2024年1月25日、62回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。
Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。
2024年の初回となる今回は、「老舗が挑むSX(サステナビリティトランスフォーメーション)」をテーマに、200年以上の歴史を持つ和菓子の老舗・株式会社榮太樓總本鋪代表取締役社長の細田将己氏を講師に迎え、フードロス対策や紙の削減、さまざまな社会貢献活動について、そしてその背景にあるトップとしての戦略や想いなどについて語ってもらった。
また、講演に続いてNext Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、賞味期限問題など食品業界ならではの課題、そして老舗企業としてのコアバリューなど、さまざまな論点で議論が交わされた。
代々受け継いできた老舗ならではの価値を、今の時代にあわせてどう社会に伝えていくのか、サステナブルな活動を通じて、次の100年をどう生き残っていくのか、細田氏の講演をもとに、榮太樓總本鋪の戦略をレポートする。
目次)
講演:
榮太樓が描く日本企業の次の100年戦略(細田将己氏:株式会社榮太樓總本鋪)
・多様な視点で商品開発、マーケットの深堀と販路拡大で売上を伸ばす
・フードロス削減、熨斗紙の一体化、こども食堂でのお汁粉づくり…
サステナブルな活動に寄せられた声とは
ディスカッション:
「存在そのものがサステナブル」、老舗企業ならではのSX
・話題の賞味期限問題、業界の慣習は変わるのか
・「世代の断絶」解消に向け、子どもに和菓子と接する機会を
・老舗企業として、大切にしているコアバリューとは
まとめ
登壇者)
■講師:
細田将己氏 株式会社榮太樓總本鋪代表取締役社長
■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長)
■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事)
榮太樓が描く日本企業の次の100年戦略(細田将己氏:株式会社榮太樓總本鋪)
株式会社榮太樓總本鋪は、創業1818年、200年以上の歴史を持つ和菓子の老舗だ。12代目となる細田将己氏は、アメリカの大学を卒業後、三井物産を経て2007年に家業である榮太樓總本鋪に入社。昨年5月に社長に就任した。その他、グループが保有する不動産運用会社である株式会社細田協佑社代表取締役社長、本社のある日本橋周辺地域の再開発準備組合の理事長なども務めている。
講演では、細田氏が取り組む新たな商品開発、時代の変化に合わせたサステナブルな事業、老舗を引き継いだトップとして掲げる理念などが紹介された。
多様な視点で商品開発、マーケットの深堀と販路拡大で売上を伸ばす
日本橋に本店を構える和菓子屋・榮太樓總本鋪は、創業当初から受け継いでいるきんつばや飴、季節の菓子など和菓子を中心にさまざまな商品を販売している。「百貨店で購入する贈答品」というイメージが強いが、近年はスーパーやコンビニエンスストア向けの商品開発も行い、多彩なラインナップを取り揃えている。
2020年には日本橋にある本店を改装し、いわゆる「伝統的な和菓子屋」という雰囲気だった店舗を明るく入りやすい作りにリニューアルした。改装をしたことで、それまでは中高年が中心だった客層が若返り、来店者数も2倍以上になっているという。
入社以来、細田氏が取り組んでいるのが新しい商品の開発だ。細田氏の祖父の時代、榮太樓總本鋪は百貨店での贈答品を中心にブランドを成長させ、そしてバブル崩壊後は、父である先代の社長が、スーパー等流通の市場に出る判断をして販路を広げた。
細田氏は、さらなる事業拡大として、次々と新商品を生み出し、入社当初は一つしかなかったブランド[1] を多様な視点で拡充している。
例えば、飴を宝石のように売るというコンセプトで作った「あめやえいたろう」は、液体の飴や軽い口どけの板飴など、デザイン性の高い菓子。美味しいだけではなく見た目にも美しく、若い女性客を中心に人気を得ているという。また、「からだにえいたろう」は、ヘルスケアの観点を取り入れたブランドだ。糖質を抑えた羊羹など、健康上の理由で糖質制限が必要な人でも食べられる工夫がされている。
ほかにも、カジュアルに親子で和菓子を楽しめるような商品を取りそろえた「にほんばしえいたろう」や、東京土産としてリブランディングした「東京ピーセン」など、その内容は多岐に渡る。さらに、ブランドづくり以外にも、アニメのキャラクターとコラボレーションした商品や、コンビニエンスストアに向けた商品なども開発。コロナで一度は落ち込んだものの、細田氏が入社して以来、売上は過去最高を記録し、2023年度についても順調に伸びているという。
