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  • 【イベント報告】老舗が挑むSX(サステナビリティトランスフォーメーション)(1/25 第62回NRLフォーラム)

    2024年1月25日、62回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。 Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。 2024年の初回となる今回は、「老舗が挑むSX(サステナビリティトランスフォーメーション)」をテーマに、200年以上の歴史を持つ和菓子の老舗・株式会社榮太樓總本鋪代表取締役社長の細田将己氏を講師に迎え、フードロス対策や紙の削減、さまざまな社会貢献活動について、そしてその背景にあるトップとしての戦略や想いなどについて語ってもらった。 また、講演に続いてNext Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、賞味期限問題など食品業界ならではの課題、そして老舗企業としてのコアバリューなど、さまざまな論点で議論が交わされた。 代々受け継いできた老舗ならではの価値を、今の時代にあわせてどう社会に伝えていくのか、サステナブルな活動を通じて、次の100年をどう生き残っていくのか、細田氏の講演をもとに、榮太樓總本鋪の戦略をレポートする。 目次) 講演: 榮太樓が描く日本企業の次の100年戦略(細田将己氏:株式会社榮太樓總本鋪) ・多様な視点で商品開発、マーケットの深堀と販路拡大で売上を伸ばす ・フードロス削減、熨斗紙の一体化、こども食堂でのお汁粉づくり… サステナブルな活動に寄せられた声とは ディスカッション: 「存在そのものがサステナブル」、老舗企業ならではのSX ・話題の賞味期限問題、業界の慣習は変わるのか ・「世代の断絶」解消に向け、子どもに和菓子と接する機会を ・老舗企業として、大切にしているコアバリューとは まとめ 登壇者) ■講師: 細田将己氏 株式会社榮太樓總本鋪代表取締役社長 ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) 榮太樓が描く日本企業の次の100年戦略(細田将己氏:株式会社榮太樓總本鋪) 株式会社榮太樓總本鋪は、創業1818年、200年以上の歴史を持つ和菓子の老舗だ。12代目となる細田将己氏は、アメリカの大学を卒業後、三井物産を経て2007年に家業である榮太樓總本鋪に入社。昨年5月に社長に就任した。その他、グループが保有する不動産運用会社である株式会社細田協佑社代表取締役社長、本社のある日本橋周辺地域の再開発準備組合の理事長なども務めている。 講演では、細田氏が取り組む新たな商品開発、時代の変化に合わせたサステナブルな事業、老舗を引き継いだトップとして掲げる理念などが紹介された。 多様な視点で商品開発、マーケットの深堀と販路拡大で売上を伸ばす 日本橋に本店を構える和菓子屋・榮太樓總本鋪は、創業当初から受け継いでいるきんつばや飴、季節の菓子など和菓子を中心にさまざまな商品を販売している。「百貨店で購入する贈答品」というイメージが強いが、近年はスーパーやコンビニエンスストア向けの商品開発も行い、多彩なラインナップを取り揃えている。 2020年には日本橋にある本店を改装し、いわゆる「伝統的な和菓子屋」という雰囲気だった店舗を明るく入りやすい作りにリニューアルした。改装をしたことで、それまでは中高年が中心だった客層が若返り、来店者数も2倍以上になっているという。 入社以来、細田氏が取り組んでいるのが新しい商品の開発だ。細田氏の祖父の時代、榮太樓總本鋪は百貨店での贈答品を中心にブランドを成長させ、そしてバブル崩壊後は、父である先代の社長が、スーパー等流通の市場に出る判断をして販路を広げた。 細田氏は、さらなる事業拡大として、次々と新商品を生み出し、入社当初は一つしかなかったブランド[1] を多様な視点で拡充している。 例えば、飴を宝石のように売るというコンセプトで作った「あめやえいたろう」は、液体の飴や軽い口どけの板飴など、デザイン性の高い菓子。美味しいだけではなく見た目にも美しく、若い女性客を中心に人気を得ているという。また、「からだにえいたろう」は、ヘルスケアの観点を取り入れたブランドだ。糖質を抑えた羊羹など、健康上の理由で糖質制限が必要な人でも食べられる工夫がされている。 ほかにも、カジュアルに親子で和菓子を楽しめるような商品を取りそろえた「にほんばしえいたろう」や、東京土産としてリブランディングした「東京ピーセン」など、その内容は多岐に渡る。さらに、ブランドづくり以外にも、アニメのキャラクターとコラボレーションした商品や、コンビニエンスストアに向けた商品なども開発。コロナで一度は落ち込んだものの、細田氏が入社して以来、売上は過去最高を記録し、2023年度についても順調に伸びているという。 細田氏は「新たな商品を作ったことで、これまでうちのお菓子を置いてもらえなかった場所でも販売できるようになり、新しい世界が開けていきました。多ブランド化、新たな取り組みによって、マーケットの深掘り、そして販路の拡大につながっています」と、手ごたえを語る。 フードロス削減、熨斗紙の一体化、こども食堂でのお汁粉づくり…サステナブルな活動に寄せられた声とは 今回のテーマでもあるサステナビリティに関しても、榮太樓總本鋪では老舗ならではのさまざまな取り組みを行っている。 食品を販売する企業として避けて通れないのが、フードロス問題だ。榮太樓總本鋪では、以前からフードロス対策に取り組んでおり、1995年から工場に売店を開設し、形の悪いものや賞味期限が近い商品を近隣の住民たちに販売していた。 契機が訪れたのが新型コロナウイルスの感染拡大だ。あらゆる業種が休業せざるを得ない状況となり、計画的に先を見越して生産していた商品が大量の在庫となってしまったという。 こうした状況を受け、榮太樓總本鋪はオンラインストアで正規に販売できない食品の販売を開始、さらに昨年からは「TABETE」というフードロス解消を目指すアプリを導入した。このアプリでは、余った食品を販売したい店舗や飲食店とユーザーをマッチングし、まだ食べられる商品の廃棄を少なくすることができる仕組みになっている。 アプリを通じて、その日に余ったものを詰め合わせたセットを定価の半額ほどで販売したところ、日によって何が入っているかわからないという点が逆にユーザーにとっては楽しみともなり、生菓子の廃棄が大きく削減されたという。 和菓子屋ならではの紙の削減にも取り組んでいる。これまでは、紙で包装した上にさらに熨斗(のし)をかけて販売していたが。開封後、これらの紙は捨てられてしまう上、紙をかける作業にも多くの人手が必要だった。なんとかできないかという声が社員から上がり、社内で工夫を重ねた結果、包装紙と掛け紙を一体にした紙を開発。昨年から導入を始めている。熨斗を簡略化することに対するお叱りの声があると予想していたものの、実際にはクレームは一つもなく、販売する側からは熨斗が破れる心配がなくなりありがたいという声も届いているという。 また、200年以上にわたり日本橋で商いを続ける老舗として、地域貢献の活動も盛んだ。五街道の起点として古くから栄えた日本橋では、現在、大規模な再開発プロジェクト[4] が進行している。首都高を地下ルートにして高架をなくし、日本橋にもう一度青空を取り戻す計画や、豊かな水辺の再生を目指す計画などがたてられている。細田氏は再開発準備組合の理事長 も務め、地元企業として街づくりにも多方面で参画している。日本橋を流れる川を浄化し、自身が引退するころには、川で泳ぐ水音が聞こえるような街になったらと夢を膨らませている。 ほかにも力を入れているのが、児童養護施設やこども食堂、コロナに対応する医療機関などに食品を寄付するなどの社会貢献活動だ。昨年は細田氏自らこども食堂へ行き、お汁粉づくりに参加したという。 「こんなにお汁粉っておいしいんだという嬉しい感想をたくさんいただいただけではなく、これ家に持って帰れないのとか、お父さんにも食べさせてあげたいなとか、切なくなるような声もたくさんありました。今年はどれだけの子どもにあんこを届けて、おいしいお汁粉を召し上がっていただくことができるか、チャレンジしたいなと思っています」(細田氏)。 【ディスカッション】「存在そのものがサステナブル」、老舗企業ならではのSX 講演に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。 ■ディスカッション参加フェロー ・神奈川大学 経営学部国際経営学科 准教授 (NRL常任理事) 中見 真也氏 ・株式会社HBIP 代表取締役 高橋 理人氏 話題の賞味期限問題、業界の慣習は変わるのか 藤元:私からまずお伺いします。先ほど熨斗の話が出ましたが、いわゆる過剰包装と言われるようなものは、一方で老舗が大事にしてきた伝統や美しさという側面もあるかと思います。そうしたものについて、顧客の側から「そこまでしなくても良い」という声が出るようになったというのは、ものすごく大きな変化ではないでしょうか。そのような変化というのは、熨斗以外にも動きがあるのでしょうか。 細田:元々が江戸の屋台から始まっていることもあり、私たちの包装は比較的シンプルな方だと思います。業界では「十二単」と呼ぶこともあるのですが、どちらかというと、西日本の例えば京都とか上方の方が、商品を何重にもくるむような、大掛かりな包装をするお店が多いのではないでしょうか。 ただやはり、そこまでの包装が必要なのか、意味があるのかと考える人が増えているのは確かです。若い世代ほど過剰な包装に対する疑問を持っているように感じます。 熨斗以外でいくと、よく話題にのぼるのがショッピングバッグですね。アパレル系のブランドを中心に、凝ったショッピングバッグを作っているところも多いと思います。 当店でもご購入いただいた商品は無料で紙の手提げに入れてお渡ししているのですが、この紙のバッグが本来は20円ぐらいするんですね。しかし、これを有料化しようとすると、ものすごくお叱りを受けてしまいます。こういうご時世だから有料にさせてくださいと言っても、なかなかご納得はいただけません。 スーパーのレジ袋は有料化されましたが、紙は未だに無料のところが多いと思います。無料でお渡しして捨てられてしまうのはもったいないなと思いますし、この辺も今後は徐々に変わっていくのではないかなと思っています。 藤元:もう一点、今いろいろなところで議論になっていますが、賞味期限の問題についてお伺いします。本来はまだ食べられるものが、賞味期限が近いことによって流通させることができないことについて、メーカーとしてはどのように考えていらっしゃるのでしょうか。 細田:賞味期限について、メーカーはバッファを持っています。当社は1.5倍で、例えば、賞味期限1年というものは、検査で1.5倍の1年6カ月間まで問題ないことを確認した上で1年として販売しています。ただこの基準はメーカーによってまちまちで、統一されていないというのが現状です。それでも、肉や魚、生菓子など、食べられなくなってしまうものに関する「消費」期限は別ですが、基本的に3カ月以上の賞味期限がある商品で、その3カ月が過ぎたらすぐに食べられなくなってしまうものは存在しないのではないでしょうか。 大きな流れとしては、1年6カ月もつのであれば、1年ではなく1年6カ月後までという賞味期限の表示方法にしていく方向に変わってきていると思います。それから、以前は日付の表示だったものも、長期的に持つものは何年何月までという月単位での表記にどんどん切り替わっていますね。 私たちメーカーとしては、全体的なそうした変化はありがたいのですが、一方で小売りや問屋の皆さんは、やはり新しいものが欲しいんです。彼らは当然長く売りたいので、賞味期限3カ月のうち、2カ月間が過ぎた商品を「これを売ってください」と店頭に持って行っても、「残り1カ月間しか売れないですよね、無理です」と言われてしまいます。一回でも新しいものを出してしまうと、それより前のものを納品することは、基本的に許されないんです。 最近は、小売りや問屋の皆さんの考え方や意識によって、対応が変わることもあります。以前はとにかく新しいものを持ってきてという方がほとんどでしたが、時代に即してフードロス削減について関心の高い方も増えていますね。国を挙げて取り組むべき、フードロス削減は重要な課題です。古くからの業界慣習が変わってくれれば、メーカーとしてはありがたいなと思います。 「世代の断絶」解消に向け、子どもに和菓子と接する機会を 高橋:先ほど、こども食堂でお汁粉を作ったお話がありましたが、「三歳児の舌」という言葉があるように、幼少期の食生活で味覚が左右されるとよく言われます。今の子ども達が和菓子の世界に親しむために、何か考えている取り組みはあるでしょうか。 細田:今は、異なる世代で和菓子に対する意識が繋がっていないという課題を感じます。おじいちゃんおばあちゃんは、あんこ大好きという方が多いですが、しかし今の親世代は、小さなころから洋菓子にどっぷりとはまり、和菓子にあまりなじみがない方が多いのではないでしょうか。祖父母世代と親世代で、和菓子に対する断絶が起きていると私は思います。 洋菓子大好き世代の方たちが子どもだったころは、海外から入ってくるものに対する憧れもあったでしょうし、知らない世界のお菓子をより魅力的に感じる時代だったかもしれません。しかし、一周回って現在は、日本独自の食文化、自分たちの足元の食材などに目が向いてきたように感じます。 ただし、今でもなお、多くの子どもたちは、本物の和菓子に触れる機会がありません。こども食堂で寸胴でお汁粉を作っていると、お母さんたちが横で「お汁粉ってそういう風に作るんですね」とおっしゃるんです。子どもたちも、初めてお汁粉を食べるという子がほとんどで、みんなびっくりしながら「おいしい、おいしい」と言って食べてくれます。 子どものころに出会った和菓子がおいしくなかった、という方もいるかもしれません。あまり悪く言ってもいけませんが、残念ながら、豆の味がしない、ただ甘いだけのペーストのようなものをあんことして売っている和菓子も多くあります。 今の子どもたちが和菓子の世界に親しむためには、小さなうちにおいしい和菓子に出会う機会を作ることが一つ大切ではないでしょうか。 手前みそになりますが、うちのお菓子は、お子さんが食べると本当に喜んでくれます。小さな子どもは、人工的なものや刺激物にまだ染まっていないので、もしかしたら大人よりもおいしさをわかってくれるのかもしれません。小さな子どもにこそ、豆の香り、北海道の大地の味がするうちのきんつばを是非食べさせてあげたいですね。 もともとは、和菓子は子どもの成長とともに触れ合うものでもあります。子どもが生まれたらお赤飯を炊いて、1歳になったら一升餅を背負わせて、七五三で千歳あめを食べて…と、それぞれのイベントに即したお菓子がありますよね。食育と言うと大げさかもしれませんが、できる限り多くのお子さんに和菓子を召し上がっていただく機会を作り、和菓子に親しんでほしいなと思っています。 先ほどもお伝えしましたが、今年の私のテーマは、どれだけこども食堂に行けるかなんです。あんこが嫌いという子どもたちが増えてしまうのは本当に悲しいことなので、少しでも多くの子どもたちにおいしいお汁粉を食べてもらって、あんこのおいしさを知ってほしいですね。 老舗企業として、大切にしているコアバリューとは 中見:これから先の100年を考えると、子どもたちとの関わりは大切ですね。200年近く続いていらっしゃるというのは、サステナビリティそのものだと思います。老舗の方々は、日々の経営の中でどういうことを大切になさっているのか、是非お伺いしたいです。御社にとってのコアバリューというのは、一体どのようなものなのでしょうか。 細田:私が社長に就任した際、一番最初に出したのが「生涯働きたい榮太樓を作る」というメッセージでした。そして、社是は「心の豊かさに挑戦する榮太樓」です。 皆さんにおいしく食べていただき、そしてハッピーになっていただきたい。そのためには、自分たちがハッピーでなければいけません。お菓子を作る世界で働くわれわれは、競争だ評価だという意識ではなく、落ち着いて豊かな気持ちで仕事をする必要があるんです。そうした思いのもとに、生涯働き続けたい榮太樓・心の豊かさに挑戦する榮太樓を、経営する上でのテーマとして掲げています。 実は、先ほどお伝えしたサステナブルや社会貢献的な活動は、内部の社員たちのためにやっている側面もあるんです。 社内のチャットシステムにこども食堂に行った時の写真を載せて、こどもたちの反応やうれしい声を投稿すると、社員たちからの「いいね」の嵐になるんです(笑)。もちろん、社長の私が投稿しているからというわけではありません。普段はメッセージを発信してもあまり反応がないのですが、サステナブルな活動や社会貢献に関する話題などを伝えると、みんなすごく喜んでくれるんです。 社員みんなが、ただお金を稼ぐだけではなく、仕事を通じて誰かの役に立ちたい、社会に貢献したいという気持ちを抱いています。私たちの会社の活動が、皆さんのお役にたち、そして喜んでいただけたということを社員にもわかりやすく伝えることで、社内の雰囲気も良くなり、ひいては離職防止などにもつながっていくのかなと感じています。 中見:お話を伺って、やはり老舗企業は、存在そのものがサステナブルなんだと改めて感じました。その上で、老舗というポジションにあぐらをかくのではなく、代々受け継いできたことに光を当て、別の角度から「ここに価値があるんだよ」ということを伝えることで、社員の皆さんも自分たちのやっていることの価値を改めて見つめ直すことができるているのだなと思います。 老舗企業というのは、地域や生産者、多くのステークホルダーと価値を共創していくことに、元々長けています。そこからさらに、今の時代の社会課題をどう解決していくのか、ある意味トランスフォーメーションしながら変化に適応されてるのを感じましたし、そういう取り組みをみんなが応援したくなる時代なんだろうなと思いました。 まとめ 老舗企業ならではの伝統と文化、そして受け継いできた味を守りながら、新しい時代の価値観をうまく取り入れ、成長を続ける榮太樓總本鋪。多彩な商品の数々も、サステナブルな活動も、細田氏自らが楽しみ、そして発信することで、さらなる価値を生み出している。 榮太樓總本鋪の「次の100年」で、どのような飛躍を見せてくれるのか、今後の動向が注目される。 https://www.eitaro.com/

