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第33回フォーラム開催レポート「売らない店舗の戦略」

第33回 「Next Retail Lab(ネクストリテールラボ)」フォーラムが開催されました。 今回は、株式会社丸井 代表取締役社長 青野真博氏 をお迎えし、「売らない店舗の戦略」についてお話いただきました。

小売を巡る時代変化と、丸井の戦略


丸井は首都圏を中心に30店舗を展開し、小売事業・フィンテック事業一体で経営を行っており、これは創業以来変わらないという。 ビジネスモデルはバブル期とリーマンショック後に転換が見られ、バブル期はターゲットを若者に、ファッションを主軸商品とし、丸井のハウスカードを中心にした顧客の囲い込み戦略をとっていた。 リーマンショック後はターゲットを全世代とし、ライフスタイルを商品として提供し、エポスカードは汎用カードとなり間口を広げた。

また、小売事業の店舗形態も変化しており、自主ブランドの売り場を縮小してテナントを増やしたこと、テナントからの収益を売上歩合から固定家賃中心へ変更している。この背景には、被服履物の消費支出が直近20年で6割減少した半面、レジャー、エンタメ、外食などのコト消費が拡大したことから、店頭で売上が立たないサービス提供型テナントにも入居してもらう狙いがあり、その結果入居テナントに銀行、証券会社、病院、行政サービスなど、各地区・地域のニーズに応じたテナント構成が可能になったという。

丸井はなぜ、売らない店舗を目指すのか?

丸井の青野氏は「世の中の変化に対応するため、売らない店舗を目指す」という。なぜ売らない店舗を目指すのか、いくつかのポイントを伺った。

顧客の価値観、買い方の変化

顧客のインターネット利用時間はスマートフォンの普及により爆発的に増加し、EC利用が大幅に拡大した。一方、チェーンストアや百貨店などのリアル店舗利用は縮小傾向にある。新型コロナの影響により、この傾向はますます加速するだろう。

これまでの買い物はリアル店舗が主役で、ECはそれを補完する役割であった。しかし、オンラインが情報収集、コミュニケーション、買い物をする場に変化したことで、リアル店舗の役割は「発見や体験をする場」に変化してきている。

D2Cの台頭

青野氏は、アメリカ視察での気づきも語られた。 かつては人でにぎわった、スケートリンクや数百規模のテナントスペースを持つ超巨大ショッピングモールは、今や人がほとんど集まらず、テナント出店もまばらなデッドモールと化している。 一方、ソーホー地区等には賑わっている店舗も存在し、その賑わいの中心にあるのは、D2Cの店舗であるという。

「WARBY PARKER」

※D2C 「Direct to Consumer」 消費者に直接商品を販売するモデル。ブランディング、PR、マーケティング、販売などがすべてデジタルで完結している点が特徴

オンラインが主体のD2Cブランドが「商品を体験する場」としてリアル店舗を活用し、売らなくても顧客が喜ぶ店づくりを構築している。また、顧客も商品の体験ができ喜び、店頭スタッフも売上を気にせず、顧客に満足してもらうことへ終始できるため、生き生きと接客していたという。青野氏は、その姿に小売業の重要なファクターを発見したと述べた。

オンライン事業者のチャネルシフト

オンライン専売事業者として知られたAmazonは、近年オフラインにも進出し、リアル店舗を展開している。

日本においても、有楽町マルイにてAmazon Echo体験ポップアップストアを展開した。 丸井はメルカリともタッグを組み、初のリアル常設展開となる「メルカリステーション」を出店。メルカリ体験ができるリアルの場として、好評のようだ。メルカリステーションの運営については、ショップのコンセプト等はメルカリ側で企画し、実際のショップ運営に関してはマルイが委託を受ける形を取っているという。

メルカリステーション@新宿マルイ(筆者撮影)

私も実際に訪れてみたが、非常に丁寧な接客をいただき、メルカリで出品をしてみようという気持ちになった。接客のノウハウ・スキルは、丸井が持つ強力なアセットであることが確認できた。

丸井の売らない店 特徴的な3店舗

丸井にてリアル店舗を構える売らない店、代表的な3店舗をご紹介いただいた。私も実際に訪問したため、感想も添えて記述したい。

b8ta

RaaSモデルのパイオニアと言われる、シリコンバレー発の体験型ストア。ベンチャー企業の革新的商品や、最新IoT製品を中心に、最先端のアイテムが並べられており、商品の隣にはタブレットが設置されている。 タブレットを操作すると、商品のコンセプト、使い方、価格などの情報が表示される。店舗を区画で区切り、出品者から月額固定の出品料を取るモデルになっており、売らない店の新しいビジネスモデルを展開している。

b8ta@新宿マルイ

実際に新宿マルイ内の店舗を訪問したところ、様々な面白い商品がジャンルを問わずに陳列されており、商品情報もタブレットから自由に収集できるため、スマートフォンやタブレットの操作に慣れている私たちにとっては、思いのほか快適であった。 一部在庫のある商品もあるが、基本的にはその場で買わない商品が陳列されているため、消費者側はその場で購買を決断しなくてよく、心理的負担は少ないように思った。

lululemon

カナダ発のアスレジャーのトップブランドで、どの世代も、どのセクシュアリティも、一日一汗(1日1回汗をかく運動をすること)を達成していくことをブランドメッセージとして発信している。 売り場ではヨガウェアをはじめとしたアパレルを中心に販売しているが、瞑想スタジオやヨガスタジオ、トレーニングジム、更衣室、コミュニティスペースなどが用意され、ヨガレッスンやランニングイベントを通して、世界観を体験できる場となっている。

