です。僕も当然上司として来ていますが、小売の現場に関しては知らないことがたくさんあります。戦略を作ることに関しては先生になれるけれど、店舗のことは全く知らないからよろしく頼むという形で進めることが大事ですね。僕のようなデジタルの人間がどこかの会社に行って改革を担当することはしばしばあることだと思いますが、その際、いかに相手の土俵の中に自分を置くかが、とても大切だと思います。   しつこいぐらいにハンズオンやフレームワークを教えこみ、最終的には来た人達全員、メインの小売のキャリアパスに戻しています。3年ぐらい修行をやった人材を元の部署に戻すと何が起こるかというと、その人達の変革のやり方、僕らが3年間進めてきたことが、他の部門に伝播していくんですね。その人達がキーになって、3人だったのが9人になり、9人が掛け算で81人になり、そうやって組織というのは、基軸になる人を戻すことによって、自然発生的に、細菌のように増えていくんです。   こうして、新たな人材のハンズオン育成につながる、そうした効果を見越して既存人材のリスキリングをしていくことがポイントなのではないでしょうか。     【ディスカッション】カインズの変革、成功をもたらした背景に何があるのか   講演に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。   ■ディスカッション参加フェロー ・神奈川大学 経営学部国際経営学科 准教授 (NRL常任理事) 中見 真也氏 ・株式会社CaTラボ 代表取締役(フェロー) 逸見光次郎氏 ・店舗のICT活用研究所 代表(フェロー) 郡司 昇氏 ・阪南大学経営情報学部専任講師(ゲスト) 今井紀夫氏     藤元:最初に私から質問させていただきます。普通は、デジタルCDOといっても、結局はデジタルマーケティングだけだったり、ECだけだったりする人も多いと思うんです。一方でお話を聞いていると、本当のシステム開発から全部を担当されて、それをしっかり握って力を持っているところが、ここまでの成功の一番のポイントなのかなと感じました。   しかしそうはいっても、やはりこれまで培ってきたシステムがあり、保守運用で手いっぱいで新しいことをやる余裕なんか全然ないという日本企業が多い中で、どうやって実行していったのか、例えば在庫管理一つとっても、できるように新たに作ったのか、既存の部分がある程度実はやりやすかったのか、その辺はどうやってすすめたのでしょうか。   池照:まず最初に決めたのは、既存のものに手を入れないということです。なぜかというと、バックエンドを直すと考えると、5年、10年といった期間が必要になってしまいます。チームを作って5年、10年、僕が何の結果も残さなくていいのかというと、そんなことないわけです。   じゃあ、その後ろ側を直さないで、フロントエンドで新しいものを作る方法って一体何があるんだろうと、いろいろな人に聞いたんですね。そしたら、アメリカのとある小売会社のバックエンドがとんでもなく古いはずだと。どうやっているのか聞いたら、これは部品化をするためのソフトウェアがあると言うので、それを紹介してもらい、それで後ろ側をいじらなくても、フロントエンドのアプリケーションができるようにしたんですね。今のアプリケーションというのは、全部そうやってカバーされていて、古い仕組みを意識しなくて済むAPIを使ってものが作られている、そんな状態です。     中見:今日のお話を伺ってきた中で、カインズさんの中に、DXをすすめるステップがあったんだなと感じました。例えば今後、モノからコト的なところをどう価値提供していくの か、デジタルをいかに手段として活用しながら、店舗でもステップを踏んでいくのかと考えたときに、池照さんが描かれている、5年、10年先のカインズというのは、どのようなステップチャートがあるのでしょうか。   池照:5年、10年のタイムフレームではなくて、2、3年という期間でどうするか、ということをまさに今、やっています。モノからコトへという点に関しては、僕らはディズニーランドではないので、コト自体を売ることはできず、コトをきっかけにモノを売ることが恐らく僕らの仕事なんだと思うんですね。   一方で、いろいろなライフスタイルに合わせてコトを提案して、モノを買ってもらうことが店舗で可能かというと、これは不可能です。なぜかというと、例えば夏場のナントカ企画みたいなものを売り場で展開したとして、できても5個ぐらいですよね。でも、世の中のコトニーズは数100万という単位であるわけです。だから、そのコトからモノへの変換という部分は、WEBで作っていこう、それも自分達が作ると大変だからCGMにしていこう、そんな戦略がここ1、2年の中で出てくると思います。   例えば、アプリの中で、店内マップが展開されたり、そのままショッピングカートに入れて、ECで買えるようにしていったり、そんな流れを今作ろうとしているところです。   中見:ありがとうございます。デジタルだけで閉じない、リアルと親和性を持ちながら、かつカインズさんらしい買い物体験、顧客体験をどう作っていくのかという点についてはいかがでしょうか。     池照:マーケティングや店舗エンジニアリングなど少しずついろいろな立場の人間をフルセットで用意した「ミニカインズ」があるんです。このミニカインズが、おっしゃるような店舗での顧客体験とネットをどうあわせるかという取り組みをやっています。   例えば、お客様が歩いていてアウトドア商品売り場のところに近づくと、アウトドアのオススメ商品が出てきます。要はロケーションベースの店舗の中でのオススメがあって、ある意味これもリテールメディアと言えますね。   若干面白さを加味した、宝探しみたいな仕掛けもあります。特定のエリアに近づいて何かアクションを起こすと、カインズポイントがチャリチャリって落ちてくるとか。それから、ARの犬が案内してくれるなんていうものもあります。スマホをかざしてどこかのロケーションに行くと、スマホ上でAR的な体験をすることができるものです。   いろいろな意図はあるのですが、まずはテクノロジーとして可能なのかどうか、そしてそれがお客様に対して価値を生むのかどうかというPOCを今進めているところです。   今井:人事制度について、お伺いさせてください。AI人材、IT人材は各社が欲しい人材ですが、ともすると、うちの会社はお金がないから取れないと困っていらっしゃる企業も多いのではないでしょうか。   カインズさんの人事制度は、仕組みを工夫することによって、必ずしもお金だけの勝負にはならないという良い例として見ることができるのではと思うのですが、制度を作り上げる上で、また実際に施行する上でどんな部分が大変だったのか、あるいは実際に始めてみて、当初思っていたことと違った部分があれば、教えていただきたいです。   池:カインズには、「DIY HR®」という人事制度があります。この仕組みを作るときに意識したのは、ちゃんと複線化されたキャリアパスを作るということでした。小売の給与体系というのは、基本的にはお店に入って、店長になって、エリアマネージャーになって、本部に来てという流れで、元々ITの人材が入ってくることを想定していないので、IT人材にも対応できるものを作りました。   また、苦労したのは、評価の部分です。ある意味ジェネラリストの育成パスしかない状態の中で、ITのスペシャリストが入ってきた時に、全く経験のないスペシャリストの評価をしなければなりません。その評価の中身を作っていくのが、一番の難しいところでしたね。   評価の考え方のベースにあるのは、決まった給与体系があって、それに当てはめるのではなく、アウトプットを評価して給与を支払うというものです。給料は会社が決めるのではなくて、マーケットが決めるものだと僕は思っています。一般的には、社内の平等主義という考え方が根強くあると思うんです。