【イベント報告】第72回 Next Retail Lab フォーラム アイスタイル共催「ドン・キホーテのDXの始動を担ったCDOが見通す日本の小売とエンタメの未来とは?」(2025/6/6)
- kikuhara3
- 7月18日
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共感と物語が購買を動かす──ディスカッションで見えた小売の未来像
2025年6月6日、第73回 Next Retail Labフォーラムは、通常の講演形式とは異なり、最初から最後までディスカッション形式で展開される異例のプログラムとなった。
テーマは「小売とエンターテインメントの融合、その先へ」。@cosmeを展開するアイスタイルと、ドン・キホーテを運営するPPIHの取り組みを起点に、リアルとデジタル、体験と共感、購買と推し活といったキーワードが飛び交い、小売業の本質を問う熱量の高い議論が繰り広げられた。

なぜ人は商品を手に取るのか──“共感”が新たな購買理由に
議論の冒頭で提示されたのは、「いま、なぜ私たちは商品を“買いたくなる”のか?」という問いだった。価格や機能といった合理的な要素だけでは語りきれない、感情に基づいた購買理由の重要性が共有された。
中でも注目されたのが、“応援したい”という気持ちが消費行動の背景にあるという点だ。アイスタイルが展開する@cosmeでは、単なる評価スコア以上に、「誰が紹介していたか」「どんな想いでレビューされたのか」といった背景への共感が購買を後押ししている。こうしたレビューの熱量や語り手のストーリーが、単なるスペック比較では捉えきれない「買いたくなる理由」を生み出している。
この共感消費の傾向は、ドン・キホーテのようなリアル店舗でも顕著だ。「ドンキが好きだから行く」「独特な売り場のワクワク感が好き」といった感情に支えられた来店動機は、機能や価格の比較では語れない“ブランド愛”によって生まれている。日用品を扱う一方で、まるで“宝探し”のような買い物体験ができる売り場設計は、エンタメとリテールを自然に融合させた象徴的な事例といえる。

株式会社ティー 代表取締役 佃慎一郎氏
「買わなかった人」の行動に、インサイトが眠っている
議論は次第に、「購入に至らなかったユーザー」の行動へと視点を移していく。@cosmeでは、商品ページを閲覧するだけで購入に至らない“見る専”ユーザーが全体の7割を占めるという。だが、この非購買行動の中にこそ、企業が見落としがちな潜在ニーズが眠っている。
たとえば、リアル店舗でテスターを試し、商品を戻すという行動の背後には、「思っていた香りと違った」「似たような商品と迷っている」「時間がなくて購入できなかった」など、さまざまな“ためらい”や“比較”が存在する。こうした“声なき行動”を読み解くことは、次の打ち手につながる貴重なヒントになる。

株式会社アイスタイル Beauty Tech.jp編集長 矢野 貴久子氏

アイスタイルデータコンサルティング株式会社 取締役 山内健太郎氏
PPIHでは、こうした小さな顧客行動までをデータで捉え、仮説検証を重ねて改善につなげる文化が根付いている。@cosmeにおいても、レビューの内容や閲覧履歴から、ユーザーの関心の方向性を可視化し、文脈に沿った提案を可能にするなど、非購買データの活用が進みつつある。
OJTとデータが交差する現場が、次世代の競争力をつくる
PPIHの強みとして語られた「OJT型経営」も、大きな注目を集めた。現場スタッフが「まずやってみる」精神で売り場を調整し、顧客の反応を見ながら即座に改善していくスタイルは、仮説検証の連続ともいえる。
一方で、OJTは成功が属人化しやすく、他店舗への水平展開が難しいという課題もある。そこにテクノロジーが介在することで、現場の感覚をデータとして可視化し、社内での再現性を高めることができる。
ドン・キホーテでは実際、陳列や棚替え、在庫補充の変化による売上インパクトをデータで分析し、現場の知見をナレッジ化している。これは、“勘と経験”を“組織知”へと昇華させる仕組みであり、これからのリテール現場に必要な視点だ。
「共に育つ」ブランドとして、小売は“文化”になる
ディスカッションの終盤、小売という行為の再定義が試みられた。購買はもはや“取引”ではなく、“関係性”を起点とした営みへと変わりつつある。
@cosmeの店舗展開も、まさにその象徴だ。2007年、アイスタイルがリテール事業に進出した背景には、「ネット上の評価だけでは伝えきれないコスメの魅力」を体験として届けたいという思いがあった。香りやテクスチャーなど、実際に触れてこそ伝わる価値を提供するため、自由に試せる店舗づくりに取り組んだ。
今後は、“買う以上の意味”を持った体験型施設の構想も進んでおり、入場料を払ってでも訪れたくなるようなエンターテイメント性を備えたリテールの可能性が模索されている。これは、蔦屋書店やコストコといった“場の価値”を重視する店舗に近い発想でもある。
そしてもう一つ、重要なキーワードとして浮かび上がったのが「推し活」だ。
消費行動は今、「誰かを応援したい」「好きな世界観に貢献したい」という思いに支えられている。韓国コスメと韓国アイドルのコラボ商品のように、“買うこと”が“推すこと”につながるケースは増えており、購買は自己表現や参加意識に結びついている。
リアル店舗が「応援の場」として機能するようになれば、リテールはただの商売を超え、「文化を共有する場」へと進化するだろう。

まとめ──「買ってもらう」から「一緒に育つ」へ
第73回フォーラムを通じて明らかになったのは、小売の役割が大きく変容しているという事実だ。
共感、応援、体験、物語──これらを軸に、顧客とブランドが「一緒に育っていく」関係性こそが、これからの小売の本質となる。
合理性では測れない“非合理な共感”こそが、ブランドの価値を高めていく。モノを売るのではなく、“意味”と“物語”を届ける。それこそが、今、リテールに求められている姿なのだ。
これからの店舗は、「売場」ではなく「共創の舞台」として再定義される。
その第一歩を、このディスカッションが確かに指し示していた。
青山学院大学 経営学部 音地李花 井ノ口裕貴
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