細田氏は「新たな商品を作ったことで、これまでうちのお菓子を置いてもらえなかった場所でも販売できるようになり、新しい世界が開けていきました。多ブランド化、新たな取り組みによって、マーケットの深掘り、そして販路の拡大につながっています」と、手ごたえを語る。
フードロス削減、熨斗紙の一体化、こども食堂でのお汁粉づくり…サステナブルな活動に寄せられた声とは
今回のテーマでもあるサステナビリティに関しても、榮太樓總本鋪では老舗ならではのさまざまな取り組みを行っている。
食品を販売する企業として避けて通れないのが、フードロス問題だ。榮太樓總本鋪では、以前からフードロス対策に取り組んでおり、1995年から工場に売店を開設し、形の悪いものや賞味期限が近い商品を近隣の住民たちに販売していた。
契機が訪れたのが新型コロナウイルスの感染拡大だ。あらゆる業種が休業せざるを得ない状況となり、計画的に先を見越して生産していた商品が大量の在庫となってしまったという。
こうした状況を受け、榮太樓總本鋪はオンラインストアで正規に販売できない食品の販売を開始、さらに昨年からは「TABETE」というフードロス解消を目指すアプリを導入した。このアプリでは、余った食品を販売したい店舗や飲食店とユーザーをマッチングし、まだ食べられる商品の廃棄を少なくすることができる仕組みになっている。
アプリを通じて、その日に余ったものを詰め合わせたセットを定価の半額ほどで販売したところ、日によって何が入っているかわからないという点が逆にユーザーにとっては楽しみともなり、生菓子の廃棄が大きく削減されたという。
和菓子屋ならではの紙の削減にも取り組んでいる。これまでは、紙で包装した上にさらに熨斗(のし)をかけて販売していたが。開封後、これらの紙は捨てられてしまう上、紙をかける作業にも多くの人手が必要だった。なんとかできないかという声が社員から上がり、社内で工夫を重ねた結果、包装紙と掛け紙を一体にした紙を開発。昨年から導入を始めている。熨斗を簡略化することに対するお叱りの声があると予想していたものの、実際にはクレームは一つもなく、販売する側からは熨斗が破れる心配がなくなりありがたいという声も届いているという。
また、200年以上にわたり日本橋で商いを続ける老舗として、地域貢献の活動も盛んだ。五街道の起点として古くから栄えた日本橋では、現在、大規模な再開発プロジェクト[4] が進行している。首都高を地下ルートにして高架をなくし、日本橋にもう一度青空を取り戻す計画や、豊かな水辺の再生を目指す計画などがたてられている。細田氏は再開発準備組合の理事長 も務め、地元企業として街づくりにも多方面で参画している。日本橋を流れる川を浄化し、自身が引退するころには、川で泳ぐ水音が聞こえるような街になったらと夢を膨らませている。
ほかにも力を入れているのが、児童養護施設やこども食堂、コロナに対応する医療機関などに食品を寄付するなどの社会貢献活動だ。昨年は細田氏自らこども食堂へ行き、お汁粉づくりに参加したという。
「こんなにお汁粉っておいしいんだという嬉しい感想をたくさんいただいただけではなく、これ家に持って帰れないのとか、お父さんにも食べさせてあげたいなとか、切なくなるような声もたくさんありました。今年はどれだけの子どもにあんこを届けて、おいしいお汁粉を召し上がっていただくことができるか、チャレンジしたいなと思っています」(細田氏)。
【ディスカッション】「存在そのものがサステナブル」、老舗企業ならではのSX
講演に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。
■ディスカッション参加フェロー
・神奈川大学 経営学部国際経営学科 准教授 (NRL常任理事) 中見 真也氏
・株式会社HBIP 代表取締役 高橋 理人氏
話題の賞味期限問題、業界の慣習は変わるのか
藤元:私からまずお伺いします。先ほど熨斗の話が出ましたが、いわゆる過剰包装と言われるようなものは、一方で老舗が大事にしてきた伝統や美しさという側面もあるかと思います。そうしたものについて、顧客の側から「そこまでしなくても良い」という声が出るようになったというのは、ものすごく大きな変化ではないでしょうか。そのような変化というのは、熨斗以外にも動きがあるのでしょうか。