  • 【イベント報告】新サービス共創のゲートウェイ化する未来のATM(10/26第61回NRLフォーラム)

    2023年10月26日、61回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。 Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。 今回のテーマは「新サービス共創のゲートウェイ化する未来のATM」。セブン銀行執行役員企画部長の清水健氏を講師に迎え、進化するATMの新しい形、「人と企業を繋ぐ」という新サービスなどについて語ってもらった。また、講演に続いてNext Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、銀行の役割、キャッシュレスの社会など、さまざまな論点で議論が交わされた。 現金を出し入れするという従来の役割から進化を遂げ、データを活用した新たな価値を提供するATMの形、そしてセブン銀行が目指す未来についてレポートする。 目次) 講演: 新サービス、事業ポートフォリオ再構築による「第二の創業」、 ATMを通して人と企業をつなぐセブン銀行(清水健氏:株式会社セブン銀行) ・新しいスキームを生み出し順調な成長、国内のATM設置台数の約15%を占める ・利益率やグループ全体に占める金融事業の収益など、課題も ・情報をキーに人と企業をつなぐ新サービス、「+Connect」とは ディスカッション: キャッシュレス、銀行の役割変化…新しい時代に必要なサービス展開とは ・「デジタル給与解禁」で、現金離れはすすむのか ・グループの強みを生かした、セブン銀行がとるべき戦略とは ・新サービスを浸透させた未来、銀行の担うべき役割とは まとめ 登壇者) ■講師: 清水健氏 セブン銀行執行役員企画部長/セブンカード常務執行役員 ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) 新サービス、事業ポートフォリオ再構築による「第二の創業」、 ATMを通して人と企業をつなぐセブン銀行 (清水健氏:株式会社セブン銀行) 今回のフォーラムで講演したのは、株式会社セブン銀行執行役員企画部長・セブンカード常務執行役員の清水健氏。清水氏は、日本銀行や広告代理店の東急エージェンシーを経て、2002年にセブン銀行に入社。セブン&アイホールディングスへの出向、ヤフー株式会社への転職ののち再びセブン銀行に戻り、現在は経営企画全般のミッションを担うほか、7月から子会社となったセブンカードの統合推進などを担当している。 講演では、セブン銀行のあゆみや事業内容、「第二の創業」と位置づけている新しい取り組みなどが紹介された。 新しいスキームを生み出し順調な成長、国内のATM設置台数の約15%を占める セブン銀行はセブン&アイホールディングスのグループ企業としてATMを中心に国内外で幅広い金融サービスを展開。2002年の開業以来、ATMの設置台数や利用件数、経常収益など順調に成長を続けている。2022年度の経常収益は1550億円で国内23位、経常利益は289億円で国内24位で、国内のトップ地銀と同程度の規模感だ。課題は利益率の改善で、売上は伸びているものの一時期300億円を超えていた利益が投資などの影響で若干減少傾向だという。 事業としては、法人事業、リテール事業を行う国内グループ企業に加え、アメリカ・インドネシア・フィリピンでもATMを設置し、国内外に広く展開している。 現在売上の中核を為すのは、国内のATM事業だ。セブン銀行のATM事業のビジネスモデルとしては、提携先の銀行やPayPayといった事業会社からの手数料が売上となる、BtoBビジネス。ATMの利用者が支払う手数料は、セブン銀行ではなくそれぞれの提携先に入る仕組みだ。 日本のATMは、自身の顧客だけが取引するATMを各銀行がそれぞれ設置し、保守メンテナンスやシステムの運用についても費用を負担するというのがかつての姿だった。それが1990年代に入りいろいろな他行のATMが相互に使える形となり、日本の全金融機関のATMがネットワーク化される時代となる。顧客は口座がある金融機関に行かなくても日本全国のATMで取引ができるようになった。 しかし一方で、顧客がATMを使う手数料も提携先の銀行からの手数料も、入手するのはそのATMを設置している銀行。提携先の銀行からすると、自身の顧客が利用しているにも関わらず、その手数料は入らず、提携のために支払う手数料だけが出ていくという図式だった。 こうしたスキームが、2001年のセブン銀行の登場により変化する。 顧客がセブン銀行のATMを使った場合、その手数料はセブン銀行ではなく提携した銀行に入り、銀行が顧客からの手数料とは別の銀行間手数料を1件いくらという形でセブン銀行に対して支払う仕組みだ。さらに、保守メンテナンスなどATMを運用するための費用はセブン銀行が負担する。さらに現在、セブン銀行では約35行の銀行からATM業務を受託し、セブン銀行の看板ではなく委託元の銀行のATMとして設置する事業も行っている。ATMにかかる開発や保守メンテナンスといった費用をかけずに顧客がATMで取引できる仕組みとして活用し、セブン銀行にATMを全て依頼している銀行もあるという。 こうした仕組みを作り上げたことで、セブン銀行のATM設置台数は大きく伸び、現在国内に約27000台、日本全体のATM設置台数に占める割合は約15%となっている。 利益率やグループ全体に占める金融事業の収益など、課題も セブン銀行の事業は順調に事業は成長しているものの、電子決済の普及などにより、日本全体のATMは減少傾向だ。国内のATM設置台数は2017年3月の18万7000台から、2023年3月には17万9000台に、利用件数は2017年度の93億回から2022年度は70億回にまで減っている。 また、グループ全体で見たときの金融事業の大きさも課題だ。例えばイオングループは営業収益約9兆円に対して、金融収益は約4500億円で、およそ5%。楽天グループは金融収益が全体の三分の一を占めている。対してセブン&アイホールディングスは、グループ全体の営業収益が12兆円弱で、そのうち金融収益は1%から1.5%ほどに留まっている。 そのため、セブン銀行では事業ポートフォリオの再構築をはかっている。2022年度の経常収益は約1500億円で、そのうち約7割が国内ATM事業によるものだ。2025年度には経常収益2500億円を目指しているが、国内ATM事業は現金離れや少子化の影響で、それほど大きな成長は見込めないとして、その分、法人・リテール事業や海外のATM事業の伸びを期待している。 清水氏によると、その成長を支えるのが、事業の多角化だ。セブン銀行の口座ビジネス、個人向けフリーローン、外国人向けの送金や保険などのリテール事業や、金融機関や自治体の事務受託、本人確認の認証基盤の提供などの法人事業に力を入れる。加えてアメリカ、インドネシア、フィリピンの三か国で約18000台のATMを設置し、海外事業も伸びるという見立てだ。 情報をキーに人と企業をつなぐ新サービス、「+Connect」とは さらに今年9月、セブン銀行は新しいサービス「+Connect(プラスコネクト)」を発表。これまでATMはお金を出し入れしたり電子マネーにチャージしたり、現金をキーとした存在だった。それを進化させ、今後は情報をキーにATMをあらゆる手続き・認証の窓口とし、人と企業をつないでいこうというものだ。ATMを使った口座開設やQRコードによるホテルのチェックイン、本人確認が必要な会員登録手続きなど、銀行に限らず企業や自治体などとの幅広い提携を想定している。 この新しいサービスを可能にしたのが、セブン銀行がこれまでに培ってきた様々な基盤だ。第四世代と呼ばれる顔認証などができる多機能のATMや、事業で関わってきた多くの企業や自治体との連携、ATM1台ごとの利用状況などをデータを使って詳細に分析してきたスキル、そして誰でも使いやすい工夫を重ねた操作画面のUI・UXなど、その強みは多岐にわたる。 今年度は、ATMによる口座開設や各種の変更届など、銀行の窓口業務利用を開始。今後は銀行以外の金融機関や決済事業者、事業会社や自治体などに対象を広げ、2025年に売上40億円、その後5年から10年以内に売上500億円を目指す想定だ。 セブン銀行は『お客様の「あったらいいな」を超えて、日常の未来を生み出し続ける。』をパーパスに掲げている。清水氏は「私たちは、今目の前に顕現化しているものだけではなく、お客様のニーズを先取りするということを常に意識しています。その実現のために、お客様の立場で考える、新たな挑戦を続けるというセブン-イレブンから受け継いだDNAを大切にし、新たなサービスを生み出し続けたいと思います」と、今後の事業展開に向けた抱負を語った。 【ディスカッション】キャッシュレス、銀行の役割変化… 新しい時代に必要なサービス展開とは 講演に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。 ■ディスカッション参加フェロー ・有限会社シンプル研究所代表取締役 坂野 泰士氏 ・株式会社team145代表取締役 石郷 学氏 ・株式会社CaTラボ代表取締役 逸見光次郎 「デジタル給与解禁」で、現金離れはすすむのか 藤元(以下敬称略):まず私からいくつか質問させてください。デジタル給与が解禁され、従業員の決済アプリなどのアカウントに直接電子マネーで給与を支払うことが今後できるようになります。それによる影響はどのように考えていますか? 清水:給与のデジタル化は、我々にとってポジティブな話だと思っています。プラスチックカードを使わずにスマホだけで取引できるATMは基本的にはうちだけなんです。PayPayなどの決済サービスが、今後電子マネーのカードを発行することはおそらくないでしょう。そうすると、振り込まれた給与をどこで引き出すのかというと、うちのATMになるはずです。 石郷:そもそも、給与を現金化するのでしょうか。給与がアカウントに入ってそのままチャージし支払に使った場合、現金にする必要がありません。そうした利用を想定すると、ATMは必要になるのでしょうか。 清水:現金がなくなるかどうか、ここは正直わかりません。全くゼロになるとは思いませんが、ATMが電話ボックスのような過去の遺産にならないよう、常に気を付けて見ていく必要はあると思っています。 一方で、ATMというリアルな拠点を持っている強みは、少なくとも今後10年20年にわたり生かせると思っています。ネットでは、どんなに成功してたくさんのユーザーを抱えたとしても、誰かが真似しようと思うと比較的すぐにできてしまいます。同じようなことを始めたときに何で競うかというと、新規入会したらもらえるポイントを5000にするか8000にするか…そうした差別化になりがちです。対して、日本全国にある約27000ものリアルな拠点をすぐに真似して作れるかというと、それはできません。ここは大きな強みではないかなと思っています。 藤元:日本に比べて、海外はキャッシュレスが急速に進んでいると感じるのですが、海外でATM事業をやっていて感じることはありますか。 清水:やはり、アメリカはATM1台あたりの1日の利用件数が減ってきています。対して、インドネシアやフィリピンは、まだ圧倒的にATMが不足している状態ですね。全体のパイは見えにくいところがあるのですが、全体として不足しているところに進出しているので、利用件数そのものは現在伸びています。ただし、キャッシュレスになるのかどうか、今後についてはわからないところもあるため、海外でもATM事業だけではなく金融事業を行いたいと考えています。 グループの強みを生かした、セブン銀行がとるべき戦略とは 藤元:例えば多くのユーザーを抱えるセブン-イレブンアプリがありますが、グループ全体のエコシステムやユーザーの利便性を考えると、そちらのアプリの金融機能も大事になってきます。セブン銀行の強みはありつつ、セブン-イレブンアプリもすすめていく、という考えで、それぞれがいろいろなサービス開発をすすめているのでしょうか。 清水:セブン-イレブンアプリにはPayPayのボタンがついています。ちなみに、もともとあそこは、サービスを廃止した7payが仕込まれる予定だったところですね。今後は、セブン銀行としてきちんとした金融のアプリを作り、セブン-イレブンアプリとしっかり連携をしていきたいと思っています。 そのために、我々は電子マネーのnanaco、クレジットカード会社をグループに持っているので、今後は、一体となった戦略・サービスが必要です。例えば前払いのときはnanaco、後払いのときはクレジットカード、それに銀行口座を活用したデビット機能など、多様な支払い方法に対応できるアプリを出したいと思っています。しかしすでにそうした機能を持つアプリはすでに世にあるので、セブン-イレブンのお客様に最適なものは何かという視点で、知恵を絞っているところです。 石郷:セブン銀行のATMは、セブン-イレブンという土地の上の、ある意味デバイスだなと感じました。デバイスはiPhoneがそうであるように常にアップデートしていく必要があります。コストをかけてアップデートしていったときに、長い目で見てそのコストに対して回収できる見込みはあるのでしょうか。 清水:先ほど紹介したような新しいサービスの開発や、そのベースとなる第四世代ATMへの切り替えなどで、直近はコストが膨らむ状況になっています。しかし残りのATMの切り替えをすすめて新サービスがきちんと浸透すれば、そのコストは取り返せるというのが今描いている計画です。ATMを切り替えるのは費用がかかりますが、1台あたりの単価は下がっているんです。第一世代が250万円ほどだったものが、第四世代は160万円くらいになっています。トータルのコストはかさみますが、単価を落としつつ、利益を確保していく、という方針です。また最近は、「決済アプリへのチャージのために入金する」というATMの利用が増えています。出金だけだと我々が現金を補充に行く必要がありますが、入金が増えることでその必要が減り、うまく回れば警送警備のコストを削減できる余地もあります。 石郷:楽天やヤフーといった強いポイント経済圏がある中で、どのように伸ばしていくのか、キーになるのはデータなのではと思っています。セブン銀行としてもいろいろな形でデータが集まってくると思いますが、そのデータをグループ全体として有効活用して顧客満足度の向上につなげていくために、どのようなデータの利用が考えられると思いますか。 清水:いろいろな方法がありますが、一番可能性を感じているのは金融サービスへの活用です。日本では外部信用の情報機関というものがあって、そこにバンクもノンバンクも情報を登録しています。お金を貸し出すときはそこに情報をたたきに行くのですが、その外信の情報が占める割合が大きいため、それぞれ貸し出す側の事業者が自身のデータを活用をしても、最終的な審査結果はほとんど変わらないことが多いと言われています。全体のスコアに占める外部信用のウエイトを下げて、その下がった部分に、新しく我々のデータを活用することができれば、結果を変えられるのではないかというのが一つの考えです。 例えば買い物の際、1つ3円とか5円のレジ袋を会計時によく購入する人は、相対的に延滞する確率が高いというデータがあります。他にも、まだ正解データが集まっていないので何とも言えませんが、これとこれを組み合わせて買う人はどうかといった、分析も考えられます。これはECだとわからない情報で、リアルな世界の日常的な買い物データをグループとして持っているからこその強みです。うまく活用できれば、ほかの金融機関は融資できなかった人に対してセブン銀行はできるといった状況もあり得ると思っています。 新サービスを浸透させた未来、銀行の担うべき役割とは 坂野:セブン-イレブンはブランドではないところまで超越しているなという視座の高さを感じました。言葉としてはATMと呼んでいますが、いわゆる一般にイメージされるATMではなく、実在する人がこの時間この場所にいて、こういう意思を持ってこういう操作をしている…そうしたことを実現するマシーンになりつつあるんだなというのが感想です。無駄なサービスをどう合理化するかという観点で行くと、誰も反対しようがないポジションだと思います。 新しいサービスを作ったときの一番の課題は、利用者の意識や態度をどう変えるかという点ですが、新しい利用習慣を作るために考えていることは何かあるでしょうか。 清水:確かに、お客様が感じるかもしれない「気持ち悪さ」みたいなところは排除しないといけないと思っています。例えば住所などの登録情報確認をATMで行った際に、なぜ突然自分の住所が出てきて、この内容で正しいかどうかをATMが聞きはじめたのか、といった反応が実際にありました。そこは解消する必要があります。 それから、銀行に対して新サービスの提携をお願いすると、「本当にATMで口座開設する人なんているのですか」とよく言われるんです。そのため、我々としては、まずセブン銀行で開設実績をつくり、1日これだけの人がATMで口座開設をしていますという数字をみせ、大手銀行をどんどん巻き込んでいきたいと思っています。さらに、お互いにWinWinな関係にすることで、提携してくださった銀行がまたそのお客様に案内をしてくれるような、そんな良い循環を生み出せればと考えています。 逸見:これからの銀行の役割について、どうお考えですか。銀行は富裕層への営業は得意な一方で、マスリテールに対する活動は苦手といわれています。セブン銀行が次々に新しいサービスを出し、ATMで口座も作れる、サービスも簡単に受けられるとなったときに、銀行はどのような役割を担うべきなのか、清水さんの個人的なご意見でよいので伺えますか。 清水:例えば地方銀行などは、個人取引については縮小していいのではないかというのが個人的な考えです。われわれが全部引き受けたとして、一般の顧客としてもサービスを提供する主体が変わるだけで、生活が不便になることはないですし、地銀としても人的な余力が出ることで、地方活性化など、地方ならではの事業に焦点を絞ることができるはずです。 逸見:そうですね。例えばフリーローンは、ネットで広告を目にして、そのままネット経由で契約する人が増えています。住宅ローンなども、銀行が営業しているわけではなく、不動産事業者の営業によって顧客がマンションを買ったときに、そのままついてくるだけです。 清水:確かに、そうした外部と提携してサービスを提供する金融機関と、地域の掘り起こしに注力する金融機関と、二極化するかもしれないですね。金融機関として何もかもやります、という形である必要はないのではないでしょうか。 まとめ セブン銀行により、現金を出し入れするためのものだったATMは大きく進化している。あらゆるサービスの窓口として人々の生活に浸透していくのか、そして金融業界や社会全体を動かす新たな価値を提供できるのか、今後の動向が注目される。