でもそれはルールの下に平等なわけであって、経済とか能力の下に平等なわけではないですよね。みんなを同じにしないといけないと思いがちですが、そうではなく、アウトプットに対してお金が支払われることが、本来一番フェアな状態なのではないでしょうか。   高い給与を支払えない、お金がないから取れないという考え方も当然あると思いますが、大事なのは、そのチームを作ったらどれだけ儲かるか、それをきちんと理解できていることだと思います。要は一人一人の給与という枠で考えると、支払えない、足りないという意見が出てきてしまいますが、最終的に僕らが作らなければいけないのはボトムのプロフィットなんですよね。もし、ボトムのプロフィットを作るために人を採用して、それが一人の人によって100億円増えるとしたら、その人に1億円出しても安いはずです。結果、高いか安いかはそういうことであり、ボトムのプロフィットをしっかり出せるなら、お金がないから雇えない、という悩みはなくなるのではないかと思います。   郡司:僕はよく千葉県の八日市場にあるお店に行くんです。そこでは、ベイシアの食べ物もカインズの掃除用品も一緒に買えるというお店になっているのですが、そういう時のシステム部門同士のやり取りはどういうふうにやっているのでしょうか。   池:今はどちらかのものを使っています。このお店ではカインズ側を使おうとか、どちらかに決めてやっている状態です。   これは本来、正しい方法ではないんですよね。正しい方法ではないのですが、うちはホールディングス会社があるわけではなく、たまたまオーナーが同じ2つの会社がある。正確に言うと、日本の商法でいうとグループ会社ではないんですね。   なぜこういう形にしているかというと、実は名誉会長である先代の会長の、ホールディングス会社は作るなという教えがあるからです。会社間の調整をするような人間が出てきたら、会社というのは絶対にスピードを落とす、だから作ったらダメだという教えです。作らないことによる不具合は結構あります。例えば商品開発、僕らとベイシアは、同じようなカテゴリの同じようなものを作っています。名誉会長はそれでいいんだと、そして競争しろと言っています。効率なんかよりも成長の方が大事だという、そんな価値観ですね。   逸見:戦略を練るためには時間が必要になります。決められた時間の中で定量的な数字を出し、戦略によって何がどう変わるかを出さないとなりません。この辺りは、いろいろなクライアント、コンサル先で聞いていても、上にどう説明するか皆さん悩んでいるところです。先ほどお話がでた、ECをすすめると逆に利益がどんどん下がるから、今は止めないといけないというようなお話は、確かに合理的ですがなかなか説明しきれないというジレンマがあります。戦略をちゃんと練ってから進めるために、池照さんの方で意識していることと、カインズの事例などはあるのでしょうか。   池照:大事なのは、「金になるかならないか」ですね。それだけを考えて順番を決めることが大事ではないでしょうか。   本当に経営者としてやらないといけないことというのは、当然血を止めること、そして止血しながら次の戦略を描くこと。止血しながらも、今ある限られたキャッシュの中でできる成長戦略って一体何なんだろうと考えることですね。   いろいろなことはお金がなくてできないわけですから、広範囲に見る必要はないんですよね。いろいろなことができないから、1個のことをディープに行うわけです。1点突破型の戦略を最初は作るべきなんだろうなと思っています。   かつてお世話になったとある企業の会長は、これを押しボタンという言葉で呼んでいました。押しボタンはどれなんだと。ボタンなんていくらでもあるけれど、今押して一番効くボタンはどれなんだ?と聞き、その押しボタン以外は押すなと言う。   そうやって一つにフォーカスを決めるのは勇気がいることです。他のボタンを押したほうがよかったかなと途中で思うことがいっぱいあるわけですよ。でも自分が押したそのボタンを信じる、これが大事かなと思います。 まとめ   大胆でありながら、現場で働く方たちへのきめ細かい配慮を持って、歴史ある小売業の大変革を成し遂げている池照氏。カインズの今後の展開、さらなる成長に期待が寄せられている。

  • 【イベント報告】第64回NRLフォーラム × マイナビTECH+ 共催「Vision Proを体験しよう!」(2024/4/24)

    2024年4月24日、64回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。 Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。 今回は、「Vision Proを体験しよう!空間コンピューティングの未来と可能性」をテーマに、スマートシティと環境・エネルギーの調和をテーマに様々な事業を手掛け、現在、Apple Vision Proを活用したプロジェクトなどに取り組む株式会社Andecoから、若きエンジニア・右田優希氏を講師に迎え、空間コンピューティングの未来と可能性について語ってもらった。 また、講演に続いてNext Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、さまざまな論点で議論が交わされた。 右田氏曰く「メタバースとは違う思想で作られている」というApple Vision Proにはどのような機能があり、小売業界にどのようなインパクトをもたらす可能性があるのか。 新しいデバイスが切り開く、次世代の小売流通の姿について、講演や参加者たちの議論をレポートする。 目次) 講演: 空間コンピューティングの未来と可能性(右田優希氏:株式会社Andeco) ・MetaとAppleの思想の違いからなる、メタバースと空間コンピューティングの違いとは ・高解像度のカメラ、高い音質のスピーカーなど充実した機能 ・不動産やスポーツなど、toBを中心にさまざまな案件が進行 ディスカッション Vision Proが小売にもたらすインパクトとは ・顧客の目の動きから得たデータを活用し、どのような価値を提供できるか ・「現実店舗を仮想空間にコピー」ではなく、いかに付加価値をつけられるか ・ヘッドセット常用が当たり前になる?未来、残る価値とは まとめ 登壇者) ■講師: 右田優希氏 株式会社Andeco エンジニア ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) 空間コンピューティングの未来と可能性(右田優希氏:株式会社Andeco) Apple Vision Pro(以下Vision Pro)は、「デジタルコンテンツやアプリをユーザの物理空間とブレンドし、目、手、声を使用してナビゲートする空間コンピュータ(Apple 公式サイトより)」だ。2024年4月現在、日本では未発売だが、Appleが開発した最新のスマートグラスということで、国内でも大きな注目を集めている。 講演では、株式会社Andecoのエンジニア・右田氏がVision Proの実機を会場に持ち込み、その機能や使用感、BtoBビジネスで動いている実際の活用事例などについて紹介した。以下、抜粋して紹介する。 MetaとAppleの思想の違いからなる、メタバースと空間コンピューティングの違いとは 右田氏(以下敬称略):今回は「空間コンピューティングの持つ未来と可能性」をテーマに、Vision Proの機能や僕自身が使った感想などをご紹介しつつ、話をさせていただきます。 最初に、自己紹介をさせていただきます。僕は大阪出身で、デザイン系の専門学校で3DCGや映像などを学びました。ゲームや3DCGが趣味なのですが、特に「VRChat」というメタバース空間にアバターで入って遊ぶゲームが好きで、大体2500時間ぐらいやっています。 