細田:元々が江戸の屋台から始まっていることもあり、私たちの包装は比較的シンプルな方だと思います。業界では「十二単」と呼ぶこともあるのですが、どちらかというと、西日本の例えば京都とか上方の方が、商品を何重にもくるむような、大掛かりな包装をするお店が多いのではないでしょうか。
ただやはり、そこまでの包装が必要なのか、意味があるのかと考える人が増えているのは確かです。若い世代ほど過剰な包装に対する疑問を持っているように感じます。
熨斗以外でいくと、よく話題にのぼるのがショッピングバッグですね。アパレル系のブランドを中心に、凝ったショッピングバッグを作っているところも多いと思います。
当店でもご購入いただいた商品は無料で紙の手提げに入れてお渡ししているのですが、この紙のバッグが本来は20円ぐらいするんですね。しかし、これを有料化しようとすると、ものすごくお叱りを受けてしまいます。こういうご時世だから有料にさせてくださいと言っても、なかなかご納得はいただけません。
スーパーのレジ袋は有料化されましたが、紙は未だに無料のところが多いと思います。無料でお渡しして捨てられてしまうのはもったいないなと思いますし、この辺も今後は徐々に変わっていくのではないかなと思っています。
藤元:もう一点、今いろいろなところで議論になっていますが、賞味期限の問題についてお伺いします。本来はまだ食べられるものが、賞味期限が近いことによって流通させることができないことについて、メーカーとしてはどのように考えていらっしゃるのでしょうか。
細田:賞味期限について、メーカーはバッファを持っています。当社は1.5倍で、例えば、賞味期限1年というものは、検査で1.5倍の1年6カ月間まで問題ないことを確認した上で1年として販売しています。ただこの基準はメーカーによってまちまちで、統一されていないというのが現状です。それでも、肉や魚、生菓子など、食べられなくなってしまうものに関する「消費」期限は別ですが、基本的に3カ月以上の賞味期限がある商品で、その3カ月が過ぎたらすぐに食べられなくなってしまうものは存在しないのではないでしょうか。
大きな流れとしては、1年6カ月もつのであれば、1年ではなく1年6カ月後までという賞味期限の表示方法にしていく方向に変わってきていると思います。それから、以前は日付の表示だったものも、長期的に持つものは何年何月までという月単位での表記にどんどん切り替わっていますね。
私たちメーカーとしては、全体的なそうした変化はありがたいのですが、一方で小売りや問屋の皆さんは、やはり新しいものが欲しいんです。彼らは当然長く売りたいので、賞味期限3カ月のうち、2カ月間が過ぎた商品を「これを売ってください」と店頭に持って行っても、「残り1カ月間しか売れないですよね、無理です」と言われてしまいます。一回でも新しいものを出してしまうと、それより前のものを納品することは、基本的に許されないんです。
最近は、小売りや問屋の皆さんの考え方や意識によって、対応が変わることもあります。以前はとにかく新しいものを持ってきてという方がほとんどでしたが、時代に即してフードロス削減について関心の高い方も増えていますね。国を挙げて取り組むべき、フードロス削減は重要な課題です。古くからの業界慣習が変わってくれれば、メーカーとしてはありがたいなと思います。
「世代の断絶」解消に向け、子どもに和菓子と接する機会を
高橋:先ほど、こども食堂でお汁粉を作ったお話がありましたが、「三歳児の舌」という言葉があるように、幼少期の食生活で味覚が左右されるとよく言われます。今の子ども達が和菓子の世界に親しむために、何か考えている取り組みはあるでしょうか。
細田:今は、異なる世代で和菓子に対する意識が繋がっていないという課題を感じます。おじいちゃんおばあちゃんは、あんこ大好きという方が多いですが、しかし今の親世代は、小さなころから洋菓子にどっぷりとはまり、和菓子にあまりなじみがない方が多いのではないでしょうか。祖父母世代と親世代で、和菓子に対する断絶が起きていると私は思います。
洋菓子大好き世代の方たちが子どもだったころは、海外から入ってくるものに対する憧れもあったでしょうし、知らない世界のお菓子をより魅力的に感じる時代だったかもしれません。しかし、一周回って現在は、日本独自の食文化、自分たちの足元の食材などに目が向いてきたように感じます。
ただし、今でもなお、多くの子どもたちは、本物の和菓子に触れる機会がありません。こども食堂で寸胴でお汁粉を作っていると、お母さんたちが横で「お汁粉ってそういう風に作るんですね」とおっしゃるんです。子どもたちも、初めてお汁粉を食べるという子がほとんどで、みんなびっくりしながら「おいしい、おいしい」と言って食べてくれます。