  • 【イベント報告】店舗における顧客体験価値のあり方とは(9/25第60回NRLフォーラム)

    本文)2023年9月25日、60回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。 Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。 今回は「店舗における顧客体験価値のあり方とは」をテーマに3人のゲスト講師が登壇し、顧客体験価値向上を目指す海外の企業戦略や、それぞれの登壇者が自社で取り組んでいる店舗づくりの取り組みなどが紹介された。また、講演に続いてNext Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、顧客体験向上に何が必要か、さまざまな視点から議論が交わされた。 ネットで何でも買える現代に求められる、店舗の価値とは何なのかーー。業界をけん引するトップランナーたちによるフォーラムをレポートする。 目次) 講演 ・世界の店舗で自らが顧客となる「CXツアー」、  体験を通じて見えてきた、海外企業の店舗戦略とは (奥谷孝司氏:オイシックス・ラ・大地株式会社、株式会社顧問時間) ・顧客を第一に考えた接客を促す仕組みを導入、 あらゆる場所で顧客体験を向上させ、LTVの最大化を (石田龍太郎氏:オルビス株式会社) ・変化する化粧品業界と顧客にとっての店舗の価値、 新しい時代に求められる「宝探し」のできる店舗作りとは (北尾悠樹氏:株式会社アイスタイルリテール) ディスカッション:店舗における顧客体験価値のあり方とは ・店員ゼロ、セルフ購入の無人店舗を利用する動機とは? ・あえて売り場案内をせず、「コスメ好き」が楽しめる仕掛けを ・過度なエンターテイメント、中途半端な接客… 課題の中で見えた、それぞれの顧客の期待値の可視化する難しさ まとめ 登壇者) ■講師: 奥谷孝司氏 オイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員COCO、株式会社顧問時間 取締役 共同CEO 石田龍太郎氏 オルビス株式会社 CRM・メディア戦略部 店舗統括担当部長 北尾悠樹氏 株式会社アイスタイルリテール 取締役、店舗カンパニー長 ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) 世界の店舗で自らが顧客となる「CXツアー」、体験を通じて見えてきた、海外企業の店舗戦略とは (奥谷孝司氏:オイシックス・ラ・大地株式会社、株式会社顧問時間) 最初に講演したのは、オイシックス・ラ・大地株式会社専門役員COCO、株式会社顧客時間 取締役 共同CEOの奥谷孝司氏。チャネル変革を強みとするマーケティングデザイン会社の顧客時間では、支援企業と一緒に海外の店舗に行き顧客体験をする「CXツアー」を実施している。講演では、今年8月に行われたニューヨーク視察の内容を中心に、顧客体験向上に成功している海外企業の実例などについて報告した。 CXツアーは顧客としての体験を通し、背景にある戦略を解釈することを目的にしており、今回は百貨店のドミナント戦略(一定地域に集中して出店・投資を行い、そのエリアで優位な地位を占める戦略)や顧客体験を重視した店舗展開、サステナビリティなど社会課題を意識した経営戦略などについて、現地の店舗を視察した。 奥谷氏がドミナント戦略の成功例として紹介したのが、アメリカの大手百貨店、Nordstromだ。 Nordstromは旗艦店をマンハッタンに置き、その周辺の人口密度が高いエリアにBOPIS(ボピス:「Buy Online Pick-up In Store」の略。オンライン上で購入した商品を実店舗で受け取れる仕組み)、コスメのケースを捨てることができるリサイクルスポット、アウトレット店舗などを集中的に展開している。 Nordstromでは、「ローカルフォーカスの拡大」を掲げ、エリアでの年間購買金額を重視。地域に根差すさまざまな取り組みを行っている。ノードストローム家の第4世代にあたるピート・ノードストローム氏は「どんなにマーケティングをしたとしても、顧客からの善意や口コミ、ロイヤリティを生み出すことはできない」と考えているという。 また、デジタルの売上が総売上高の34%を占めているNordsoromでは、「デジタル対応速度の向上」も遂行している。特徴的なのはデジタル投資の位置づけだ。デジタル投資はあくまで顧客体験を上げるためのものと位置づけ、オンラインの売り上げを上げるためではないという。 例えば展開している二つのアプリでは、インストアモードの他、パーソナルスタイリングの予約や商品検索、ロイヤリティクラブとの連携など、さまざまな機能を兼ね備えており、店舗でもオンラインでも顧客がシームレスに行動できるようになっている。 もう一つ、Omni guest experience (オムニチャネルの顧客体験)を実現している企業として奥谷氏が紹介したのが、ペット関連の商品やサービスを販売するPetco。Omni guest experienceは、コロナ禍にも関わらず大きな成長を遂げたスポーツウェアブランド・Lululemonの戦略として知られる言葉で、オムニチャネルを最大限に生かした顧客体験を重視する考え方だ。 ユニオンスクエア近くにあるPetcoの旗艦店は、顧客がペットと一緒に訪れさまざまな体験ができる作りになっており、まさに「顧客体験重視」を実現した店舗となっている。 しつけ教室やブルーミングできる場所、大型犬が洗えるバスタブなどがあり、カスタマイズのフードや服を購入することもできる。もちろん生体販売は行っておらず、保護犬や保護猫と顧客の出会いの場を提供している。 Petcoでは、物販に留まらずサービスの市場にも注力しており、バイタルケアのサービスなども始めている。サービスに関してもオムニチャネル化を実現し、ペット市場の獲得に成功しているという。 奥谷氏は「アメリカの企業を見ていると、コロナ禍を経て、経営課題が変化していることを感じます。インバウンドなどコロナ以前の状況再来を夢見る企業は業績が落ち、成長を続ける企業はデジタル対応を終えて新たに顧客を起点にしたKPIを打ち出しています。そして、サステナビリティやダイバーシティなど、社会課題の解決をも念頭に置いた経営戦略をリーダー自らがけん引できる企業が、今後の小売業界の主役となっていくのではないでしょうか」と話しています。 顧客を第一に考えた接客を促す仕組みを導入、あらゆる場所で顧客体験を向上させ、LTVの最大化を (石田龍太郎氏:オルビス株式会社) 次に登壇したのは、オルビス株式会社CRM・メディア戦略部店舗統括担当部長の石田龍太郎氏。スキンケア化粧品を中心にビューティブランドを展開するオルビスは1987年に創業、通信販売を中心に売上を伸ばしてきたものの、他ブランドの台頭などにより2005年ごろに踊り場となり、リブランディングをしている最中だという。 講演では、リブランディング後の提供価値、店舗に対する考え方、顧客体験を向上させるための店舗での取り組み内容などが紹介された。 オルビスは現在93の直営店を持ち、顧客に「またオルビスに行きたい」と思ってもらえる店舗づくりを店舗事業の方針として掲げている。満足度の高い買い物体験がブランドに対するエンゲージメントを高め、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)の最大化につながるという考えだ。 買い物体験の満足度を上げるという方針に基づき、例えば無理な購入をすすめることを防ぐため、店舗ごとの目標はあるものの、美容部員個人に対するノルマはない。また、通販と店舗の買い回りを促すため、「通販貢献売上」という制度を策定。店舗で抱えている顧客が通販で購入した金額の一定割合を店舗の売上に加算している。 こうした仕組みを導入することで、例えば通販限定のキャンペーン等の対象となっている商品を店舗で購入しようとしている顧客がいた際に、美容部員が通販での購入を案内するという接客も実現している。美容部員が個人や店舗の売上にこだわることなく、顧客にとって最適な購入方法を自然と促せるようになり、結果として企業全体の売上や顧客のLTV向上につながっているという。 もう一つ、顧客体験の向上のため取り組んでいるのがオンラインカウンセリングの強化だ。オンラインカウンセリングは、コロナ禍でほぼすべての商業施設が休業を余儀なくされた時期に、美容部員に相談した上で商品を購入したいという顧客の声を受けてスタートした。現在はカタログに掲載されている新商品の色味やテクスチャーを知りたいという通販の顧客に多く利用されていて、オンラインカウンセリングを利用した顧客のLTVは非利用者に比べて14%高いという数字も出ているという。 さらに、新しい取り組みとして、オルビスでは事前登録の必要がない無人の店舗を今年5月にオープン。完全無人でセルフ購入する仕組みで、店舗の中にはテスターやオンラインカウンセリングのブースなどが設けられている。 無人店舗を作った背景としては、化粧品店舗が持たれがちな「入店したら何か買わされる」というイメージからの脱却や、将来的に予想される販売員不足への備えなどが挙げられる。 他にも、直営店のある都道府県に比べ、ないところでは化粧品ブランドに占めるオルビスのシェアが低くなっていることから、ブランド認知を高めるためのアイコンとしての役割や、未進出エリア・撤退エリアへのコストを抑えた再チャレンジのための選択肢の一つという意味合いも持っているという。 リブランディングをする中で、オルビスが新たな価値として重要視しているのは「ここちよさ」。サイエンスに裏付けされたスキンケアを中心とした化粧品を提供することで、「ひとりひとりが持つ美しさが多様に表現されるここちよい社会」の実現を掲げている。 石田氏は今後の店舗運営などに対し、「直営店に限らず、無人店舗やオンラインなど、どこでもCX向上が実現できる未来を作っていく必要があります。その上で、様々な販売チャネルにおいて、個々の売り上げにこだわるのではなく、顧客のLTV最大化を重要視する運営を行っていきたいと思います」と考えを述べました。 変化する化粧品業界と顧客にとっての店舗の価値、新しい時代に求められる「宝探し」のできる店舗作りとは (北尾悠樹氏:株式会社アイスタイルリテール) 三人目の登壇者として講演したのは、全国の@cosme STOREと、フラッグシップショップである@cosme TOKYO、@cosme OSAKAを運営する株式会社アイスタイルリテール取締役店舗カンパニー長の北尾悠樹氏。 北尾氏は日用消費材、化粧品のメーカー、EC業界を経て、2022年から現在のアイスタイルリテールで初めての実店舗事業の運営に携わっている。 EC業界のときは、数多くの商品がある中で欲しい商品をいち早く見つけ、配送条件や価格など購買判断に必要な情報を的確に届けるという観点から、顧客が1秒でも早く買い物を終えることが顧客満足が高い状態だと考えていたという。一方で実店舗を担当する現在では、まるで宝探しをするように楽しくリアルな店舗を回ってもらえるよう、1秒でも長く店舗に滞在してもらうことを目指している。 北尾氏は「業界やチャネルによって顧客満足度の指標は違う」と感じており、講演では化粧品業界の特徴やコロナ禍等による業界の変化について振り返った上で、@cosmeのリアル店舗の戦略、ユーザーとブランドをつなぐさまざまな取り組みについて紹介した。 北尾氏によると、化粧品業界は他の業界と比較して、「買う前に実際に試したいという顧客が多い」「販売チャネルごとにメーカーがブランドを持っている」という特徴がもともとあり、これがEC化率が低い要因の一つだと捉えている。 こうした業界独自の特徴が、コロナ禍により、急速に変化していく。リアルな店舗にいけなくなった他、衛生面への配慮から、肌への接触やテスター使用も難しくなり、各メーカーがECにも力を入れるようになった。またSNSの発達などに伴い顧客の情報接点が多様化したことから、マーケティング戦略もデジタル化にシフト。インフルエンサーの活用やネットをフックにしたサンプル送付など、オンライン上のアクションが盛んとなった。 しかし、デジタル情報の渋滞化、ブランドの魅力や世界観の浸透不足など、オンライン戦略の課題も明らかになってきているという。 