仕事としては、ソフトウェアの開発、主にWEB系のアプリや、スマートフォンのアプリなどを作っています。 私が所属している株式会社Andecoは、エンジニアリング、そしてクリエイティブとデザインを使って、お客様の空間価値を最大化するということを目標に掲げている会社です。僕はクリエイティブとデザインを得意としていて、代表の早川がエンジニアリングをメインに行ってます。まちづくり、建築、森林林業系をメインのドメインにしていて、例えばスマート東京を目指す都の取り組みの一つ、港区の「デジタルAKASAKA」というプロジェクトに参画しています。 さて、今回のテーマである空間コンピューティングについてお話したいと思います。よく、メタバースと空間コンピューティングはどう違うのかと聞かれることがありますが、そもそもメタバースとはどのようなものなのでしょうか? メタバースは、ヘッドセットをつけて、両手にコントローラーを持たされて、いろいろなセンサーがあって、そして出来上がったゲームっぽいアバターになって仮想空間に入りコミュニケーションをとる…そんなイメージを持っている方が多いのではないでしょうか。 実は、最近のメタバースはこうした段階よりもだいぶ進化しています。 ハードウェアもコンパクトになり、画質もかなり上がってきていて、リアルな見た目のものが増えています。 2、3年ほど前、メタバースがいろいろなメディアに取り上げられた時期がありました。一般的にメタバースと言って皆さんが思い浮かべる先ほどのイメージは、この時に作られたものではないかと想像しています。この時期は、メタバースに対する期待値が高まりすぎて、技術が追いついていないタイミングだったといえます。 そして、実際のメタバースを経験した人たちが予想を下回るクオリティに「何だこれ」と感じ、いわゆる幻滅期に入りました。その後、少しずつですが、あらゆる面で質があがり、現在に至ります。スマホなどに比べると、誕生してから歴史が浅い分、これからまだまだ進化していく分野かなと思っています。 一方、空間コンピューティングとはどのようなものなのでしょうか。Vision Proに関するいろいろな資料やAppleの発表を読んで気が付いたのですが、Appleは「メタバース」と絶対に言わないんです。公式サイトにも書いていませんし、メディアに発表するときにもメタバースという単語を入れないようにと言っています。 それはなぜなのか。 僕が考えるに、それはMetaとAppleの思想の違いから来ているのではないでしょうか。 Metaは、VRの企業を買収してメタバースの事業を行っており、その世界に入って遊ぶゲームや、360度のその映像を観ることができる映像コンテンツなど、仮想空間の中に完全に入るコンテンツを多く作っています。 一方で、AppleのVision Proで得られるのは、現実の世界の中に仮想空間も見えるという体験です。ご存知の方もいるかもしれませんが、Microsoftの「HoloLens」というヘッドセットデバイスがあります。Vision Proは、これにかなり思想が近いと感じます。HoloLensは画面が暗かったり、歩くと画像がずれてしまったり、実際の使用にはいろいろな問題があったためにそれほど普及しなかったのですが、Vision Proは体験としてはこれに近く、それぞれの質がだいぶ上がったもの、という印象を受けました。 Vision Proのもう一つ大きな特徴は、MacやiPhoneなどとすぐに連動できるという点です。例えば写真をVision Proで見たいと思うと、すぐにAirDropで飛ばすことができるんです。こうしたエコシステムも、優れている点だと感じます。 Metaが社名も変えて、メタバースという売り方をしている一方で、Appleはどちらかというと空間コンピューティング、現実と仮想空間を重ねるような考え方で作っている、ここが大きな違いの一つだと考えています。 高解像度のカメラ、高い音質のスピーカーなど充実した機能 Vision Proの機能や技術的な特徴についてもご紹介します。Vision Proには、両眼用にディスプレイが2つ入っています。この2つそれぞれの解像度が4Kあるため、現実とあまり違いを感じない、リアルな世界を見ることが可能です。 それから、左右にスピーカーが付いていて、これも、VRのスピーカーによくあるパリパリした安っぽい音がしない、高い音質を持っています。鳴っている場所から音が聞こえるので、例えば歩き回ると音の位置も変わります。 もう一つ大きな違いは、単体で使えるという点です。VRが登場した初期のころは、高機能のパソコンが必要で、それにヘッドマウントディスプレイを繋いで使っていたのですが、Vision Proは中にパソコンが入っているので、そうしたパソコンを別に用意する必要がありません。 さらに、コントローラーも不要で、内蔵のたくさんのカメラで周囲を撮り、それによりジェスチャーや目線で操作することが可能です。 さらには、Vision Proは、装着している人の顔がうっすらと表示されるようになっているんです。これまでのVR機器は中に封じ込めるような作りのものが多く、装着している人が周りを見ることができないだけではなく、周りからも着けている人の表情が分かりづらいつくりになっていました。対して、Vision Proは外から顔が分かるようになっているので、周囲の人と装着している人がコミュニケーションを取りやすくなっています。 不動産やスポーツなど、toBを中心にさまざまな案件が進行 右田:最後に、このいろいろな機能を備えたVision Proを活用した、実際の案件をご紹介します。 まだご紹介できるものが少ないのですが、当社では100人を超すいろいろな業界の方たちにVision Proを体験いただいて、何ができるか、どんなことに活用したいかを伺いました。中には、実際に案件化したものもあります。 まず1つ目の例が、不動産販売での利用です。マンションのショールームで、壁や床にプロジェクターで画像を映し出し、実際の家の様子をお客様に見てもらうサービスがありますが、さらに付加価値をつけ、Vision Proを付けている人に、より立体的な体験をしてもらえるというコンテンツを作りました。 これは撮影など、制作の段階からVision Proを使った事例で、超高解像度で撮影できるカメラを用意し、マイクでその空間の音も録音して作ったコンテンツです。 二つ目が、サッカーJ3リーグのFC大阪と行ったプロジェクトです。FC大阪は東大阪市をホームタウンとしているのですが、例えばサポーターの雰囲気やスタジアムの雰囲気を伝えるためのコンテンツづくりを現在行っています。これはまだ企画段階なのですが、離れていても実際にスタジアムに行ったような体験ができるコンテンツを目指しています。 三つ目が、建築関係の事例です。建築の設計をする際にBIM(Building Information Modeling)という、コンピューター上に現実と同じ建物の3Dデータを作る仕組みがあるのですが、この3Dデータを使って、Vision Proで見ることができるようにしました。これもVision Proならではの機能が活かされていて、歩き回っても、仮想空間と現実がずれないので、実際の建物に表示しても見ることができますし、ミニチュアサイズで模型としても見ることができるようになっています。 このように、これまでにないクオリティを実現し、さらなる活用が期待できるVision Proですが、当然まだ、課題もあります。特に私が課題と感じるのは、本体に全てが入っていることから、あまり大きなデータを入れることができない点です。コンテンツ制作などをする上で、データをどうやって圧縮するか、考える必要がありました。 以上が当社として取り組んでいるVision Proを使った実際の案件のご紹介となります。 当社はBtoBが基本で、toCでビジネスをする機会が少ないため、小売というフィールドでどのような使い方があるのか、このあとのプロの方とのディスカッションでいろいろとお伺いできればと思っています。