スタッフ(lululemonではエデュケーターと呼ばれる)は「商品を売ってはいけない」と指示されており、日常会話からエデュケーター目線でのオススメを行い、長話やハグをすることも許されているという。

私が実際に店舗を訪れたところ、顧客とスタッフが非常にフランクに会話を楽しんでおり、このようなコミュニケーションを通じて顧客と密な関係を構築しているのだと実感した。 損得勘定抜きにした、スポーツを通じた関係性は、顧客にとってもスタッフにとっても楽しく、価値のあるものとなるだろう。

Apple

新宿マルイ1階の伊勢丹に面した人通りの多い一角に、Apple新宿は店を構えている。私が訪問した日曜日の昼間も、外まで行列する盛況ぶりであった。

Appleが新宿マルイに出店する際、Appleの幹部は街のコミュニティを作りたいと言っていたそうである。AppleはIT企業でありながら、リアル店舗を重要視している。その理由は、人間は家の中だけ、スマートフォンからの情報だけという生活を良しとせず、必ず外に出たいと感じる存在であるから、とのことである。

Apple新宿では、Apple製品でないガシェットなども販売されており、気軽に入ってもらうための工夫がなされているという。このような売らない店舗でありながら、日米において最大の坪効率を達成しており、皮肉にも売らない店舗が、一番売る店舗になっているということだ。

なぜ売らない店が成立するのか?

丸井はテナントへの売上歩合から固定家賃中心のビジネスモデルに転換したことで、安定して利益を稼ぐことができるようになっている。 また、テナント側の利益構造も変化しており、EC・リアル併売顧客の顧客単価やエンゲージメント率が高まっていること、ECがレッドオーシャン化したことでプロモーションコストが高騰し、リアル店舗への出店コストが相対的に低くなっているという。 丸井においても敷金ゼロなどの、イニシャルコストを減らすプランを提供している。EC・リアルの併用により、ブランド価値の向上、顧客LTVの向上につながっているということだ。

売らない店の先にある、小売業の未来は?(ディスカッション)

青野氏の講演後は、NRLフェローによる質問やディスカッションが行われた。一部を抜粋してお伝えしたい。

フェロー: 生活者リサーチの結果を見ていると、顧客が店舗に求めているものは「居場所」であるとの傾向が見られた。リテーラーから見ると、坪効率が壁になっており、これが指標である限りはチャレンジが難しいと感じる。リアル店舗の指標が何であるべきなのか、知りたいと思う。

青野氏: 現在の丸井では、店舗での売上を考えなくて良いため、坪効率を追求することは意味が無くなってきている。NPS(ネットプロモータースコア)など、お客様との接点の中でどれだけ満足いただけたかをKPIにしており、テナントでも月坪を指標にしているところはない。 ビジネスとして長い目で見ると、LTV(ライフタイムバリュー)が非常に重要になるかと思っている。リアル店舗だけでなく、ECも含めてどれだけ顧客に貢献してもらえているか、を図っていく必要があるだろう。


フェロー: 今日お話しいただいた丸井の「売らない店舗」は、ウェルビーイング、サステナビリティが重要であるという CSV(Creating Shared Value) につながると、個人的には感じた。 丸井は場の捉え方が他と異なっており、お客様に無理強いをさせない、価値を共創する場になっていると感じる。

青野氏: お客様の価値観は進化しており、モノロジックから「サービスロジックを価値として提供」し、満足してもらう必要がある。そうしなければ、サステナビリティに繋がらず、共創する場を提供することはできない。 丸井では「共感」を重要視している。「ウェルビーイング」はスポーツや健康だけでなく、幸福まで含んだ幅広い概念で、そこに共感していただける仲間を作っていくことが重要と考えている。 つまり、「ビジネスとして」持続可能なことを共創していく。丸井だけでなく、いろいろな人の知恵を集めることで、喜んでもらえる・大きな価値を提供できることにつながるのではと考えている。


フェロー: 丸井の追求する新しいスタイルの小売は、「体験できる」「買わなくて良い」という新たな常識を作っている。買わなくて良いとなった瞬間に、お客様の買い物体験は楽しくなるだろうと感じる。 ところで、今後のSCの形はどうなるのか?ある程度大規模のSCが必要なのかどうかなど、ご意見を伺いたい。

青野氏: 新型コロナウイルスによる価値観変容を受け、見方は変わった。 私は、地域のニーズをしっかりとくみ取った、小型のSCが増えていくのではと考えている。 お客様にとっては様々な選択肢があり、自分のお気に入りのモノやサービスが複数ある、という状態が最良であると考える。新しい選択肢がどんどん出てくることが、世の中全体の良い流れになるのでは、と感じる。

丸井の目指す売らない店舗は、お客様、メーカーと共に価値を創造していく場であるとの言葉が、非常に印象的であった。 近年注目されるSDGsの概念を経営に取り入れ、サステナビリティな未来を目指す動きが、講演の内容から感じられた。 顧客の価値観変化に対応し、ビジネスモデルを転換した行動力の早さは、丸井が時代の挑戦者と呼ばれる所以であるだろう。 新型コロナウイルスにより日本がデジタル後進国であるという事実が露呈したが、急速にデジタル化に向けて動き出している。 デジタル化の推進は各個人の選択肢を広げ、様々な価値観を生み出し、ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現を後押しする。今後の小売に求められる、「共創」「共感」「サステナビリティ」「ダイバーシティ」など、様々なキーワードが聞け、まさに小売のあるべき未来が語られた夜となった。 (記事協力:D4DR株式会社)

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