このような状況の中、これからの店舗づくりには、どのような要素が必要になるのか。前提として、@cosmeとしてはまず、「これからの店舗活用のあり方」が変化していると考えている。 顧客にとっての店舗とは、今までは「買う」目的で行く場所だったが、現在はそれに加えて「出会う」「試す」「(商品やブランドを)理解する」という目的で訪れる場所になっている。そのため、実店舗は買うことができるだけではなく、セレンディピティな出会いと試す体験を提供し、数あるブランドを理解できる場所であることが今後の存在意義になっていくという。 こうした考えをもとに、@cosmeとしては店舗づくりの際に4つの軸を意識している。 ひとつはエンターテイメントで、いろいろな技術を活用するだけではなく、顧客が楽しめるエンターテイメント性を持ったギミックを大事にしている。二つ目はエデュケーション。店舗スタッフや美容部員が店の機能を理解し顧客にファシリテートできれば、店舗の体験価値は大きく向上する。そのほかエンゲージメント、インキュベーション・イノベーションをあわせた軸に沿って、実際の店舗づくりをしている。 例えば一覧で見られるベストコスメ展示、数多くの商品を試せるテスターバーや、付けた化粧品をオフできる洗面台、店舗スタッフが@cosmeの口コミや自らの体験を織り込んだPOPづくりや顧客が参加できるイベント企画など、店舗の中には軸に沿った数々の工夫が見られる。 他にも、接客体験の可視化、CRM活用を目的とした共通台帳システムを導入。通常、化粧品業界ではブランドごとに顧客台帳が存在するが、この台帳システムでは購入や来店の履歴に留まらず何を提案し、どんなサンプルを渡したかなど幅広い情報をブランド横断で管理できる。 さらには「教えて美容部員さん」というライブショッピングを配信し、実際の売り場でのショッピング体験を通じて、店舗の楽しさをオンラインで伝え、ECでの購入や来店への動機付けにつなげているという。 今年9月には@cosme OSAKAがオープン。アプリをかざすと1日1回好きなサンプルを無償でもらえるサンプル自動販売機を設置した。予想を上回る人気となり、連日行列ができているという。また、顧客に楽しんでもらうためだけではなく、アプリと連携することでマーケティングに活用できる顧客情報も取得できる仕組みを準備している。 北尾氏は「我々は@cosmeとしてのウェブ媒体やオンラインショップもあるので、そこと複合した店舗の体験づくりをしています。圧倒的にユーザーから支持される、行きたくなる店舗を目指し、体験価値を最大化できるような店舗運営をしていきたいと考えています。」と今後の抱負を語った。 【ディスカッション】店舗における顧客体験価値のあり方とは 講演会に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。 ■ディスカッション参加フェロー ・株式会社アイスタイル 矢野貴久子氏(ゲストフェロー) ・ジャパンEコマースコンサルタント協会 川連一豊氏 店員ゼロ、セルフ購入の無人店舗を利用する動機とは? 藤元(以下敬称略):オルビスの石田さんに、無人店舗について伺いたいのですが、どのような人たちが無人店舗を選んでいると考えられるのでしょうか。 石田:まず何よりも、多くの店員がいる店舗に行くと何か購入させられると警戒している方に好評ですね。それから、短い時間で手早く買い物を済ませたい方にも利用されているのではないかと考えています。紹介した無人店舗は、無人になる前は有人店舗だったのですが、時間帯別の売上を有人だったときと比べると、無人店舗は閉店間際に売上があがっているんです。仕事の帰り際にさっと買い物する会社勤めの女性などが多いようです。また、男性のお客様も一定数います。女性しかいない店に入るのはハードルが高いと感じる男性にとって、無人店舗は利用しやすいのではないでしょうか。 藤元:テスターがあることで、人とは接触したくないけど実際に試してから使いたいという人にとって、行く価値がある店舗になっているんですね。無人店舗はタブレット端末があり、オンラインカウンセリングができると聞きましたが、リアルではなく画面越しだからこその新しい接客方法などはあるのでしょうか? 石田:話し方やご案内の仕方としては、実際に目の前にお客様がいるときと同じように接客しています。一点、オンラインならではの特徴としては、無人店舗のモニターに、お客様の肌をしっかりと見ることができるスペックのカメラをつけているということです。実際のリアル店舗では、気を遣ってしまいそこまで詳細に肌を見せていただくのは難しいケースもあるのですが、無人店舗のオンラインカウンセリングの場合、リアルよりはっきりとシミやシワを観察出来るため、商品のご案内などがしやすいという声があります。 あえて売り場案内をせず、「コスメ好き」が楽しめる仕掛けを 藤元:北尾さんにもお伺いします。テーマパークのように楽しい@cosmeの店舗は、いつも多くの人たちでにぎわっていますが、来店する理由、来店者の特徴などはありますか? 北尾:仮説になりますが、来店するお客様は、まず圧倒的に「コスメ好き」だと思います。普通の店舗は、看板や表示で売り場の案内をしていますが、われわれの店舗はスキンケアコーナー、メイクアップコーナーなど商品の種別で分けたり、百貨店の商品だけを一定エリアに集めたりもせず、目当てのものにすぐたどり着けるような形をあえてとっていないんです。 そうすることで、お客様はいろいろな商品に出会い、試し、先ほどお伝えしたように店舗で宝探しを楽しむことができるようになっています。目当ての商品だけに一直線にたどり着くのではなく、そうした宝探しの体験を「めんどくさい」ではなく楽しいと思って頂けるお客さまが数多くおられるため、多くの人でにぎわっています。 楽しんでいただける宝探しを提供できているかどうかを測る指標として、われわれは売上ではなく主に来店客数や買い上げ点数を追いかけており、一人あたりの買い上げ点数は専門店より多いことがわかっています。 ご紹介した大阪のサンプル自動販売機に関しても、オープン前から連日行列ができて好評なのですが、実は複数回来ている人はほぼいないんです。少なくともオープン以降の20日間で見ると、新規顧客の獲得にうまく機能していると考えています。 川連:サンプル自販機に商品をおいてもらうために、ブランド側は費用が必要になるのでしょうか。 北尾:このサンプル自販機は、我々としては1円も儲けないというスタンスでやっているんです。ただ、詰めないといけないので詰めるコストだけはブランドの方にご負担していただく形をとっています。 藤元:店舗で取得した顧客の情報は、ブランド側も見ることができるのでしょうか。 北尾:アイスタイル全体で行くと契約したブランド側に顧客のアクションなどのデータ提供いますが、実店舗のお客さまの行動をデータとしてお見せする事はまだできていません。来店者のうち何かを購入するのは約3割なのですが、7割の何も買わなかった来店者も、店内でいろいろな商品を触ったり試したりしています。ここをデータとして可視化できれば、マーケティング観点で大きな価値を持つのではと思っています。 過度なエンターテイメント、中途半端な接客… 課題の中で見えた、それぞれの顧客の期待値の可視化する難しさ 奥谷:化粧品業界というのはいい意味で情報と体験が両方求められているので、オムニチャネル化しやすいと思います。北尾さんがおっしゃったように、店舗とネット双方を活用してウィンウィンにするためには、エンターテイメントとエデュケーションがすごく大事で、それができる商品要素を持っているところは化粧品業界でなくてもすすめやすいですが、逆を言うとそれができないのにオムニチャネル化してもうまくいかないだろうなと改めて感じました。 顧客体験の向上を実現するためには、店舗スタッフの役割はすごく大事で、美容部員としてのプライドを保ちながら販売するという基本を抑えたエンターテイメントとエデュケーションが求められます。 一時アメリカの小売業では過度なエンターテイメントが登場しました。ショーフィールズという体験型店舗では、当初入口は滑り台になっており、期待感を持って入店しましたが、声をかけてくれる店員は誰もいない、という経験をしたこともあります。顧客が求めているのはほどよいリーテル・エンターテインメントであるということを忘れてはなりません。エデュケーションを備えたスタッフの接客が、デジタルを活用したパーソナライズ化がうまく機能すると、勝利の方程式になるんだなと感じました。 化粧品は真の接客と体験がありますが、そこには接客も中途半端なものはダメなんでしょう。小売り全般が「誰に対しても接客しないとならない」という方向に行くと、課題が出てきてしまうと思います。どういう顧客かを理解せず、誰に対しても「いらっしゃいませ」と丁寧に接すればそれが接客というのは間違いです。エデュケーションを備えた店員が、ロイヤルカスタマーになり得るような自社にとって必要な顧客に対し、その顧客が求める対応をパーソナライズ化するのが真の接客ではないでしょうか。 石田:中途半端な接客をしてはならないという点では、オルビスでも課題を感じることがあります。今は本当に多くの化粧品ブランドがあり、特に有楽町や恵比寿など、感度が高いお客様が多い店舗の場合、お客様はSNSなどでそれらの情報を詳細に取り入れてから来店されるのです。 突然聞いたこともないブランドの名前が出てきて、「これとどう違うの?」と聞かれたときに、いかに美容部員がプロとして対応できるか。人間の頭の対応だけでは難しい面もあると思いますが、そうした疑問に答えられるようにならないと、接客における差別化にならないのかもしれません。 北尾:過度なエンターテイメントに人がこないと言う話は共感ですね。大阪の店舗を作る際、いわゆる「映えスポット」が欲しいと思い、都内のいろんな旗艦店はどうやっているのか、見に行ったんです。しかし、フラッグショップがおそらく映えスポットとして用意した場所に、人が集まっていたことは一度もありませんでした。 矢野:私もアメリカの滑り台のある店舗に行ったことがありますが、どうしていいのかわからず、挙動不審になってしまいました。恥ずかしくなってしまい、「この気持ちをどこに持っていけば…」と感じたことを覚えています。強要される感じは私も嫌ですね。 中国やアメリカの店舗を見ると、設計が素晴らしいところはたくさんありますが、接客は日本の接客がいちばん身近に感じます。個人をみてくれているという意味で、お客様ファーストの精神は、日本はやはり秀でているのではと思いました。 奥谷:あえて議論のために言うと、かといって日本の接客はどの業界もすばらしいかというとそうではないという見方もできます。レジでおつりを両手で受け取るとか、全員でいらっしゃいませと言って声をかけるとか、そんなことは接客じゃないと感じるサービスもあります。接客を求めていない人もいるのに、必ず話しかけて、二言三言しゃべったものの話が続かないという事例などを見ると、そもそも何のために話しかけているのかと思ってしまうんです。 無人店舗が必要とされるように、接客を受けたくない人もいると考えると、どのような接客が求められているのかはまだまだ考える余地があると思います。 北尾:個人に応じた接客という点で、我々が今取り組んでいるのは、まず顧客に一声かけて、その上で「もし何かありましたらお声かけくださいと」と言って離れるようにしています。ただ、これが正解かどうかはわかりませんし、日本でもまだまだ磨かないといけないところなのかなと思います。 藤元:奥谷さんの言っていた「期待値」がキーワードになるかと思いました。期待が満たされた場合は「ありがとう」で終わりますが、期待値を超えるサービスに出会うと、人に話したくなるような感動を覚えます。期待値を把握し、さらに超えるというのは簡単ではありませんが、テクノロジーの活用などでできるのかどうか、大事になってくるかもしれませんね。 まとめ コロナ禍を経て社会が変革を迫られる中、海外では店舗自体の数が減っている地域もあるとされる。 厳しい環境にさらされる小売業界において、いかにワクワクするような顧客体験を生み出し、魅力ある店舗づくりをしていくのか。現状の課題や今後の期待が浮き彫りとなったフォーラムとなった。