子どものころに出会った和菓子がおいしくなかった、という方もいるかもしれません。あまり悪く言ってもいけませんが、残念ながら、豆の味がしない、ただ甘いだけのペーストのようなものをあんことして売っている和菓子も多くあります。
今の子どもたちが和菓子の世界に親しむためには、小さなうちにおいしい和菓子に出会う機会を作ることが一つ大切ではないでしょうか。
手前みそになりますが、うちのお菓子は、お子さんが食べると本当に喜んでくれます。小さな子どもは、人工的なものや刺激物にまだ染まっていないので、もしかしたら大人よりもおいしさをわかってくれるのかもしれません。小さな子どもにこそ、豆の香り、北海道の大地の味がするうちのきんつばを是非食べさせてあげたいですね。
もともとは、和菓子は子どもの成長とともに触れ合うものでもあります。子どもが生まれたらお赤飯を炊いて、1歳になったら一升餅を背負わせて、七五三で千歳あめを食べて…と、それぞれのイベントに即したお菓子がありますよね。食育と言うと大げさかもしれませんが、できる限り多くのお子さんに和菓子を召し上がっていただく機会を作り、和菓子に親しんでほしいなと思っています。
先ほどもお伝えしましたが、今年の私のテーマは、どれだけこども食堂に行けるかなんです。あんこが嫌いという子どもたちが増えてしまうのは本当に悲しいことなので、少しでも多くの子どもたちにおいしいお汁粉を食べてもらって、あんこのおいしさを知ってほしいですね。
老舗企業として、大切にしているコアバリューとは
中見:これから先の100年を考えると、子どもたちとの関わりは大切ですね。200年近く続いていらっしゃるというのは、サステナビリティそのものだと思います。老舗の方々は、日々の経営の中でどういうことを大切になさっているのか、是非お伺いしたいです。御社にとってのコアバリューというのは、一体どのようなものなのでしょうか。
細田:私が社長に就任した際、一番最初に出したのが「生涯働きたい榮太樓を作る」というメッセージでした。そして、社是は「心の豊かさに挑戦する榮太樓」です。
皆さんにおいしく食べていただき、そしてハッピーになっていただきたい。そのためには、自分たちがハッピーでなければいけません。お菓子を作る世界で働くわれわれは、競争だ評価だという意識ではなく、落ち着いて豊かな気持ちで仕事をする必要があるんです。そうした思いのもとに、生涯働き続けたい榮太樓・心の豊かさに挑戦する榮太樓を、経営する上でのテーマとして掲げています。
実は、先ほどお伝えしたサステナブルや社会貢献的な活動は、内部の社員たちのためにやっている側面もあるんです。
社内のチャットシステムにこども食堂に行った時の写真を載せて、こどもたちの反応やうれしい声を投稿すると、社員たちからの「いいね」の嵐になるんです(笑)。もちろん、社長の私が投稿しているからというわけではありません。普段はメッセージを発信してもあまり反応がないのですが、サステナブルな活動や社会貢献に関する話題などを伝えると、みんなすごく喜んでくれるんです。
社員みんなが、ただお金を稼ぐだけではなく、仕事を通じて誰かの役に立ちたい、社会に貢献したいという気持ちを抱いています。私たちの会社の活動が、皆さんのお役にたち、そして喜んでいただけたということを社員にもわかりやすく伝えることで、社内の雰囲気も良くなり、ひいては離職防止などにもつながっていくのかなと感じています。
中見:お話を伺って、やはり老舗企業は、存在そのものがサステナブルなんだと改めて感じました。その上で、老舗というポジションにあぐらをかくのではなく、代々受け継いできたことに光を当て、別の角度から「ここに価値があるんだよ」ということを伝えることで、社員の皆さんも自分たちのやっていることの価値を改めて見つめ直すことができるているのだなと思います。
老舗企業というのは、地域や生産者、多くのステークホルダーと価値を共創していくことに、元々長けています。そこからさらに、今の時代の社会課題をどう解決していくのか、ある意味トランスフォーメーションしながら変化に適応されてるのを感じましたし、そういう取り組みをみんなが応援したくなる時代なんだろうなと思いました。
まとめ
老舗企業ならではの伝統と文化、そして受け継いできた味を守りながら、新しい時代の価値観をうまく取り入れ、成長を続ける榮太樓總本鋪。多彩な商品の数々も、サステナブルな活動も、細田氏自らが楽しみ、そして発信することで、さらなる価値を生み出している。
榮太樓總本鋪の「次の100年」で、どのような飛躍を見せてくれるのか、今後の動向が注目される。
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