ご清聴、ありがとうございました。 【ディスカッション】Vision Proが小売にもたらすインパクトとは 講演に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。 ■ディスカッション参加フェロー ・神奈川大学 経営学部国際経営学科 准教授 (NRL常任理事) 中見 真也氏 ・株式会社シンク・エヌ 代表取締役 樋口進氏 顧客の目の動きから得たデータを活用し、どのような価値を提供できるか 藤元:最初に、空間コンピューティングについて改めてお伺いさせてください。先ほども少しお話が出ましたが、具体的に例えばUI、UX的はどのように違うのか、解説をお願いできますか。まずしてもらいたいなと思います。 右田:Vision Proが今までと違う点を挙げると、例えば、空間を認識する機能が標準で付いていて、仮想の画面を現実世界に出してきた際に、現実世界に影が落ちるようになってるんですね。 そうした小さな工夫がたくさん積み重なって、仮想現実にも関わらずものすごくリアルに見えるというのは、空間コンピューティングとメタバースの大きな違いの一つかなと思います。 もう一つは、今までのVRがゲームをするために誕生し作られ進化してきたため、ゲームに関係する機能が多いのに対し、Vision Proはゲームにはほとんどタッチしておらず、パソコンと繋いでそのまま作業などができるような機能が充実してします。 それから、今までのVRゴーグルは専用のアプリしか動かなかったのですが、Vision ProはiPadやMacのアプリがそのまま動くというのも大きいですね。そのため、例えば僕がソフトウェアを作る際にも、新たにアプリを作る必要がありません。Vision Proを購入して、すぐに仕事に使えるというのはとても便利だとおもいます。 中見:お話を聞いて、驚きました。Metaのヘッドセットは、以前体験させてもらったことがあるのですが、今日、Vison Proについていろいろと聞かせていただき、すごいなとまず感心しましたし、感動すら覚えました。 僕はマーケティングや流通をやってる研究者なのですが、その観点で見たときに、これがどういう風にリテールの世界の中で顧客体験を向上させたり利便性を上げたりできるのかという点にとても興味があります。 リテールの世界の中では、お客様が買い物棚でどういう動きをすれば次にどういう行動になるのかという、アイトラッキングのようなテーマがずっと研究されてきました。Vision Proを使って実際の目の動きをデータとして取り、それを解析していくことで、小売の側からお客様に対してどのようなアプローチ、価値の提供ができるようになるか、そのあたりはどうお考えですか。 右田:現在、スマホでサイトにアクセスした履歴が取れるように、将来的には、ユーザーの目線の情報も取得できるようになると思うんですね。 今はまだ、こうしたヘッドセットを付けたまま外を歩く人はいませんが、スマホを持ち歩くように、それがもし当たり前になったら、そして目線の情報も取得できるようになったら、お店で顧客が何をどのように見ているのか、情報が集められるようになります。 そうすると、例えばユーザーに応じたデジタル情報をその人が良く見る位置に出したり、適した広告を出したりすることも考えられます。 それから購入体験としては、例えば家具を買いに行く時に、家のデータを3Dで取っておいて、店舗で自分の部屋をパッと出して、欲しい家具を自分の部屋に置いたらどんな感じかを見ることもできますね。逆も然りで、小売側がECサイトで3Dのモデルをダウンロードできるようにすれば、購入を検討している顧客が自分の家にその家具のデータを置いてみることも可能です。小売の世界で言うと、見てから買うと言う体験はすぐにできるようになるのではないでしょうか。 「現実店舗を仮想空間にコピー」ではなく、いかに付加価値をつけられるか 樋口:私も7、8年前にMetaのデバイスを自分で持っていて使っていたのですが、やはりかなりリアリティー度が落ちるというのが体験した感想でした。 その頃から、リテーラーとして何とかやりたいと思ってるのが、店舗やショッピングモールそのものを3D空間に置いて、そこで実際に買い物ができるようにするという試みです。 もう10数年それをやろうと試行錯誤していますが、なかなかできてないのが実情です。特に大きなショッピングセンターでは、「買い回りの低下」が課題となっています。店舗が多く敷地が広すぎて全部回れないという顧客が非常に多く、1店舗だけ行ってあとはカフェでお茶をして、それで終わってしまう。 リアルな店舗においては、顧客はオンラインよりも衝動買いをしやすいと言われています。ECはまだ伸びてはいますが、厳しい状況にだんだんとなっています。検索して目的に沿って買う人が多いため、衝動買いさせることが難しいからです。買い回りの低下は、こうした衝動買いの低下にもつながってしまいます。 Vision Proみたいなものを活用して3D空間でリアルに商品を手に取ることができて、簡単に多くの店舗を回って衝動買いしたくなる体験を提供できれば、劇的にECのマーケットが拡大するのかなと思いました。 中見:買い物の楽しさ、体験の向上みたいなものをどうやって表現していくのかが一つのポイントだと思います。それができれば、ショッピングモールとか、百貨店みたいなところでもこのデバイスの活用シーンが増えていくかもしれないですね。 そうした大型店舗は、顧客が上に上がらないという課題を持っています。1階の売り場やデパ地下には人が来ても、上の階は売上に苦戦しているんです。そうした課題に対してもVision Proが恐らく効いてくるだろうなと感じました。 右田:例えば現実の店舗での買い物は、店員さんがいて質問したりおしゃべりしたりすることができ、そこに価値を感じて通う方もいると思います。これまで、店舗を仮想空間に作った時に何が起きていたかというと、今までのVRの場合、閑散とした空間に何だかチープなアバターがいるような状況で、仮想空間にすることで逆に価値が下がってしまっていたんです。 そうしたチープさをなくして、例えばすごくお話が上手な人が仮想空間にいて、その人と喋りに行きたいと感じてもらえるような接客を提供するとか、Vision Proをつけた人がたくさんいるコールセンターのような場所を作り、Vision Proを付けたお客さんが入ってきたら、商品の説明をしたり質問に答えたりできる環境があれば、仮想空間の店舗の価値を上げることができるのではと思います。 それから、距離が関係なくなるという仮想空間のメリットを活かし、実店舗に行けない方にとっても価値を提供できると思います。例えばその店舗に行くことができなくても、 ドローンを飛ばして、Vision Proで遠くの店舗を見られるようにして、実際に現地にいるリアルな店員さんが接客しても良いですよね。現地の店員さんと話しながらお店を見て回ってもらうような仕組みなどは、恐らくすぐにでもできるのではないでしょうか。 現実を仮想化するだけ、例えばスキャンしたりとか、スピーディーに起こしたりするだけだと、たいていの場合現実よりも価値が下がってしまいます。そうではなく、いかに仮想空間ならではの付加価値をつけるかが大事だと思います。 樋口:今お話しいただいたことは、小売りをデジタル化しようとしてる人たちにとっての本当に宿願ですね。ハワイのあの店に行きたい、というような需要は絶対にあるはずですし、加えて接客部隊がいて、実際の買い物もできる、これらが完全に揃えば、リテールの夢だったことが相当実現できると思います。 ヘッドセット常用が当たり前になる?未来、残る価値とは 会場参加者:機材的観点で質問いたします。