  • 【イベント報告】人的資本経営時代における、リテール人材のあり方とは(8/30第59回NRLフォーラム)

    2023年8月31日、第59回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。 Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関して調査研究をしたり、マーケティング視点での提言を行ったりする任意団体である。 今回は「人的資本経営時代のリテール人材のあり方」をテーマに3人のゲスト講師が登壇しそれぞれの取り組みについて紹介したほか、Next Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われた。 未来に向けて求められる真の人的資本経営とは何なのかーー。リテール業界の抱える課題や対策とともに考察したフォーラムをレポートする。 目次) 講演 ・有価証券報告書から見えた現状と課題、これからの人的資本経営に必要な視点とは (田中弦氏:Unipos株式会社) ・パフォーマンス向上に寄与するタレントマネジメント、データ活用で見える企業の未来 (山夲哲平氏:株式会社プラスアルファ・コンサルティング) ・右肩上がりの成長と離職率半減の背景にある、「人は最も大切な財産」とする経営理念 (森茂樹氏:株式会社スギ薬局) ディスカッション ・多忙な人事担当者が、いかにして人的資本経営推進に携わるか ・価値観が変化する中、人的資本経営に必要な対策は ・経営戦略に人的資本経営を位置づけ、経営者と個人双方の視点を まとめ 登壇者) ■講師: 田中弦氏 Unipos株式会社代表取締役社長 山夲哲平氏 株式会社プラスアルファ・コンサルティング       タレントパレット事業部副事業部長 森茂樹氏 株式会社スギ薬局取締役管理本部長      株式会社MCS代表取締役社長      スギスマイル株式会社代表取締役社長 ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) 有価証券報告書から見えた現状と課題、 これからの人的資本経営に必要な視点とは (田中弦氏:Unipos株式会社) 最初に講演したのは、Unipos株式会社代表取締役社長の田中弦氏。Uniposは、従業員同士が感謝や称賛を伝え、インセンティブを送り合う仕組み「ピアボーナス」のサービスなどを通じ、企業のエンゲージメント向上やマネジメントの強化などをサポートしている。 2023年3月期決算から、有価証券報告書で人的資本経営の記載が義務付けられたことを受け、田中氏は「人的資本経営の最前線」と題し、企業がどのように人的資本に投資していくべきかを講演。数千に及ぶ企業の有価証券報告書を読み込んでわかった現状や今後の小売り企業に必要な取り組みなどを紹介した。 田中氏によると、現状では人的資本開示が充実している企業は約1割のみで、女性活躍・有給取得率等の数値開示にとどまっているものが多いという。「現状は厳しい」という認識を示した上で、まず、具体的な解決策の一つとして議論に用いるフレームワークが紹介された。 田中氏によると、人的資本経営について考える際、どうしても個別の施策の中身にばかり議論が行きがちだ。しかし、具体的な施策を考える前に、企業として目指す理想の姿や実現すべきパーパス・ミッションがあり、そことのギャップを課題として理解する必要がある。田中氏の提案する「課題は伸びしろフレームワーク」では、理想を確認し、現実とのギャップを課題として整理したうえで施策に落とし込み、アウトプットにつなげていくという、人的資本経営を考える上で必要なステップが示されている。 もう一点、田中氏が提示したのは、「人的資本経営の主役は社員一人一人」という観点だ。 「これまでは、従業員は会社のものだと捉えて経営している経営者が多かったと思います。しかしもともと人的資本はそれぞれ個人の持ち物です。それをどうやって組み合わせて組織的な人的資本に変えるかという意識が薄いのではないでしょうか」と指摘。前述のフレームワークを進化させ、会社視点ではなく従業員が主役となる情報開示をしている企業の実例について紹介した。 そのうちの一つ、総合商社の双日は、従業員を主語にしたエンゲージメントサーベイの結果を開示。会社が何をしたかではなく、従業員がどう感じているかという観点から、風通しがいいか、起業家精神を培っているか、従業員が成長できる風土かを示している。 また、イギリスの製薬メーカー・アストラゼネカは、「83%の従業員が、アストラゼネカには素直に発言できる文化があると感じている」という従業員のアンケート調査結果を用いて、心理的安全性が高い企業であることを提示。田中氏によると、日本では、心理的安全性と企業価値を結びつけることは、まだまだ一般的ではない。対して、従業員の声を企業価値を考えるストーリーの一つとして開示している姿勢から、アストラゼネカが従業員主体の人的資本経営を行っている企業だと見ることができるという。 講演で田中氏は、「指標の開示は、テクニック論ではなく、経営のやり方やポリシーをステークホルダーに伝える、社会との約束です。今回の開示義務化が、世の中が変わるきっかけになればいいなと思っています」と思いを述べた。 パフォーマンス向上に寄与するタレントマネジメント、 データ活用で見える企業の未来 (山夲哲平氏:株式会社プラスアルファ・コンサルティング) 次に登壇したのは、株式会社プラスアルファ・コンサルティング、 タレントパレット事業部副事業部長の山夲哲平氏。プラスアルファ・コンサルティングはタレントマネジメントシステムである「タレントパレット」や、テキストマイニングツール「見える化エンジン」などを提供しているシステムベンダーだ。講演では、人的資本経営をすすめる上で、タレントマネジメントをどう活用するか等についてシステムの説明を交え紹介した。 山夲氏のタレントパレット事業部では、、多くの企業の人事担当者と直接対話し、人材データを用いた人材戦略を支援している。人事担当者から現状をヒアリングしていると、「優秀な社員の離職をどう防ぐか」「次世代の経営人材をどう育成するか」などの共通した課題が、たびたび寄せられるという。 こうした課題を解決する手法として、山夲氏の提供しているシステムでは、マーケティングの考え方をタレントマネジメントに取り込んでいるという。小売業界におけるマーケティングでは、例えばBtoCで優良顧客をどう育てるか、サービスをどうやったら辞めずに使い続けてもらえるか、日常的にデータを分析しながら顧客とコミュニケーションをとるが、こうした場合の「顧客」を「社員」に置き換え、人事データを活用するという考え方だ。優良顧客を作るようにデータに基づき人材を育成し、顧客の離脱を防ぐように社員の離職防止策を検討する…そうした発想のもと、顧客の要望に耳を傾け、システムを磨き上げているという。 一方講演では、そもそもタレントマネジメントとは何を指し、何をするためのものなのか、というテーマにも言及。タレントマネジメントは「人材情報を集めたデータベースと評価ができるシステム」と思われることが多いが、山夲氏はそれに留まらず、さらにすすんだ目的のためにあるものだと考えている。 「あくまでこれが正解、というものはありませんが、タレントマネジメントとは、会社全体のパフォーマンスを上げることに寄与するものだとわれわれは考えています。単にデータを一元化する、評価をシステム化する、というだけではなく、それぞれの企業が抱える課題や経営戦略に即して、データを活用しパフォーマンス向上につながる仕組みを作り上げることが重要です」と考えを述べた。 一つの例として紹介されたのが、「人材のスキル・経験の見える化」を実現するための取り組み。システムに落とし込む上で重要なのは、経営と現場の社員、両方の視点にたった見える化をすることだという。例えば経営や人事目線では、どんなスキルを持った人材がどこにどれぐらいいるのかを可視化することで、適正配置や、次世代育成に向けた戦略をたてることが可能になる。あわせて、社員目線では、例えば目指したいポジションで求められる要素と現在の自分とのギャップ、その差を埋めるために自分が何をすべきかを把握することで、自律的なキャリア形成ができるようになる。 経営層や人事担当者だけではなく、現場の社員にとっても役に立つ環境を整えることで、社員自らデータを入力するなど人材情報がより充実し、パフォーマンス向上につながるシステムを整えることができるという。 山夲氏は講演の締めくくりとして、「会社全体のパフォーマンスを上げるためには、人材開発やエンゲージメント向上、評価制度のブラッシュアップなどさまざまな要素がありますが、それぞれの要素を独立して見るのではなく、掛け合わせることで企業価値を上げることができる、そう考えています。それを下支えするために、システムの提供を通じて、お客様の要望に答えられるよう努力を続けていきます」と語った。 右肩上がりの成長と離職率半減の背景にある、 「人は最も大切な財産」とする経営理念 (森茂樹氏:株式会社スギ薬局) 三人目の登壇者として講演したのは、株式会社スギ薬局取締役管理本部長の森茂樹氏。 スギホールディングスの傘下であるスギ薬局は、全国に1565店舗、正社員・パートナー社員あわせて約3700名の、スギ薬局グループの中核を担う巨大なドラッグストアチェーンだ。 森氏は総合スーパーで人事や事業部門の管理職、グループ子会社の社長などを経て、2017年にスギ薬局に入社。管理本部長として人事・総務・経理を担当しながら、グループ会社2社の社長を兼任している。現職では、これまでの豊富な経験を活かし、「人は最も大切な財産」を根幹とした人事戦略を推進している。 右肩上がりの成長を続けるスギ薬局が中期経営計画で掲げるのは、「2026年度売上高1兆円」という目標だ。そこを目指すためのさまざまな経営戦略の中で、「人財・組織の強化」は重要な役割を担っているという。具体的には、「人は財産」の考え方を中心に、社員の働きがい・健康・安全・ダイバーシティ・コンプライアンス風土改革・人財確保・人財育成という6つのキーワードを挙げ、それぞれ施策を打ち出している。 講演では、そのひとつとして、「職場の悩み・何でも相談ダイヤル」が紹介された。このダイヤルはどんな小さなことでも社員が匿名で相談できる窓口だ。それまでハラスメントなどの通報を受け付ける「コンプライアンス110番」という名称だったダイヤルを、2021年にその役割含めて変更した。 このような窓口を設置した目的は、心理的安全性やエンゲージメントを向上させ、リテンション対策とするためだ。森氏によると、小売業の離職理由で最も多いのは職場の人間関係。一見ささいなことに見える現場一人一人の悩みを聞きとる必要性を感じ、コンプライアンスに限らずより広範囲な相談を受け付ける場として設置した。 窓口を設置するだけではなく、必要に応じて人事担当と営業担当の両サイドから丁寧に聞き取りをすること、配置転換や上司教育など対策を実施すること、解決の好事例を社員教育に反映させること等、受け付けた相談への対応も徹底している。その結果、ダイヤル設置前に比べて、相談件数は約2倍に増え、離職率も半減した。 スギ薬局では他にも社員の声を聴く施策として、経営トップを含む役員の全店舗巡回、約35000人の従業員を対象としたアンケート調査などを実施。聞き取った課題に一つ一つ丁寧に対応することにより、社員から「自分の意見が反映されている」「会社が良い方向に変わってきたと感じる」などの声が寄せられているという。 森氏は「これまで人事や総務、営業などさまざまな仕事を経験してきましたが、共通して感じたのは、やっぱり最後は人だということです。どんなに素晴らしい経営戦略をたて施策を打ち出したとしても、特に小売りやサービス業の場合、最後に具現化するのは現場の方たちです。店舗に立つ一人一人が、さあがんばろうとやる気になれる環境になるよう、人財戦略を構築し、事業の成長につなげていきたいと考えています」と、取り組みの背景にある思いを語った。 【ディスカッション】人的資本経営時代のリテール人材のあり方 講演会に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。 ■ディスカッション参加フェロー ・一般社団法人社会的健康戦略研究所代表理事 浅野健一郎氏(ゲストフェロー) ・有限会社シンプル研究所代表取締役 坂野泰士氏 ・有限会社スタイルビズ代表取締役 村山らむね氏 多忙な人事担当者が、いかにして人的資本経営推進に携わるか 藤元:森さん(スギ薬局)にお聞きしたいのですが、人事担当者はどこの企業でも今、大変忙しい部署だと思います。そうした中、全社員を対象にしたアンケートや店舗訪問などの施策を行い全ての問題に対応しているというお話がありましたが、そこまでできる理由というのはどこにあるのでしょうか。いわゆる人事DXなど、工夫して業務の効率化をすすめて時間を捻出できているのか、それとも、リソース確保は厳しいけれども、必要な戦略として、人手をかけてでもやると決めているのでしょうか。 森氏:後者ですね。DXも現在進行形ですすめていますが、そこまで劇的に結果を出せているという段階にはまだありません。しかしそうではあっても、現状の課題の重要度を考えたときに、社員の離職防止や人材確保については最優先で対応する必要があると判断し、人事部の体制も優先的に強化して施策をすすめています。 藤元:なるほど。山夲さん(プラスアルファ・コンサルティング)にお尋ねしますが、やはりそうした忙しい、やるべきことが山積しているという状況を考えると、タレントマネジメントについてもまずは業務の効率化、DXをしたいという企業からの要望は多いのでしょうか。 山夲氏:そうですね。業務効率化はゴールではなく、本来やりたいことはその先にあるのですが、まず手元の大変さ、業務をなんとかしないと次に手が回らないという状況は多くの企業が抱えている課題だと思います。ただ、例えば人的資本経営に関しても、やるんだという強い意思をトップが持っている場合は、指示を受けた現場も人を増やしてでも優先的に取り組もうという状況になるのではないでしょうか。そこの温度感は企業によってだいぶ差があるように感じています。 藤元:その点、スギ薬局さんはトップの強い意思があったという理解でよいでしょうか。 森氏:はい。当社は創業当時から人に対する強い想いを理念として持っている会社だったので、いろいろな人材戦略をすすめやすい環境にあると思います。 価値観が変化する中、人的資本経営に必要な対策は 坂野氏:コロナ移行、特に若年層の行動が大きく変わってきて、顧客の動きが見えづらくなっているという声をよく聞きます。どうやって顧客と関係を築いたらよいかわからなくなってきたというのが、どの小売業でも共通したテーマになっているんです。例えば今までやってきた顧客管理の仕組み、ポイントプログラムや会員制度に反応しない、でも店には来ている、というわからない人たちがいて、そのボリュームがどんどん増えていると。おそらく人的資本の問題も同じことが起きていて、リテンションや採用という問題は社員の考えや行動がくみ取れなくなってきていることが関係しているのではと思っています。そのあたりについて、実際に変化を感じることはありますか? 森氏:Z世代に関わらず、X世代、Y世代も含めておそらく価値観が変わりつつあり、社員の感情が読みにくくなっているというのが実感です。例えば当社では、会社を残念ながら退職された社員を対象に離職理由を調査しているのですが、35歳以下の若手層の離職理由として最も多かったのはキャリアに関するものでした。自分としては給与や休暇日数が理由なのかなと考えていたのですが、若手層が求めているものはそこではなかったんですね。 そうしたキャリアアップをしたいという社員の希望に応えるため、自ら目指すポジションに手を挙げられる社内公募制度など、施策に結びつけているところです。自分が若手だった時の記憶から「きっとこうだろう」と想像すると現状とずれが生じてしまう、経験だけでは追いつかないような変化を現場では感じています。 山夲氏:当社に寄せられるお客様の中でも、研修系のサービスをご利用になる企業が非常に増えました。大手企業だと、社内研修ではなくアカデミーのような形で社内に講師を立てて学べる環境を整えているところも多いですね。特に若い人たちの間ではキャリアアップしたい、スキルを身に着けたい、という意識が強くなり、企業も学べる環境は福利厚生の一環だという考えになりつつあるのではないでしょうか。 村山:人的資本経営については、まだまだ開示が始まったばかりで、お手本となる一部の企業以外は横並びのような状況ですが、これから企業それぞれが自社の色を出し、本当の意味での人的資本経営に取り組んでいくのだろうと思っています。田中さん(Unipos)は人的資本に関する第一人者とも言える知見をお持ちですが、今後について、どのように変わっていくとお考えでしょうか。 田中:私は来年が勝負だと思っています。各企業の有価証券報告書に目を通して感じたことは、かなり進歩している、ということです。いい取り組みが出れば出るほど、企業が学ぶ速度も加速度的に変化していると感じます。開示の義務化はひとつのきっかけにすぎませんが、このスピードで学習がすすめば、人的資本に対する考え方が本当に変わるのではないか、という期待がありますね。 経営戦略に人的資本経営を位置づけ、経営者と個人双方の視点を 浅野氏:内部労働市場を効率的に形成するためにタレントマネジメントを活用するというのは、みなさん共通して認識しているところだと思います。一方で、内部で育てるのではなく、優秀な人材をいかに外からとってくるか、という考え方もあります。今後日本が世界で勝っていくという視点に立った際に、リスキリングを含め内部人材を育てるところに注力するのか、それとも海外のようにジョブ型に移行して専門職がいろいろな企業を経験する形になるのか、どちらの方向にすすむんでいくとお考えでしょうか。 山夲氏:非常に難しい問題ですね。現状からお話しすると、すでに多くの社員を抱えている企業の場合、ジョブ型に興味を持っていたとしても、すぐに全て切り替えるのはそもそも現実的ではないかと思います。やってみたいけれどいきなりはそこにすすめない、そうした中で、間をとって社内公募を取り入れている企業がすごく増えているのを感じますね。ジョブディスクリプションとまではいかずとも、求めるスキルや経験を定義して、そこに見合う人材を募る社内公募は、いわば社内のジョブ型採用とも言えるかもしれません。 外から専門スキルを持った人材を採用できれば良いですが、どんどん労働人口が減る中で、それができる業界・企業ばかりではありません。必要な人材を社内で育成するというやり方も一定量は日本の中で残り続けるのではないかと、個人的には思っています。 浅野氏:現在増えている、いわゆる「社内のジョブ制度」のような形が過渡期なのか、それとも日本の企業にとっての最適解なのか、非常に難しいですね。ありがとうございます。 私は健康経営やウェルビーイングの普及に向けた活動をしており、その観点からもお伺いさせてください。健康経営やウェルビーイング経営は、経営戦略といかに結びつけるかがとても大切です。人的資本経営も、開示が必要だからやるというのではなく、経営戦略の中の重要な一つとして位置づけられ、その中身を開示するというのが本来の姿なのですが、なかなかその考えが浸透しないという問題があると思っています。数多くの企業を調査してきた田中さんにお聞きしたいのですが、経営戦略の中に人的資本経営をしっかりと位置づけて、本質的に取り組んでいる企業の割合はどのくらいあると感じていますか? 田中氏:だいたい10%弱ぐらいだと思います。しかし、さらにそこに健康経営を加えているところはかなり少ないんです。私はやるべきだと思っているのですが、まだまだ少数派ですね。 開示情報を見ていて、一つ良い事例だと感じたのは、精密機器の伝動ベルトや工場の搬送ベルトなどを作っている「三ツ星ベルト」さんの取り組みです。この企業は若者の採用が人手不足でなかなかすすまない中、高齢化する社内技術者の健康を重要なテーマとして掲げており、健康に関する指標を決めてそれぞれのスコアをしっかりと追っているんです。経営戦略と人的資本経営、そして健康経営がしっかりと連動している好例ですね。 これができている企業は本当に少ないと感じていますが、改めて日本の企業を見てみると、社内の高齢化、若手の採用難というのは、ほとんどの企業が同じ状況のはずです。 浅野氏:確かに、少子高齢化で定年引き上げや高齢者の再雇用などの必要性が言われていますが、その方たちの健康や戦力をどうするのか、という点についてはあまり言及されていないかもしれないですね。 森:健康経営については、当社でも企業の成長の原動力になるという位置づけでいろいろな施策をすすめていますが、執行する上で、どうやったら幹部、そして社内全体にその意識を浸透させていくことができるか、その点についてどうお考えですか。 浅野:確実にパラダイムが変わっているということを経営者、個人双方が認識する必要があると思います。少子高齢化が急速にすすみ、若い労働力がどんどん減る中、社会を維持させるためには、高齢者が働くという選択をせざるを得ない状況に突入しています。 経営者の視点で言うと、若手にいかに来てもらうかだけではなく、80歳の人にいかに働き続けてもらうかを考えなければなりません。そして準備するのはもう今しかないんです。 そして個人の立場から見ると、自分は何歳まで働くのかということを、改めて考えることが必要です。自分の親世代は60歳で定年を迎え悠々自適の老後を送っていたかもしれませんが、自分たちは80歳まで仕事を続けているかもしれません。80歳まで働くために何が必要なのか。自分のスキルや経験だけではなく、資本としての体をどうしないといけないのか。そうした問題の重要性に気が付いた方は、行動が変わってくるのではないでしょうか。 森氏:ありがとうございます。私個人としても大変響いたお話です。当社は比較的平均年齢が若く、幹部社員含め、高齢化などについてまだまだ深く考えていない面があると思います。社員に自分事として捉えてもらうよう、振り返りの時間などを設け、健康経営の意識浸透に向けて対策を練りたいと思います。 まとめ まだまだ手探りですすめている企業も多い人的資本経営。しかし、少子高齢化の中、人的資本への投資が、企業の成長にとって重要な鍵となっていることは間違いない。特に深刻な人手不足という課題を抱える小売業にとっては、喫緊の課題とも言える。 各企業がどのように真の意味での人的資本経営を実現し、いかに企業の成長につなげていくのか━━、これからの取り組みが注目される。