Vision Proにはカメラが入っているということでしたが、例えば部屋が暗いとか、逆に日光が当たっているとか、それからヒラヒラした衣装などを着ているとか、イレギュラーな状況でも、ちゃんと反応するのでしょうか。 右田:その3つでいくと、まず暗い場所は不得意です。カメラをベースにこのヘッドセットがどこにあるのかを特定しているので、あまり暗すぎると反応しなくなります。逆に明るすぎる場合、特に太陽光が強すぎる場合だと、レンズの素子がいかれてしまうんですね。太陽光が強い場所で使うことはできません。最後に着ている衣服に関しては、程度によると思いますが、例えば生身の手である必要はなく、手袋をしていてももちろん動きます。海外で医師が使っている事例があって、白衣を着ていても問題なく反応できていたので、ある程度は問題がないのではないでしょうか。 会場参加者:こうしたヘッドマウントディスプレイを皆が持つようになると、スマホやパソコンを持つ必要性がなくなるのではないかと思うのですが、その時、AppleやMicrosoftなどの会社は、どのような製品を作っていくと思いますか。 右田:難しい質問ですね。フィクションの世界を考えると分かりやすいかもしれません。VRやメタバースでも残っているものに法則があって、例えば肉体って無くせないですよね。ご飯も食べないといけないし、トイレにも行く必要があることを考えると、肉体に関連するものは残るのではないでしょうか。 (イベント後半の Apple Vision Pro 体験会の様子) それから、今はVision Proはこんな大きさをしていますが、コンタクトレンズくらいの大きさになって、24時間つけられるようになったら、恐らくペットも窓もバーチャルの、座れる場所だけあるようなただの箱みたいな部屋に住むようになっていくのではないかと思います。 そうした時代に価値を持つものは、多分アートとか複製ができないもの。メタバースはデータなので、なんでもコピーできてしまいます。なので物を売ることは恐らくできなくなっていって、物ではなくて体験のようなコンテンツを売る必要が出てくると思います。 遠い未来の話かもしれませんが、どんな世界になっているのか、考えてみるのも面白いですね。 まとめ Vision Proが提供する、空間コンピューティングという新しい価値。デバイスの進化が、小売の世界にどのような変化をもたらし、顧客はどのような体験を求めるようになっていくのか。今後の動向が注目される。

  • 【イベント報告】Z世代が熱狂するeスポーツとリテール/マーケティング(2/16第63回NRLフォーラム)

    2024年2月16日、63回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。 Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。 今回は、「Z世代が熱狂するeスポーツとリテール/マーケティング」をテーマに、大会やイベント運営を手がける株式会社CyberZ 、イベントをスポンサードしマーケティング施策を展開している株式会社モスフードサービス、プロチームマネジメントなどを行う株式会社XENOZ、そして2022年にXENOZを買収してeスポーツ事業に参入し注目を集めたJ. フロントリテイリング株式会社と、eスポーツ事業にさまざまな角度から携わる企業から業界の第一人者が集い、eスポーツの現状や将来の展望、さらなる市場拡大に向けた課題などについて語ってもらった。 また、あわせてNext Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、さまざまな論点で議論が交わされた。 Z世代の支持を得て市場を拡大しているeスポーツと、若者にアクセスしてファンの獲得や商品訴求などを目指すリテール業界が、お互いの強みを生かしながら価値を生み出していくためには、何が必要なのか。eスポーツ業界の今と未来をレポートする。 目次) 講演: CyberZが展開するRAGEの各種施策(大崎章功氏:株式会社CyberZ) ・Z世代が熱狂するeスポーツ、ファン数800万人、160億円の市場規模に成長 ・Z世代へのリーチやコンテンツを生かし、あらゆる業種の企業とコラボ モスバーガーが実施するeスポーツマーケティング施策(大楽泰督氏:株式会社モスフードサービス) ・「eスポーツ来てるぞ」、半信半疑で会場に行き感じた熱狂とは ・「ゲームは遊び」という固定観念をどう覆し、社内を説得するか eスポーツと流通企業のビジネスコラボレーションの形とは? (島袋孝一氏:J. フロントリテイリング株式会社、金濱壮史氏:株式会社XENOZ) ・「日本から世界に」をミッションに、プロ選手を育成・マネジメント ・銀座シックス、PARCOなどグループ会社とのシナジーで活動を拡大 ディスカッション: eスポーツのすそ野を広げ、市民権を得るには何が必要か ・「日常に溶け込んだeスポーツ」、すそ野拡大を目指したカフェ ・プロとしての収入アップ、市民権獲得…eスポーツが目指す未来は まとめ 登壇者) ■講師: 大﨑章功氏 株式会社CyberZイベント事業部 RAGEゼネラルマネージャー 大楽泰督氏 株式会社モスフードサービス デジタルマーケティンググループ グループリーダー 島袋孝一氏 J. フロントリテイリング株式会社 グループデジタル統括部 兼 株式会社XENOZ 経営企画部 金濱壮史氏 株式会社XENOZ 執行役員 ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター: 江端浩人 江端浩人事務所代表 次世代マーケティングプラットフォーム研究会主宰(NRL常任理事) 藤元健太郎 ディー・フォー・ディー・アール株式会社 代表取締役社長(NRL理事長) CyberZが展開するRAGEの各種施策(大崎章功氏:株式会社CyberZ) 最初に登壇したのは、株式会社CyberZの大崎章功氏。成長を続けるeスポーツについて、そして、他社と協業して興行しているeスポーツのブランド「RAGE」の取り組みについて、講演を行った。 (※以下、大崎氏の講演より抜粋) Z世代が熱狂するeスポーツ、ファン数800万人、160億円の市場規模に成長 eスポーツは「エレクトロニック・スポーツ」の略で、ゲームを競技として捉え、従来のスポーツのようにプレイしたり観戦したりする際の名称です。 コロナ禍が落ち着き、現在は全国各地でオフラインの大きなイベントも開催されるようになり、市場規模は年々拡大しています。2023年の市場規模はおよそ160億円で、ファンの数は約800万人、来年にはサッカーのJリーグとほぼ同じ1,000万人に到達するのではないかと予測されています。 我々はエイベックス、テレビ朝日と協業して「RAGE」というブランドのeスポーツリーグやイベントを開催・運営しています。ゲームタイトルにも左右される部分はありますが、イベント来場者の7割から8割はZ世代で、男女の比率は約半々くらいです。10年ほど前は来場者のほとんどが男性でしたが、女性のファンが増えているというのも昨今の特徴の一つです。 RAGEのイベントは規模も頻度も伸びていて、今年は1ヶ月に1回ぐらいのペースで大規模イベントを開催していく計画になっています。また年間270〜280日のオンライン放送を手がけており、アジアからも注目されるような、日本で最も大きなブランドに成長してきています。 我々は、サッカーでいうJリーグのように大会を運営するという役割、それから格闘技でいうRIZINのようにマッチメイクをして大会をプロデュースするような役割を担い、プロに限らずアマチュア含めた、eスポーツにおける興行のブランドとして活動しています。 我々の事業としての大きな強みの一つは、人気タイトルの公式大会興行権を持っていることです。世界中にいろいろなゲームタイトルがありますが、例えば日本でも現在人気を博している「VALORANT」というゲームタイトルのプロリーグは、RAGEが大会運営をしています。 そして、多くのストリーマーやゲームのプレイヤー、視聴者との関わりの中で、いわゆるインフルエンサーを巻き込んだマーケティングの施策、タイアップなども実現可能です。SNSも、RAGEの公式アカウントのほかに、公式大会興行権を持っているゲームタイトルやゲーム大会のアカウントも一部運用しており、大きなリーチを武器に、いわゆるソーシャルマーケティングとしても影響力を作ることができているのではないかと思います。 また、新たなタッチポイントとして、2024年1月末にRAGEのカフェをオープンしました。ここでは、eスポーツの試合を流したり、あとはチームと連携したイベントを開催したりしていて、近々パブリックビューイングも予定しています。 eスポーツの事業をしていく中で、大規模なイベントだけではない、日常に溶け込むような形でeスポーツに接点を持っていただける場を持ちたいと考え、実現したものです。 Z世代へのリーチやコンテンツを生かし、あらゆる業種の企業とコラボ このように成長を続けているeスポーツの世界で事業を展開している我々ですが、いろいろな取り組みに参加いただく企業の皆様の数も、ありがたいことに年々増えています。事業を立ち上げた当初は、いわゆるPCデバイス関連など、参加いただく業種が限られていたのですが、最近は、飲食や金融など、本当にあらゆる業種の企業の皆様とご一緒させていただけるようになりました。 直近の取り組みとして、化粧品メーカーの株式会社コーセーさんと実施したイベントについてご紹介いたします。 きっかけは、いわゆるZ世代へのマーケティングのために、eスポーツというドメインと、我々の持つコンテンツであるイベントに対して、コーセーさんが興味を持ってくださったことです。昨年9月に実施されたVALORANTのオフライベントで、ステージに出るeスポーツのプロ選手やストリーマのメイクをしていただいたり、タイアップという形で広告のキャンペーンを展開したりして、若年層をターゲットに化粧品やネイルをPRする施策を行いました。 こちらの事例以外にも、いろいろな企業の皆様と施策を実施していますが、そうした取り組みがマーケティングにおける効果を生み出すことができたのかどうか、我々は定量的なデータや定性的な振り返りをレポーティングとして提出しています。 内容としては、イベントの来場者数や視聴数といったリーチ、顧客のSNS上でのリアクション、それからアンケート調査の結果など多岐にわたります。定性データは、リサーチ会社を使ってアンケートなどを取るケースもあると思いますが、我々の場合はSNSのフォロアーや来場者に対して直接モニター調査を実施して、企業の皆様が聞きたいをことを直接質問するほか、ブランドイメージがどう伝わったかなどを、自ら調査しています。 今後も、多くのイベントを実施し、魅力的なコンテンツを作っていきますので、ご興味を持っていただけましたら、是非、お声がけいただければと思います。 モスバーガーが実施するeスポーツマーケティング施策(大楽泰督氏:株式会社モスフードサービス) 続いて、株式会社モスフードサービス大楽泰督氏より、スポンサー視点でのeスポーツとの関わり、マーケティング施策について紹介された。 「eスポーツ来てるぞ」、半信半疑で会場に行き感じた熱狂とは 私たちモスフードサービスは、先ほど大崎さんからお話があったRAGEさんのイベントに協賛し、いろいろなマーケティング施策を実施しています。 多くの企業が、若い人たちとコミュニケーションをとりたいという課題を抱えています。その中で、Z世代から支持され人気を得てえるeスポーツの皆さんと何か一緒にできないかと考えたのが、取り組みのきっかけです。 実を言うと、私自身は元々、eスポーツを知ってはいたものの、そこまで詳しいわけではありませんでした。しかし、あるとき知り合いから、「eスポーツ凄い来てるぞ、見に行った方がいいぞ」とすすめられてRAGEさんのイベントに行き、大変驚いたんです。 まず熱狂がものすごい。そして来場者のほとんどがZ世代で、おしゃれな女性も多い。しかも中には、応援しているプレーヤーの名前が書かれたうちわを持っている人がいて、まるで「推し活」のような状況です。 正直、eスポーツはすごいといっても、そこまでではないだろうと思っていたのですが、実際に会場に行って熱狂を体感し、自分が想像していたような世界とは全く違うんだと実感しました。 さて、そうした経緯でeスポーツに関わるようになった私ですが、RAGEさんと一緒に当社が取り組んでいることをご紹介させていただきます。 初めて協賛をしたのは、昨年の3月に行われた、「VALORANT Challengers」というイベントです。そのイベントで、ストリーマーの方達にモスバーガーの商品を50個ぐらい差し入れして、その場で食べながらゲームを観戦し感想を言っていただいたり、ゲームの実況解説の方に食レポをしていただいたりするという施策を実施しました。モスバーガーが出てくると、「モスバーガー来た!」みたいなコメントが画面に出てくるんです。これが嬉しくてたまらないんですね。 RAGEさんとしてはいろいろなイベントを行っていますが、私たちとしては、VALORANTに関するものに現在はしぼって注力しています。なぜかというと、このゲームでは「VAMOS」という言葉がよく使われているからです。元々はがんばれとかLet’s goといった意味を持つスペイン語由来の言葉らしいのですが、強いチームが掛け声として使うなどしたことから、VALORANTで良いプレーが出たときに頻繁に使われる言葉として定着しているんです。これをもじって、「バモスバーガー」という掛け合わせた言葉を広げ、ゲームコミュニティーにおける当社商品の認知拡大をはかりたいと考えています。 バモスバーガーを覚えてもらう取り組みの一つとして、モスチキンをVALORANTの世界の銃にみたてたパロディ動画も作りました。息子が自宅でモスチキンを銃にして遊んで妻に叱られているのを見て、それをヒントに作ったものです。 他にもイベントでキッチンカーを出したのですが、これが長い行列ができるほど盛況で、1日の売上として過去最高を記録しました。 その後もいろいろな協賛をさせていただいていますが、現在はまだプロモーションフェーズ、認知を得るという段階です。なかなか結果を出し切れてはいないのですが、単なる認知ではなく、今後いかに好意的な認知を取っていけるかが取り組みのポイントだと思っています。 「ゲームは遊び」という固定観念をどう覆し、社内を説得するか 私たちがRAGEさんのイベント協賛で行っている取り組みをご紹介しましたが、あわせて、eスポーツのスポンサーとして活動をするために、どのように社内で合意形成をとるかという点について、少しお話させていただきます。 社内でOKをもらうためには、当然、eスポーツのことを良く知っているマーケティングなどの担当者だけではなく、それって何?という温度感のひとたちも説得しなければなりません。 一般的に、上の世代にはまだゲームに対するネガティブなイメージをお持ちの方もいらっしゃると思いますが、当社でも、やはりそうした雰囲気が一部にありました。私もゲームをあまりやらないので、理解できるところもあるのですが、ゲームは遊びであり、スポーツのように盛り上がるなんて、そんなはずはないといった思い込みがあるんです。 ここで重要なのは、目線をその方たちと同じにすることです。考えを否定してしまうとそこで話が終わってしまうので、まずは「実は僕もびっくりしたんです」と、相手の感覚に理解を示すことが必要です。 その上で、さいたまスーパーアリーナが満員になっているイベント会場や、入場に長い行列ができている様子、最新のファッションに身を包んだ若い女性が楽しんでいる姿などの写真を見ていただきます。ゲームに対してなんとなく暗いイメージを持っている人たちは、それを見てとても驚くんです。 