  • 第58回Next Retail Labフォーラム開催レポート「生成AIの現在とリテールでこれから起こること ~わずか1ヶ月で起こった破壊と創生の軌跡~」

    【イベント報告】生成AIの現在とリテールでこれから起こること~わずか1ヶ月で起こった破壊と創生の軌跡~(6/22第58回NRLフォーラム) 6月22日、第58回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。 Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関して調査研究をしたり、マーケティング視点での提言を行ったりする任意団体である。 今回は話題の生成AIにフォーカスし、その現在地を見据えながら、リテールの未来にどのような影響を及ぼすのかを議論・考察した。講師としてTANREN株式会社 代表取締役の佐藤勝彦氏を迎え、短期間で起こった破壊と創生を踏まえて、独自の知見を共有してもらった。 TANREN株式会社 代表取締役 TANREN_CEO #OODA #EdTech #HRTech #SalesTech →マルチメディア時代の赤ペン先生アプリ“TANREN” 2015/04 ローンチ。 OODA組織マネージメントと、ルーブリック評価を軸とした組織変革でIVS/Eラーニングアワード/HRアワード/グッドデザイン受賞多数。 一般社団法人プレゼンテーション協会理事。 GPT-4登場と共に、自社プロダクトTANRENの大幅仕様変更を意思決定。 近日、GPT搭載版TANRENをローンチ予定。 ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) ■ディスカッション参加フェロー: ・比企宏之氏 LINE Corporation Technical Evangelism Team マネージャー ・島袋孝一氏 J.フロントリテイリング株式会社 グループデジタル統括部デジタル推進部 ・河野貴伸氏 株式会社フラクタ 代表取締役 目次 1 生成AIをどう使うか 1.1 今までのAIと生成AIの違い 1.2 AIとの対話攻略法「ゴールシークプロンプト」 2 AIの躍進で相対的に可視化される、人間が行う仕事の価値とは 3 AIの進化でリテールはどう変わるか 4 まとめ:共生の時代に向けて 1 生成AIをどう使うか 文章や画像を生成するAIは、登場からわずかな期間で、すでに様々な論点について議論されている。人間が時間をかけて行ってきた作業をあっという間に成し遂げる生成AIをどのように使うかという課題は、業種や職種にかかわらず向き合う必要があるといえるだろう。 まず佐藤氏は、講演のキーワードとして「ゴールシークプロンプト」を挙げた。これは「生成AIをどう使うか」を方向づける手法の一つであり、生成AIのポテンシャルをもっと活かすための思考フレームでもある。 1.1 今までのAIと生成AIの違い そもそも、これまでも様々な分野で活用されてきたAIと、昨今実用化されたばかりの生成AIの違いはどこにあるのか? フェローの比企氏は、この点について以下のように説明する。 「生成AIが登場するまでは、AIと人間の違いは、責任が取れるかどうかだと考えていた。しかし、生成AIを使いこなす佐藤氏と話してみて様々な気づきを得た。 例えば、人間の一人ひとりには限界のある知識や経験を大幅に拡張できる集合知として有用であるということ。 また、アプリの開発などで苦戦しているときに、最初から完成形を目指すのではなく、一度作ってだめだったらやり直すということをアジャイルに繰り返す方向に発想を切り替えることもできた」 生成AIの強みは、まさに何度も出力を繰り返しながら最適解に近づくことができる点にある。その最適解へとたどり着くための道筋を分かりやすい枠組みにしたものがゴールシークプロンプトである。 1.2 AIとの対話攻略法「ゴールシークプロンプト」 佐藤氏は、生成AIは全世界の知に通じているともいえる存在だが、ソースが膨大な分、その中から最適な答えを見つけ出すルートにも工夫が必要だ、と強調する。生成AIに対して曖昧なイメージを提示するだけでは、AIの出す答えにゆらぎが生じてしまう。さらに前述のとおり生成AIは、一度で最適解を導き出す検索ではなく、対話を通してゴールを追求するサービスと捉える必要がある。その対話をより良く成立させるためにゴールシークプロンプトがあるということだ。 なお、佐藤氏が紹介した以下のゴールシークプロンプトは、もともと海外のプロンプトエンジニアの間で使われていたものをもとに、林駿甫氏が日本語版として確立したものである。 ゴールシークプロンプトの概要:プロンプトに入力する内容と手順 ①役割(+知識)を決める ②ゴールを決める ③手順と変数を提示する ④制約条件を決める ⑤対話を通じてゴールを確定させる 例えば、「営業で使える商品紹介のトークスクリプトがほしい」と考えた場合、以下のような内容と手順でプロンプトに入力することで、AIと予めアウトプットイメージを共有することができ、最適解を探ることが容易になる。 ①役割(+知識)を決める →AIは全世界の知見を集約しており、何者にもなることができる。「あなたは一流のセールスパーソンです」といった役割を定義することで、任意の視点でのアウトプットを期待することができる。 また、「〇〇を熟知しています」といった文言を加え、特定の知識をアウトプットのベースとして指定することも可能である。 ②ゴールを決める →「新商品のセールストークスクリプトを構築することがゴールです」といった要領で、自分の目的あるいは求めるアウトプットを提示する。 ③手順と変数を提示する →特定の商品の特徴や最新情報を様々なWebサイトから取得した上で、それらを要約・考察したものを踏まえて文章を生成する…といった手順を示すことで、より最適解に近いアウトプットが可能になる。 変数とは、この例の場合「対象とする商品」「参照してほしいページのURL」などがそれにあたる。 ④制約条件を決める →出力される文章の長さや構成などのアウトラインを決めなければ、やはりゆらぎが生じる。「AIDMAの法則の構成に従ってください」「Markdown形式で記述してください」のように、求めるアウトプットの形式などを指示することが必要である。 ⑤対話を通じてゴールを確定させる ここまでのプロンプトを受けて出力されたものに対して、フィードバックしたり指示を追加したりしながら、最適解を探っていく。 加えて佐藤氏は講演の中で、上記のようなプロンプトによる生成AIとの対話をアプリの音声入力によって実演し、生成AIによるビジネスへの影響だけでなく、生成AIそのもののインターフェースも変わる未来をも示唆した。 2 AIの躍進で相対的に可視化される、人間が行う仕事の価値とは 講演後のパネルディスカッションでは、生成AIと人間の役割や、リテールにおける活用について、様々な意見が交わされた。一部を抜粋して紹介したい。 質問:今回の講演の中でトークスクリプトを生成したが、それを用いてトークすることは人間の役割として残るか? 佐藤氏:より面白いトークを追求できる人と、AIに一任する人に二極化すると思う。熱意すらもAIによるトークに反映できるようになれば、本質を見極めてトークしたいという人だけが残り、そうでない人は何もしなくてよいと考えてしまう。 島袋氏(フェロー):トーク力はこれまで現場で重視されてきたが、その捉え方が変わる可能性がある。人事評価も今までのものではなく新しい評価基準が必要になるだろう。 藤元:例えばスタッフスタートを利用してスキルを開花させている店員のような人が生成AIを活用すれば、もっと強力な武器になるということでもある。 比企氏(フェロー):これまで話を聞いた中で、24年卒から採用基準を変えるという経営層がいた。例えば「この人と飲みに行くと楽しい」「この人がいるから店舗に行く」という人間性重視にするとのこと。 佐藤氏:裏を返すと、テキストに置き換えられないものの価値が増幅するということでもある。抑揚や間のとり方、所作、ノンバーバル・コミュニケーションなどから得られる体験が重要。 河野氏(フェロー):24時間365日稼働できて、1対多数で対応できるAIを見ると、コミュニケーションの総量では勝てない。そのとき、人はどこで勝負するべきか。 藤元:そういう点では、やはり最初はサポートセンターなどから置き換わっていくのだろう。 比企氏:カスタマーサクセスを目指してサポートセンターに入社した人が、AIに置き換えられて社内失業が起こった事例を聞いたことがある。 佐藤氏:捉え方によって変わるが、AIが時間や場所に縛られずに稼働できることを前提とした新しい提供価値やサービスが生まれ、新しい接客ポイントが発生する。そこでAIよりも高いレベルの接客を目指す人にとってはチャンスでもあり、悲観することではない。 3 AIの進化でリテールはどう変わるか 続いて、購買体験がAIによってどのように変化するかというトピックについても議論となった。 質問:現状のECは自分でカタログから選んで購入フローをこなす自動販売機のようなシステムが多いが、AIによってチャットコマースが普及し受け入れられると、今のようなECはなくなるのか。 佐藤氏:ターゲットをセグメントごとに捉えるマーケティングではどうしても取りこぼしが出るところを、AIを活用することで一人ひとり全員に向き合ったパーソナライズが実現できる。ECであれば、アクセスした瞬間に過去のデータを参照して、個人に合わせた体験を提供するようになる。 島袋氏:相手がAIだとしても、顧客がワクワクドキドキできる余白をどう作れるか、寄り道をしたくなるような遊び心のある仕組みを考えていきたい。 河野氏:現在の現実世界を模したECのような、「カゴに入れる」といった購買行動上の分かりやすさは、間にAIが入ることで不要になる。例えば「洗剤が切れそうなので買っておいて、もし安くなっているお店があったらそこを優先して」という指示で済む。だからこそ今で言うレコードのように、手間がかかっても楽しいものは残るだろうが、ほとんどはそのように視覚的なUIが不要のAIによる外商方式に変わり、AIに対応するデータを用意できないECは生き残れないのではないか。 4 まとめ:共生の時代に向けて LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)によるAIの飛躍的な向上を経て、シンギュラリティはこれまで以上に接近してきたと言える。さらにAGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)やASI(Artificial Super Intelligence:人工超知能)のビジョンも見えてきた中で、人間にはどのような姿勢・行動が求められるのか。 佐藤氏は「AIとの協働、AIがある前提でのものづくりという観点が重要だ」と語る。今回紹介してもらったゴールシークプロンプトなどはその考え方を内包しており、今後この手法自体は不要になる時代が来るとしても、「AIをどう捉え、どのようなゴールに向かって人間とどう役割分担させるか」といった根本にある視点を意識すること、それを生成AIが登場したばかりの今から身につけておくことが、来るAIとの共生時代を迎えるための下地となるだろう。 主催:Next Retail Lab 問い合わせ先 電話:03-6427-9470 e-mail:info@nrl-lab.net

  • 第57回Next Retail Labフォーラムレポート「メタバースとリアルの融合がもたらす顧客の新体験価値」

    【イベント報告】メタバースとリアルの融合がもたらす顧客の新体験価値(5/26第57回NRLフォーラム) 5月26日、第57回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。 Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関して調査研究をしたり、マーケティング視点での提言を行ったりする任意団体である。 定期的に開催されているフォーラムの第57回目となる今回は、メタバースとリアルの融合をテーマに、株式会社ジェイアール東日本企画(以下「JR東日本企画」)の光富 憲太朗 氏と株式会社GARDE(以下「GARDE」)の石川 渡 氏を招き、今後の展望や課題についてディスカッションした。 出版社、FMラジオ局勤務を経て、2007年株式会社ジェイアール東日本企画入社、プロモーション局(現エクスペリエンシャル・プロモーション局)に配属。JR東日本を始め、様々な業種のクライアントのプロモーション業務を担当。 主な業務:大型商業施設 開発/開業関連事業、外資系食品会社 アンバサダー・プログラム支援プロモーション、国内食品会社 新商品開発コンサルティング/プロデュース  他多数。 最近の担当業務:JR東日本 高輪ゲートウェイ駅開業イベント「Takanawa Gateway Fest」、J-WAVE NIHONMONO LOUNGE 施設プロデュース(J-WAVE、サニーサイドアップ/中田英寿氏と共同事業)など。 受賞歴:第10回 JPMプランニング・ソリューション・アワード ブランディング・キャンペーン銀賞受賞 企画開発事業部、シニアディレクター、ファーストクラスアーキテクト としてイタリアで4年働いた後、株式会社GARDEに入社。 2014年にソウルDoota SCのリニューアルを成功させた。2016年には世界的に有名なビデオゲームクリエイター、小島秀夫のオフィスを設計プロデュース。 近年は、再開発や複合施設、レジデンス開発等におけるバリューアップ企画や事業計画の策定、マッチング業務、リーシングサポートに従事している。 国内・海外のプロジェクトにおける最大バリューを付加する責務に従事する企画開発事業部の事業部長 建築・デザインから、企画やコンテンツに精通した知見を持ち合わせ、幅広くクライアント様の事業における最大バリューを生み出す事を得意としている。 ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) ■ディスカッション参加フェロー: ・坂野 泰士氏 有限会社シンプル研究所 代表取締役 ・高野 一朗氏 モーターホーム株式会社 代表取締役 ・洞本 宗和氏 J.フロント リテイリング株式会社 グループデジタル統括部 デジタル推進部 専任部長 目次 1 JR東日本グループでのメタバースの取り組み 1.1 JR東日本グループのメタバースVirtual AKIBA World 1.2 デジタル化が進んだ未来で、鉄道はどうなる? 2 現実のデザインに強みがある企業ならではのメタバース開発 3 リテールでメタバースを上手く活用するには? 4 まとめ JR東日本グループでのメタバースの取り組み JR東日本グループは2021年に「Beyond Stations構想」を掲げ、駅を交通の拠点からヒト・モノ・コトがつながる暮らしのプラットフォームへと転換するよう取り組みを始めた。 かねてよりメタバースの研究を行っていたJR東日本企画は、JR東日本、HIKKYとともに、その取り組みの中でメタバース上の駅=Virtual AKIBA Wordを開発した。 1. JR東日本グループのメタバースVirtual AKIBA World Virtual AKIBA Wordは、現実の秋葉原駅およびその周辺エリアを再現したJR東日本オリジナルのバーチャル空間だ。「シン・ゴジラ」「シン・ウルトラマン」「シン・エヴァンゲリオン」「シン・仮面ライダー」の4作品とのコラボにより「シン・秋葉原駅」と銘打っている。 出典:光富氏資料 2022年春頃に実施されたVirtual AKIBA Worldの開業プロモーションでは、「メタバースの可視化」の象徴として、現実の秋葉原駅にメタバースの入り口となる近未来的なモニュメントを設置した。モニュメントに貼ってあるQRコードからメタバース空間に入ることができ、リアルとバーチャルが融合する体験を提供した。 出典:光富氏資料 2. デジタル化が進んだ未来で、鉄道はどうなる? 光富氏は「デジタルのリアル化はメタバース、リアルのデジタル化はARと、それぞれ異なる役割の技術がある」と話す。 鉄道の役割やサービスを考える上で、移動中の電車内だけではなく、生活動線、エキナカの施設、メタバースを含めた総合的な体験価値という視点が必要であると光富氏は提言している。 現実のデザインに強みがある企業ならではのメタバース開発 GARDEはブランディング・デザイン会社として、リテール、オフィス、レジデンス、ホテルや飲食、複合施設など様々な分野の空間やインテリアのデザインを行っている。培ってきた現実世界のインテリアデザインの力をバーチャルの世界でも活かせるのではないかということで、2023年からメタバース事業にも参入している。 GARDEが開発したメタバースプラットフォームでは、水辺の映り込みや服の皺など細かいところまでリアリティを追求して作り込まれている。 出典:石川氏資料 世界の作り込みだけではなく、バーチャル空間内の美術館内部では、各クリエイターの作品案内からECサイトに飛んで作品を購入することができるようになっているなど、販売機会も創出している。 将来的にはNFTアートも取り入れ、オークションなどもしたいと構想しているという。 出典:石川氏資料 石川氏は「今は、一人の人間の物理的な身体に一つの人格と居場所があると考えられているが、メタバースが一般化すれば、プラットフォームごとにアバターを変えたり、自分の気分に合わせてアバターを使い分けたりするようになるだろう」「さらに先になれば、メタバースだけどリアルっぽい、リアルだけどメタバースっぽいというサービスや利用シーンが増えて、ボーダーレスになっていくだろう」と話す。 リテールでメタバースを上手く活用するには? 光富氏と石川氏の講演に続いて、会場ではフェローを交えたディスカッションや質疑応答が行われた。その一部を抜粋して紹介する。 藤元(モデレーター):メタバースやVRの没入感については、今のデバイスでも十分演出できると感じている。VRの作品で身体を動かす作品を体験したときに、身体感覚が変わったと感じた。 光富氏:メタバースやVRがこれからさらに進化する上で重要なのは、没入感よりもコミュニケーションかもしれない。Oculusを体験したとき、知らない外国人が話しかけてくれたのがとても嬉しかったことを覚えている。現在の取り組みでもコミュニケーションを重視している。 高野氏(フェロー):顧客の体験価値について。現在の小売は既存のお客様をどう維持・満足させていくことが中心となっている。その中で、メタバースをコミュニティとして使えるのではないかと各所で検討されている。どこかに人を集めたり、または自宅でVRやARを体験してもらうなど何かできることはあると思っている。 洞本氏(フェロー): 株式会社HIKKY主催のバーチャルマーケットでそのような取り組みに挑戦したことがある。バーチャルマーケットからECサイトに誘導しようと試してみたが、ゴーグルをつけた状態から平面のECサイトに飛ぶという導線は、UXがよくなく買い物のワクワク感が提供できない。 光富氏:おっしゃるように、VRとECサイトを直接つなぐのはまだ難しく、VRで囲い込むのではなく、ブランドファンを維持していくためのツールになると考えている。また、リアルのものをデジタル化するだけではなく、デジタルのものをリアルのショップで売るOMOにも挑戦しようとしている。つまり、クリエイターによるデジタルの作品を物理商品のように並べるなど、リアルとバーチャルをクロスさせ、リアルの場で見せることが鍵と考えている。 石川氏:VRの可能性を探求してきたが、自分たちが生きているのはリアルの世界。VRは異次元であることの良さがあるが、現実をベースに現実ではない感覚を演出できるのはARであり、ARでできることにももっと広がりがある。 坂野氏(フェロー):コマースはVRよりもARのほうが向いているということだと考える。VRはインドアで付加価値の高い体験を提供するためのツールで、例えばテーマパークなどを再現した上で、リアルではできないことができる空間になれば、ファンは喜んでくれるのではないか。そのための入り口として、GARDEのメタバースでギャラリーを作ったというお話がしっくりきた。 まとめ リテール分野でメタバースを上手く活用するためには、バーチャルの世界の展開だけを考えるのではなく、リアルとメタバースをどう融合させて顧客に心躍る体験を提供できるかが重要だ。 そして、リアルとバーチャルを組み合わせた付加価値の高い体験を提供するためには、VRやARのような技術をどのように使い分けるかが鍵となる。 【次回開催のご案内】 日時:6月22日(木)19時~21時 タイトル:「生成AIの現在とリテールでこれから起こること ~わずか1ヶ月で起こった破壊と創生の軌跡~」 リアル会場では、講師やフェローとの交流会があり、オンライン配信も予定している。 詳しくはコチラから(第58回のリンクを貼る) 主催:Next Retail Lab 問い合わせ先 電話:03-6427-9470 e-mail:info@nrl-lab.net