それから、日経新聞がeスポーツを取り上げている記事を見せたり、ファンの数がJリーグと同等になっていると伝えることも響きます。さらに、こうしたファクトを次々とたたみかけます。中学生のなりたい職業で、男性2位がプロeスポーツプレイヤー、女性もゲーム実況者が上位に来ている。RAGEのチケットの購買者層は27歳までがボリュームゾーン、8割がZ世代で、男女比も6対4で、男性だけの盛り上がりではなくなっている。 若者の間ではゲームがこれだけ浸透していて、見逃すことができないという印象を強く持ってもらうことが必要です。 私の場合は最後に、役員を大会イベントに連れていきました。実際に会場の様子を見て、熱狂を体感してもらったんです。個人的には、これが一番効果があると思います。 eスポーツで何かマーケティング施策をしたいと考えていても、なかなか社内を説得できず、進め方を悩んでいる担当者の方もいるかと思います。簡単ではないと思いますが、実際に見て感じてもらうことで、活路を見出せるのではないでしょうか。 eスポーツと流通企業のビジネスコラボレーションの形とは?(島袋孝一氏:J. フロントリテイリング株式会社、金濱壮史氏:株式会社XENOZ) 講演の最後に、大丸松坂屋百貨店やパルコなどを傘下に持ち、eスポーツ事業への参入が大きな話題となった、J. フロントリテイリングの島袋孝一氏と、グループ会社であるXENOZの金濱壮史氏より、施策について紹介された。 (※以下、島袋氏、金濱氏の講演より抜粋) 「日本から世界に」をミッションに、プロ選手を育成・マネジメント 私たちXENOZは、「SCARZ」というプロeスポーツチームの運営、マネージメントをしています。2022年12月に、J. フロントリテイリングが出資という形で参画し、グループ会社という形で共同的に事業運営をしています。 SCARZはいろいろなジャンルのゲームの選手をかかえており、先ほどからお話が出ているVALORANTはもちろん、その他にも例えば女性に人気の高い「第五人格」というゲームの部門を持っています。第五人格は中国の会社が運営しているゲームなのですが、お台場に新しくできた体験没入型の新しいテーマパーク[1] 、イマーシブフォート東京にも第五人格のアトラクションができるなど、かなり人気を集めているゲームです。 他にも、オリンピックeスポーツに採用されているeモータースポーツや、Honor of Kingsという昨年のモバイルアプリ売上が世界で5番目に高かったゲームなど、現在は7つの部門で選手とコーチが60名以上いるという構成になっています。ゲームの種類も多様で、ゲーミングパソコンを使ってやるゲームや、いわゆる据え置き型で遊ぶゲーム、スマホゲームなど、いろいろなゲームのプロ選手の育成、マネージメントをしています。 私たちが掲げているのは、「日本から世界に」というミッションです。競技でしっかり勝ち、世界に向けて成長していき、その姿をファンの方に見せていくことで、夢を与え、僕も挑戦してみようと思っていただける存在になりたいという思いで活動しています。 元々eスポーツプレイヤーだった代表の創業ビジョンもここに根ざしておりまして、12年前にSCARZを発足した当時は現在のような賞金もなく、ヘッドホンやマウスなどの景品がもらえれば嬉しいという状況だったそうです。eスポーツをビジネスにして、活躍できる選手を増やしたいという思いが、創業のきっかけだったと聞いています。 もう一つ掲げているのが「NEW AREA(ニューエリア)」です。eスポーツは身体性が低いので、男女で競ったり、異なる年齢層の方が同時にプレーできるのが特徴です。そうしたゲームの強みを活かして、新しい居場所やコミュニティを作りたいと考えています。 銀座シックス、PARCOなどグループ会社とのシナジーで活動を拡大 SCARZについてのご紹介に続き、XENOZとしての事業内容や活動についてお話したいと思います。 事業としては、先程申し上げたチームの運営やプロ選手の育成などをやりつつ、SCARZというブランド以外にも、さまざまなeスポーツにまつわるコンサルや大会イベント運営などを行っています。また、SNSなどメディアの運営のほか、アパレルのグッズ企画なども社内でやっています。例えば先ほどご紹介した第五人格はファングッズも需要が大きく、アクリルスタンドや、好きなキャラクターと一緒に写真が撮れる透明な写真フレームなどを作っています。社内に元プロのeスポーツ選手だった社員などもいるので、ファンが欲しいもの、ファンとの距離感を非常に良く理解しているんです。また、クリエイターも抱えているので、ファンの気持ちを推し量りながら、どんな商品を作ったら喜んでいただけるのか、社内で企画をよく出し合っています。VALORANTや第五人格など、ゲーム人気に牽引されて、それぞれの事業がぐっと伸びていると言えると思います。 またSCARZには、たくさんの企業の皆様にスポンサードしていただいています。RAGEさんは大会やイベントにスポンサードという形ですが、私たちの場合は、チームやゲーム、IPに紐付く選手にスポンサードいただくという形です。 以前はデバイスメーカーさんやPCメーカーさんのような、ゲームをする人が顧客というところが多かったのですが、現在はBtoBの企業様もいらっしゃいますし、住宅設備機器のLIXILさん、エナジードリンクのREDBULLさん、それから地元のラゾーナ川崎プラザさんなど、ジャンルを問わずいろいろな業種の皆様と取り組みを行っています。 J. フロントリテイリングの出資により、大丸松坂屋、銀座シックス、パルコといった施設を生かしたSCARZとのコラボレーションも増えています。 例えば去年のゴールデンウイークには、銀座シックスでeスポーツのイベントをやるという前代未聞の企画を実施しました。xRの技術を使って、第五人格に出てくるゲームの人気キャラクターが目の前にいるかのような体験をできるというものです。 J. フロントリテイリングとしても、中国の大きなゲーム事業者と直接対話する機会はそれまでになく、先方も第五人格のゲームデータを生で出すのは初めてだったと思うのですが、銀座シックスというブランドと、SCARZのこれまでの取り組みがあって実現できた企画だったと感じています。 もう一つ、渋谷PARCOの上にある1000名規模のPARCO劇場を使った、パブリックビューイングも行いました。SCARZがVALORANTの日本リーグで優勝して、タイのバンコクでアジアパシフィックリーグへの出場が決まったことを受け、SCARZが日本代表として世界で戦える大チャンに、何がなんでもパブリックビューイング場を用意しようという、いわば思い付き、勢いで始まった企画です。 どこでやるかとなった時にPARCO劇場を使わせていただけるという話になったのですが、格式の高い落語や演劇をする場でeスポーツをやるのはどうなんだという声もあったと聞いています。しかも、この時は日本リーグで優勝してからアジア大会まで、確か2、3週間くらいしか日数がなかったんです。その中で、モニターなどのインフラを準備したり、1000名規模の集客対策をしたり、いろいろと調整してなんとか実現することができました。 去年1年間で、11回のイベントを実施したのですが、PARCOグループの会場を使ったイベントがかなり増えています。J. フロントリテイリングの参画以前も、XENOZ独自でイベント開催をやってはいたのですが、開催数としては3〜5倍くらいになりました。グループ会社になったことによって、よりフットワーク軽く、ファンの皆様に喜んでいただける環境をたくさん作ることができるようになったと思います。 私たちはSCARZというプロ選手を抱えつつ、こうしたイベント興行も含め、リアルなビジネスフィールドを持ち、立体的な企画ができるチーム座組になっています。プロチームとしての力、イベントの企画実行力、そしてファンマーケティングという強みを生かして、いろいろなパートナーの皆様と手を組んで、これからも活動を広げていきたいと考えています。 【ディスカッション】eスポーツのすそ野を広げ、市民権を得るには何が必要か 講演に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。 「日常に溶け込んだeスポーツ」、すそ野拡大を目指したカフェ 江端 先ほどRAGEさんがオープンしたカフェのお話がありましたが、そちらについてお伺いさせてください。私も実際に行ってみたことがあるのですが、とても入りやすく、特にeスポーツが好きな人ではなくても、利用できるような雰囲気になっていました。これは狙ってこうしたイメージのカフェにしたのでしょうか。 大崎 そうですね。パソコンが置いてあって、eスポーツができるいわゆるゲーミングカフェのような施設は他にもいくつかありますし、ここ数年来で増えてはいるのですが、私たちはeスポーツの専用の施設ではなく、日常に溶け込むのものを作りたいと思ったんです。私たちがこのコロナ禍を経験して改めて認識したオフラインの良さ、体感を、日常に取り入れるには、カフェという形態が向いてるのではないかと考え、こちらをオープンする運びとなりました。 まずはeスポーツのカフェだと思わずとも普通にご利用いただいて、ゲームの画面が目に入ってくるとか、たまたま入ったら何かイベントをやっているとか、最初は自然にeスポーツに触れていただける環境にしています。さらに興味を持った方は体験もできるというように、現在eスポーツが大好きという方以外に対してアプローチして、ちょっとずつすそ野を広げるような取り組みをしたいなと思っています。 また、アパレルのショップも併設しているのですが、こちらは日本で手にはいりづらい海外のeスポーツチームのグッズや、ここでしか買えないものなどを置いて、よりファンの皆様に喜んでいただけるラインナップを考えています。 菊川 店舗としての立地も良く、まずよくあの場所を押さえられたなと驚きました。本当に、eスポーツを知らない一般の方がフリーで入れるような雰囲気ですよね。eスポーツを外でやってみようと思ってもこれまでは専用の施設ではないとできなかったのが、あそこだったらふらっと立ち寄ってちょっとゲームをして帰る、という利用の仕方も気軽にできます。まさに、日常に溶け込むというコンセプトを感じました。 島袋 渋谷PARCOの6階には、今おっしゃっていたゲーミングカフェや、eスポーツではありませんが「Nintendo TOKYO」という任天堂さん直営のオフィシャルショップ、モンスターハンターやバイオハザードなどのグッズが買える「CAPCOM STORE TOKYO」など、IPを持った事業者さんが集まるカルチャーフロアのようになっています。 インバウンドの話はよく耳にしますが、渋谷PARCOでもおよそ4割が外国人の方による売上です。多くの外国人の方が、いわゆるジャパニーズクールカルチャーを目指して6階まで上がってきてくださるんですね。こうした場所を、今後私たちのSCARZやeスポーツとコラボレーションする形で、ビジネスチャンスに変えていけたらと思っています。 プロとしての収入アップ、市民権獲得…eスポーツが目指す未来は 藤元 日本のeスポーツのプロ選手の皆さんは、収入としてはどのくらいなのでしょうか。どのぐらいの割合の方が、eスポーツだけで食べていけるような状況になっているんですか? 金濱 年収としては、稼いでる方でも年に数千万ぐらいで、日本で億単位のプロ選手はほとんどいないのではないでしょうか。 日本の場合は、ストリーマーの皆さんのように、やはり配信やグッズ販売など、いろいろなビジネスをうまく展開できれば、そこまでいくのではないかと感じます。海外だと億単位の収入を得ているプレーヤーもたくさんいるので、日本もそれぐらいの水準にしていかないと、世界で勝てるプレーヤーが他の国に行ってしまうといった懸念もあります。そこは日本の課題であり、今後の伸びしろだと感じています。 藤本 スポンサー視点で、モスフードサービスさんとして例えば、選手個人へのスポンサードも、将来的にはあり得るのでしょうか。 大楽 おそらく、基本的にはそれはないですね。元々、タレントさん個人とのプロモーションやコラボレーションをやっていたこともあるのですが、ある一定層に広く訴求しようと思うと、やはり難しい部分があるんです。現在は対象をクラスターとして捉え、Z世代の方たちに一気に私たちのことを知っていただこうという方法で取り組んでいます。 江端 先ほど大楽さんのお話しにもありましたが、特に上の世代の方や親御さんからすると、まだまだゲームに対するネガティブな印象があり、「ゲームばっかりやっていないで勉強しなさい」と子どもが怒られる、なんていう場面も日常的にあると思います。一方で、eスポーツには、チームでコミュニケーションをとったり、戦略を練ったり、グローバルで戦う中で語学が必要とされたり、教育的な観点でもプラスの要素がたくさんあります。そのへんをもっとアピールできれば、例えばスポンサーを獲得しやすくなるなど、eスポーツ普及の後押しになるのではと個人的に感じます。そのあたりは、どのようにお考えですか? 金濱 私たちは地元の自治体からご依頼いただいて、地域の小学校向けに講演をすることがよくあるのですが、その際、多くの親御さんから「ゲームが家庭内でのトラブルのもとになっている」というご相談をいただくんです。 「ゲームは1日1時間」などのルールを決めているご家庭も多いと思いますが、細かい点で言うと、ゲームによっては時間の区切りが内容と合わないこともあるので、「1日何試合まで」とか、ゲームに合わせた決まりにすることで、お子さんがルールを守りやすくなることもあります。そのように、親御さんもゲームのことを知っていただくと、家庭内でルールを作りやすくなるのではないかと思います。 またおっしゃるように、eスポーツにはコミュニケーション力や人間力も必要です。プロとして採用するかどうか判断するトライアウトの期間では、人の話を素直に聞けるか、自分を省みて改善していけるか、そういう点を見ています。やはり、試合で勝てるのはそういう点で長けているプレーヤーですし、1人でこもってゲームばかりしているプレーヤーはある程度までいけてもプロとしてはなかなか通用しないことが多いんです。さらに、SCARZは公用語が英語なので、選手としてはいい方でも、語学がハードルになってしまうケースも最近は増えています。 先ほどの講演でも、お子さんに向けて、ゲームばかりするのではなくて学校で勉強したり部活したりすることが必要だということや、SCARZは英語が話せないと入れないということもお伝えするようにしています。 大崎 私たちはサイバーエージェントのグループとしてAbemaというプラットフォームがあり、テレビ朝日さんという地上波とのつながりもあるので、いわゆる市民権を得るためにはどういう風に情報を届けていく必要があるのか、常日頃ディスカッションしています。 まだ明確な回答はないのですが、いきなり「マス化」はハードルが高いと思うのですが、今の若者、Z世代に対してはコネクトできるようになってきているので、一部だけに開かれたドメインかもしれませんが、少しずつトライアンドエラーを繰り返しながらより認知していただくために工夫する必要があるかなと思っています。 まとめ Z世代から支持され、成長を続けるeスポーツ業界。ゲーム業界の枠を超えて、若者とのコミュニケーション促進を目指す多くの企業が今、熱い視線を向けている。 eスポーツが今後、どのような飛躍を遂げ、新しい世界を見せてくれるのか、さらなる活躍が期待される。 ※本イベントは、​グラフィックレコーディングの第一人者、​松田海氏により、グラフィックレコーディング されています。

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