  • 第56回Next Retail Labフォーラム開催レポート「WEB3・メタバース・NFTとマーケティング/リテール」

    【イベント報告】 WEB3・メタバース・NFTとマーケティング/リテール(2/22第56回NRLフォーラム) 2月22日、第56回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。 Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関して調査研究をしたり、マーケティング視点での提言を行ったりする任意団体である。 定期的に開催されているフォーラムの第56回目となる今回は、注目度が高まるWeb3やメタバースなどをテーマに、最前線でサービスを展開しているトップランナーたちが、今後の展望や課題についてディスカッションした。 さわえみか 氏 https://vket.com/ 株式会社HIKKY 取締役COO・CQO・クリエイティブディレクター プロヘアメイクからイラストレーターへ転身、マルチコンテンツ制作を続ける。スマートフォンゲーム開発やウォルト・ディズニー等のプロモーション業務を通してアートディレクターに転身、ヒットコンテンツを多数世に贈りだす。2017年末からVR空間での活動を開始。HIKKYのクリエイティブ全体を統括。プラットフォームの枠組みを超え、誰もが自由にメタバースを行き来できる未来を目指している。 深谷尚史 氏 電通 事業共創局プロジェクト推進部ゼネラル・マネージャー(コミュニティ開発部ゼネラル・マネージャー) 営業(松下電器担当)、テレビ局、営業(花王担当 メディア&ブランド)、上海赴任 2012年〜2017年、ビジネスプロデューサー(花王担当 ブランド)、事業共創局(コミュニティ、web3/NFT)を経て、現職。電通グループ横断組織 web3 clubでの活動も行っている。 竹内 一博氏 株式会社DONUTS 経営企画室 プロジェクトマネージャー 2002年より、スタートアップから一部上場企業まで複数のIT企業で開発現場マネージャー、部門長などを経験。 開発部門の責任者として新卒・中途の採用面接を行ってきた。 2020年より株式会社DONUTSにて現職に従事、関連会社の開発部門責任者および新規SaaSプロダクト開発を担当。 塚本陽一氏 株式会社REJECT 執行役員事業統括本部長 2001年株式会社エフエム東京に入社。電通、オプトなどを経てKDDI 株式会社に入社。宣伝部担当部長、デジタル マーケティング部長としてauのブランド強化と事業拡大に貢献。 カブドットコム証券(現auカブコム証券)の執行役を経て、2019年4月B.MARKETING株式会社 取締役に就任。日本バスケットボール協会とB.LEAGUEのマーケティングを統括し、ファンベースの拡大を推進。 2021年7月メルカリMarketing Directorに着任。マーケットプレイス事業の成長に寄与。 2023年1月より現職。 野山嶺氏 株式会社REJECT 新規事業開発室長 兼 事業統括本部営業部長 同志社大学商学部卒業。 2018年4月P&Gジャパン合同会社に入社。 P&Gでは、家電ブランド「Braun」「OralB」のECモールやTVショッピング、家電量販店など10以上の小売店での営業責任者として、売上成長に寄与。2021年3月より現職。 ■主催・モデレーター:江端浩人 江端浩人事務所代表 次世代マーケティングプラットフォーム研究会 主宰 ■主催・ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■共催・進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) ■グラレコ:松田 海 氏 グラフィックレコーダー http://orangemotion.strikingly.com/ ■会場:iU情報経営イノベーション専門職大学 竹芝サテライトオフィス 目次 1 トップランナーたちが独自の取り組みを紹介 1.1 必要なのは「楽しい」こと、誰もがバーチャル空間に来るきかっけを 1.2 青森ねぶたの下絵をNFTで販売、テクノロジーを活用し文化と人々の想いを継承する 1.3 推しと二人きりでVR空間に…Web3を使ったVTuber関連サービス 1.4 巨大なプラットフォームであるゲームを活用し、メタバース事業の課題を解決 2 NFTは一般にハードルが高い?普及するポイントとは 3 まとめ トップランナーたちが独自の取り組みを紹介 フォーラム前半では、今回のテーマであるWeb3やメタバースなどに取り組む4つの企業の担当者が登壇し、それぞれが展開する独自のサービスについて紹介した。 ゲスト講師による各講演をまとめたグラレコ ■必要なのは「楽しい」こと、誰もがバーチャル空間に来るきかっけを さわえみか氏:株式会社HIKKYクリエイティブディレクター、取締役COO HIKKYはメタバースイベントの企画運営や、VRエンジンの提供などを手掛けている。役員もそれぞれアバターを持ち、中には現実世界をリタイアし、リアルの顔も本名も明かさないまま働いている役員もいるという。 HIKKYはバーチャル空間最大級のマーケットフィスティバル、「バーチャルマーケット」を開催している。世界中から100万人以上が来場するVRイベントで、メタバース上の会場には数多くの企業が出展。VR空間で買い物をしたりライブに行ったり、VRならではの体験ができる。 さらにこの春、「My Vket(マイブイケット)」をリリース。5億通り以上のアバター作成が可能で誰でも簡単にアバターやバーチャルルームを持てる、新メタバースサービスを展開している。 さわえ氏はバーチャルマーケットを含め、メタバースはクリエイターが「楽しい思える環境で作ることが大切」と話す。「全人類がバーチャル空間に来るきっかけをつくりたい」という思いで、日々楽しみながら、ユーザーが楽しめるさまざまな仕組みを発信している。 ■青森ねぶたの下絵をNFTで販売、テクノロジーを活用し文化と人々の想いを継承する 深谷尚史氏:電通事業共創局プロジェクト推進部ゼネラル・マネージャー 電通は昨年、グループを横断して顧客企業のWeb3関連ビジネスを支援する「web3 club」を発足させた。 web3 club ではテクノロジーの進化に加え、今社会に起きている大きな変化への対応をテーマに掲げ、とりわけマーケティング、クリエイター、メディア、デジタルエコノミーの4つの変化に対応するさまざまな施策に取り組んでいる。 その一つとして、デジタル経済化が進む中、DX化が遅れ課題を抱えている地方を支援するために企画されたのが「青森ねぶた祭NFT化プロジェクト」だ。 ねぶたの山車は3カ月にも及ぶ時間と2000万円の費用、そして作り手の想いを込めて制作されるが、その大きさから保存が難しく、祭りのあとは毎年壊される運命にある。この企画は、ブロックチェーン技術を使ってねぶたの下絵をNFT化し、作品を後世に残すとともに、販売金額の一部を寄付して地方支援につなげることを目指したものだ。青森のねぶた師と現代アーティストがコラボレーションした作品などを作り、NFTとして販売。また、2023年のふるさと納税返礼品としても活用している。 同様の課題をかかえる地方を支援するため、今後はこの仕組みを、日本全国の祭り、伝統芸能、文化の継承に役立てていく計画だ。 ■推しと二人きりでVR空間に…Web3を使ったVTuber関連サービス 竹内一博氏:株式会社DONUTS経営企画室プロジェクトマネージャー DONUTSはクラウドサービス、動画・ライブ配信、メディアなど多くの事業を展開している。数年前から力を入れているのがVTuber関連のサービスだ。 2021年にスタートした「ときめきVR」は、ファンが推しのVTuberと一対一で話すことができるプラットフォームで、現在およそ900名のVTuberが登録している。元々、VTuberにはアイドルの握手会をZoomで再現したりDiscordの通話などを使いファンと1on1で交流したりする文化がある。VR空間を使ってより臨場感ある体験を提供しようとしたのがこのサービスの始まりだ。ユーザーはVRヘッドセットでも、スマホでも好きな端末から参加ができる。 接続にはWebRTC(Web Real-Time Communication)という技術を使い、VTuberとファンをP2P通信でサーバーを通さずつないでいる。この仕組みによって、どれだけ多くの人が同時に接続してもシステムが落ちることなくサービスを提供できる。またログが残らないため会話内容についても外部に漏れる心配がない。 竹内氏は、「VTuberは一般的にはまだなじみがない世界かもしれないが、実は、こんなところにもWeb3が使われている」と紹介した。 DONUTSでは、今後VTuberだけではなく、360度カメラで撮影した実写映像をリアルタイムで送信し、VR空間で実際のアイドルと二人きりになれるサービスを展開する予定だ。 ■巨大なプラットフォームであるゲームを活用し、メタバース事業の課題を解決 塚本 陽一氏:株式会社REJECT 執行役員事業統括本部長 野山 嶺氏:株式会社REJECT 新規事業開発室長 兼 事業統括本部営業部長 REJECTはプロeスポーツチーム「REJECT」の運営を軸に、タレントビジネス、大会・イベント運営、メタバースなどの事業を展開している。ゲームに関連するさまざまな事業を通して、新たなゲームカルチャーの想像とコミュニティの形成を目指す組織だ。 REJECTが現在取り組んでいるのが、大型メタバースプラットフォームでもある世界的な人気ゲーム「Fortnite」を活用したメタバース事業。メタバース事業に取り組む企業は増えてきているものの、若い人が集まらない、リアリティあるメタバース空間ができない、利用者が少ないといった悩みを抱え、なかなかうまくいかないケースが多いという。REJECTでは3.5億人以上が登録するFortniteをベースに、REJECT所属のクリエイターなど自社のアセットを活用することで、こうした課題を解決できると考えている。 例えば、制作したメタバースの知名度を高めるために、著名なYouTuberなどのインフルエンサーを招致して大会を開催。大会運営のノウハウやインフルエンサーとのコネクションを使い、制作するだけではなく、拡散し人を集めることもできる点が大きな強みだという。 塚本氏は今後の展望として、「eスポーツ、メタバースをいっときのムーブメントで終わらせたくない。本質がどこにあり、企業のビジネスやマーケティング活動にどう寄り添い課題解決につなげていくのか、愚直にトライしていきたい」と話している。 NFTは一般にハードルが高い?普及するポイントとは パネリストの発表に続き、会場ではディスカッションや質疑応答が行われた。一部を抜粋して紹介する。 質問:NFTはまだハードルが高く、売れているのは一部の人にとどまっている。自分でも作ってあげてみたが、かなり大変だった。また、個人的には、NFTを単体で売るのはなく、メタバースなど何かと組み合わせた方が価値は上がるのではと感じている。一般にNFTを普及させることは可能なのか、それぞれの立場でどう考えるか。 深谷氏;仮想通貨とウォレットを持つという点が、NFT普及を目指すときにぶつかる現時点での非常に大きな障壁だと思っている。ウォレットと暗号資産取引所の口座をコンバインできるなど、今後新しいサービスが出てくれば、その点での障壁は下がるはずだ。 一方でNFTを出せば高値がつくという状況は崩れ去っている。これからNFTを一般の人に広げていくには付加価値が重要で、メタバースも有効な手段の1つだと思う。ほかにも例えば、リアルで何かに参加できるなど、付加価値の作り方はたくさんある。NFTにどのような付加価値を加えるかが、今後の重要なポイントになるだろう。 竹内氏:ものをつくる仕事をしている立場とすると、技術としてNFTを選択すべき理由があるかどうかが重要。NFTにもいろいろあり、再販売不可のものもあれば貸せるもの、償却されるものもある。それぞれいわば技術によるもので、コードの進化にともなってとりうる選択肢も増えていく。達成すべき目標を達成するのにそのほうが有利ならNFTを使うし、ニーズがあれば技術も進化するはずだ。 例えば先ほどのねぶたの下絵をNFT化する話で考えると、NFT化することでねぶたが世界に認知されていく。すごいな、観に行きたいなと思ったら、メタバースでやっている。メタバースの中で、ラスベガスの隣でねぶたを楽しめる…そうしたものが全部あわさってひとつの文化、マーケットを作っていくのでは。ひとつの入口として、NFTはいいアイテムだと思っている。 質問:日本のメタバース、取り組みの位置づけをどう感じているか。加速させようと思うと何が必要か。 さわい氏:リアルな延長線上で自分のアイデンティティを持って参加している人たちと、ビジネスで何かをしようとしている人たちで、現在は溝がある。例えば若いクリエイターのコミュニティはビジネスの側面が強いものが入ってくるのを嫌い、相容れない状況で、下手をすると炎上してしまう。 これから必要になってくるのは、そうした対立をなくして、メタバースに関わる人たちが、いろいろなメタバースの文化や、他で何をやっているのかを知り、いいところを取り込んでいくことではないか。そうしたことができる仕組みが発明されていく時期なのではと感じている。 塚本氏:今は、ビジネスとして、企業がマーケティングしてどう活用するかという点に議論がいきがちで、お客様や体験する人にとって、それがないと何がだめなのか、どういういう形でそれが必要かという議論がおざなりになっている。自分の反省も含め、何ができるっけという話がつい先行してしまう。 自分たちがやっていることは企業にとってだけではなく、その先にいるお客様、生活者にどんな体験を提供 できているのか。メタバースがあり、その中でどんな価値を提供できているのか。それをつきつめるといい 形でソリューションが深化し、その先にWeb3やメタバースの未来が日本でもみえてくるのではないかと感 じている。 江端氏:プラットフォーム戦略という言葉が昔あったが、ブラウザというインターフェイスしかない時代 は、いわゆる囲い込み合戦が繰り広げられていた。対して、Web3は解放合戦になるのではないか。対立する のではなく、全体がプラットフォームとしてうまく機能していくことで、そこにネットワーク効果が生まれ るのではと感じている。きょうの話を聞き、気付きを得た点だ。 パネルディスカッションの内容をまとめたグラレコ まとめ Web3・メタバース・NFTなど、新しいテクノロジーが注目を集め、ビジネスシーンでもさまざまな取り組みが始まっている。しかし、画期的で新しいサービスを提供できる可能性を秘める一方で、人々に必要とされ、価値を提供できるまでにはさまざまな課題がある。テクノロジーの進化とともに、時代にあった利用シーンを創造し、より豊かな社会につなげることができるのか、今後の動向が注目される。 主催:Next Retail Lab、NMPLAB Next Retail Lab問い合わせ先 電話:03-6427-9470 e-mail:info@nrl-lab.net

  • 第55回Next Retail Labフォーラム開催レポート「日本橋いづもや三代目の四方山話~鰻文化の過去と未来~」

    【イベント報告】日本橋いづもや三代目の四方山話~鰻文化の過去と未来~(1/26第55回NRLフォーラム) 1月26日、第55回目になるNext Retail Labフォーラムが開催された。 今回はゲスト講師に岩本公宏氏(いづもや/三代目)をお招きし、「日本橋いづもや三代目の四方山話~鰻文化の過去と未来~」をテーマにご講演いただき、フェローを交えたディスカッションを行った。 岩本公宏 氏 1975年10月2日、東京都中央区生まれ。大学卒業後、横浜にある老舗鰻店「わかな」で修業したのち、いづもや初代・祖母の他界をきっかけに「日本橋 いづもや」へ入店。 2003年から7年間「日本橋 いづもや 三越店」の店長を務める。現在は江戸通り沿いにある本館で腕を振るい、鰻文化の継承のため尽力している。 ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) ■ディスカッション参加フェロー: ・坂野 泰士 氏 有限会社シンプル研究所 代表取締役 ・川連 一豊 氏  JECCICAジャパンEコマースコンサルタント協会 代表理事 ・山本 貴大 氏  株式会社山本海苔店 代表取締役社長 目次 1 鰻業界の課題 2 伝統の味を未来につなげるために 2.1 ①店の発展 2.2 ②後進の育成 3 まとめ 鰻業界の課題 創業から70余年の歴史を持つ鰻 いづもやは、東京・日本橋に本店、日本橋三越店に出店している鰻屋だ。戦後間もない時期に創業し、社会や環境の変化がある中で、地道な努力により伝統的な鰻の味を次の世代に受け継ごうとしている。 鰻は近年、稚魚の不漁が話題になっている。鰻の稚魚であるシラスウナギは、1kgの取引価格が400万円を超えた年もあったそうだ。 業界としては鰻の完全養殖を待ち望んでいるのが現状だという。鰻の完全養殖とは、出荷予定の天然鰻や養殖鰻の中から一部を養殖用に残し、卵が孵って成魚になるまで育てる養殖方法を指す。 同じく海産物を取り扱う山本海苔店の山本氏より、養殖方法へのこだわりについて質問があった。 山本氏:温暖化で海苔も捕獲量が少なくなっている。養殖の話も出るがコストが高く難しい状況だ。鰻の場合、なぜそこまでして完全養殖に力を入れるのか気になる。 岩本氏:鰻は育てた後、出荷して食べる流れができているために、そのままのサイクルを続けると鰻を根絶やしにする状態になっている。養殖鰻を育てるためにも天然鰻が必要だが、どちらも捕獲され食べられている状況だ。生態系や環境問題の観点からも、現状には課題が多い。安定して鰻を食べてもらいたいからこそ、鰻の完全養殖化が必要と考えている。 伝統の味を未来につなげるために ① 店の発展に向けて 岩本氏は店の発展のために、2つの取組みを行った。料理の提供方法の工夫と、さまざまな料理組合や団体といった店の外での経験を積むことだ。 料理の提供方法について、入社してすぐに出店が決まった日本橋三越店で様々な工夫を凝らしたと岩本氏は語る。 日本橋三越は子供の頃から通っていたデパートだからこそ、岩本氏も来店客が本物の味を知っていることをよく理解していた。そのお客様が満足するものを提供しなければならないと考え、一番美味しいと思う焼きたてを提供するようにしたという。 しかし、注文が入ってから焼くため時間がかかり、来店客は帰ってしまう。さらには、先代である父や三越の社員からも批判され、すぐには結果が出ない日々が続いたそうだ。それでも岩本氏は、徐々に手応えを感じ、一人ひとり、店舗従業員に接客の仕方を説明し、前もって予約してもらうことで焼きたてを提供するというアプローチで、業績の回復に結びつけた。 いづもやではコース料理も提供している。しかし、最後の鰻重が運ばれる前に、刺身やお碗や揚げ物といった他の料理で満腹になってしまうお客様が多く、鰻重が持ち帰りになることも少なくなかった。そこで、せっかくなら鰻を満喫してもらいたいと考えた岩本氏は、鰻づくしのコースを開発した。鰻が入った卵焼きや白焼きなどをメインの前に出すことで、鰻重を食べることができずとも鰻料理を楽しむことができるということだ。 また、料理組合などの外部団体では、他のお店の人と繋がり、交流することで様々な知見を得たという。 例えば、天ぷら店の人には天汁の配合を、寿司店の人には質の良いワサビの産地などを積極的に質問し、交流を持った人のお店にも足を運んだ。同様に、自分が他店の若手料理人にお店の秘訣を質問されたときには答える。そうして知識を継承することこそが、伝統文化をつなぐと岩本氏は考えている。 ② 後進の育成 岩本氏は鰻業界の発展を目指して、商品・サービスの向上だけでなく、後進の育成にも力を入れている。 若手の人材が少ないことが目下の課題でもあるため、まず何よりも魅力的な職場づくりが重要だと岩本氏は話す。 まず、新しい人材には、下積み仕事をしてもらうだけではなく、先輩や職人が直接仕事を教えている。昔は「時間がかかっても仕事は見て覚えてもらう」というやり方であったため、その厳しさに耐えた人材だけが残っていたが、少ない若手になるべく長く鰻業界で仕事をしてもらうため、やりがいを感じられる職場づくりを行っている。 また、一通り仕事ができるようになったら他の鰻店に移ることも重視している。今や業界は慢性的に人手不足であり、ある程度仕事ができる若手人材にはどんどん仕事を任せられる。仕事を任されることで若手人材にも自信やプライドがつき、プライドにかけて腕を磨くように努力するようになる。その結果、1~2年すると若手が一人前の職人になる。育った職人は新しい若手人材がやってきたときに、自分が教わったように仕事を教えようという好循環が生まれる。 岩本氏は鰻業界の20年後、30年後を見据えて、そうした好循環を生み出そうとしているのだ。 後進の育成について、ディスカッションでも掘り下げる質問が多く出た。一部を以下に抜粋する。 山本氏:若手が一通り仕事を覚えたら外に出すとのことだが、その際には、最終的にはいづもやに帰ってきてもらうという前提があるのか。 岩本氏:帰ってくるかは本人に任せている。行った先の店の居心地が良ければ、そのまま残って経験を積むこともできるし、いづもやに帰りたいという思いがあれば受け止めるようにしている。また、戻ってきてくれた職人は他店でレベルアップしているので、後進の育成もでき、店の主戦力になる。 業界にとっては、若手人材は他店でも自店でもいてくれるだけでこの上ない財産だと思っている。採用計画も、他店に行ってもらったあとに戻ってこない職人もいることを念頭に立てている。 まとめ 全体を通して、岩本氏が自社の店舗に限らず鰻業界全体の発展のために動いているのが印象的であった。 飲食業界では人手不足が続いているが、その飲食業界の中でも多様化が進み、伝統の味を継げる人はますます減少している。食材である鰻も絶滅の危機に瀕している。このまま何もしなければ、鰻の文化が廃れてしまう可能性が高い。 しかし、岩本氏が店の発展と後進の育成のどちらも相手目線で動いていることで、いづもやは日本橋三越店で行列ができるほどの人気がある繁盛店となっている。 提供するサービスの向上だけでなく、支えてくれる従業員のための環境づくりと人材育成の好循環が産業を発展させていくということは、伝統産業に限らずどの業界でも普遍的に重要なポイントと言えるだろう。 日本橋 いづもやHPより「ランチ特別サービスうな重」(限定10食) https://www.idumoya.com/menu/ 主催:Next Retail Lab 問い合わせ先 電話:03-6427-9470 e-mail:info@nrl-lab.net

  • 第54回Next Retail Labフォーラム開催レポート「店舗スタッフと顧客との関係性から始まる店舗DXの未来」

    12月15日、第54回目になるNext Retail Labフォーラムが開催された。 今回はゲスト講師に小野里寧晃氏(株式会社バニッシュ・スタンダードCEO/代表取締役)をお招きし、「店舗スタッフと顧客との関係性から始まる店舗DXの未来」をテーマにご講演いただいた。 小野里 寧晃 氏 1982年10月24日群馬県前橋市生まれ。2004年大手Web制作会社に入社、EC事業部長として主にアパレル企業などのECサイト制作に従事。2011年株式会社バニッシュ・スタンダードを設立。EC構築から運営の全てを請け負うフルフィルメント事業を提供する中で「店舗を存続するEC」を目指し、2016年に店舗スタッフをDX化させる " スタッフテック " サービス「STAFF START(スタッフスタート)」を立ち上げる。 ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) ■ディスカッション参加フェロー: ・村山 らむね 氏 有限会社スタイルビズ 代表取締役 ・川添 隆 氏  株式会社ビジョナリーホールディングス 取締役 CDO 兼 CIO ・徳力 基彦 氏  note株式会社 noteプロデューサー/ブロガー ・高野 一朗 氏 モニターホーム株式会社 代表取締役/opportunity creator 目次 1 店舗スタッフが自社ECサイトで接客販売する「STAFF START」とは 2 店舗スタッフを起点にOMOを実現 2.1 ①店舗スタッフの投稿が共感を呼ぶ 2.2 ②共感から指名購入 2.3 ③指名購入から指名来店へ 3 まとめ 店舗スタッフが自社ECサイトで接客販売する「STAFF START」とは バニッシュ・スタンダードが提供するサービス「STAFF START」は、店舗スタッフが自社ECサイトでオンライン接客ができるアプリである。各スタッフがコーディネート、レビューなどのコンテンツを自社ECサイトに投稿ができるようになっており、その投稿やオンライン接客の成果を計測・可視化して、スタッフにその売上や評価を還元することができる。 現在、利用ブランド数は2100を超え、アパレル業界に限らず、家具業界、家電業界、コスメ業界など多様な業界に広がっている。「STAFF START」を活用して店頭の約100倍の個人売上実績を上げたスタッフもいるという。 店舗スタッフを起点にOMOを実現 「STAFF START」を使うことで売上を伸ばすには、「共感」が鍵となる。顧客が店舗スタッフの投稿に共感することで、ファンになり商品を購入するようになるのである。「STAFF START」の活用における成功例について、小野里氏は3つのステップに分けて分析している。 ①店舗スタッフの投稿が共感を呼ぶ これまで各ブランドはプロのモデルが服を着ている写真をイメージ写真として使ってきたが、多くの顧客にとっては自分とモデルの体型が離れており、実際の着用時のイメージが湧きにくい。顧客に必要なのは、自分と似た体型のスタッフが商品を着用・使用している写真なのだ。 また、一般的にそれぞれの商品には多くのコーディネートが存在する。数多くのスタッフが考えたそれぞれのコーディネートの写真があれば、その真似をしたり、自分のワードローブに取り入れるイメージをしたりして、購入の後押しになる。 顧客は数多くの投稿の中から、自分の好みのテイストや骨格・スタイルが合うスタッフを探し、継続的に投稿を見ることで共感を重ねていくのである。 ②共感から指名購入 「STAFF START」には、各スタッフがアプリから個人のInstagramやYou Tube等のSNSに誘導することができる機能がある。 同じスタッフに何度も共感した顧客は、スタッフ個人のSNSをフォローする傾向にある。そこからスタッフのコーディネートだけではなく、人柄を知り、やがてファンになり、指名購入するようになるという。 このポイントについて、フェローの高野氏から「お得意様」になる顧客について質問があった。 高野氏:店舗スタッフ個人の指名買いをするほどのファンを獲得する秘訣はあるか。 小野里氏:なぜお得意様が獲得できるか研究している途中ではあるが、お客様のニーズも分析しながらコーディネートを提案する・お客様との接触回数を増やすといった施策で、ある程度は再現ができている。しかし所感として、やはり重要なのは人間力だと思う。「なぜ好きになるのか」まで掘り下げようとすると難しい。これをどう定量化するかが今後のテーマになる。人間味がある人、特に同性に好かれる人が、販売力が大きいのがわかっているから、なぜ同性に好かれるかを自分達でアルゴリズムを理解し数値化していきたい。 ③指名購入から指名来店へ スタッフの中には、ロケーションに関係なく顧客が接客をしてほしいと来店するほどの人材もいる。時としてブランドそのものの魅力以上にスタッフの持つ力が大きいこともある。 ここには特にリアル店舗の価値が問われる昨今において重要なヒントがあるということで、ディスカッションでもさらに掘り下げる議論が行われた。 村山氏:洋服を買うとき、服を着替えて試着室から出ると、店舗スタッフが「お似合いですよ」とお世辞でも褒めてくれると嬉しいと私は思う。褒めて人を嬉しくさせるのが、人が持つ力と言えると思う。 藤元:試着室を出たときに褒めてもらえる体験は、来店したときならでは。 坂野氏:重要なのは期待値だと思う。最初は嬉しく感じたことも、同じ刺激を繰り返すことで期待値を超えるハードルがどんどん上がってしまう。その期待値をうまくコントロールするのが店舗スタッフの役割かもしれない。というのも、これまで期待値のコントロールを機械に任せようとしては失敗してきた。人が期待値を上手くマネジメントできるように、環境としての仕組みを作ることが「STAFF START」の役割ではないか。 まとめ 全体を通して、小野里氏が店舗スタッフの目線に立っている点が印象的な回であった。売上を伸ばすことを目指すのはもちろん、共感やファンを得ることに成功し貢献したスタッフをきちんと評価することで、ポジティブなサイクルが生まれている。その評価と還元がスタッフにとっても成功体験になり、モチベーションにつながっているのだ。 今や消費スタイルは多様化・細分化し、モノやサービスの良さ以上に、消費行動に付随する体験や意義が重視されている。顧客の一番近くにいる店舗スタッフが自由に挑戦し、評価される環境を作ることが、ひいては顧客に魅力的な体験を提供するための重要なポイントになるだろう。 主催:Next Retail Lab 問い合わせ先 電話:03-6427-9470 e-mail:info@nrl-lab.net

  • 第53回Next Retail Labフォーラムレポート「現場主導のデータ駆動経営が成功をもたらす!」

    11月17日、第53回目になるNext Retail Labフォーラムが開催された。 今回はゲスト講師に柳瀬 隆志氏(株式会社グッディ代表取締役社長)をお招きし、「現場主義のデータ駆動経営」をテーマに、自社の取り組み事例やそこからの気付き、これからの展望などをお話いただいた。 1976年福岡生まれ。 東京大学経済学部卒業後、2000年三井物産入社し、食料本部に所属。冷凍食品等の輸入業務に取り組んだ後、2008年嘉穂無線株式会社(のちの株式会社グッデイ)入社。 営業本部長・副社長を経て、2016年6月嘉穂無線ホールディングス株式会社、及び株式会社グッデイ社長就任。2017年4月からは、グループ会社の株式会社カホエンタープライズにて、クラウド活用やデータ分析を行う事業にも取り組んでいる。 ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) ■ディスカッション参加フェロー: ・長谷川 秀樹 氏 ロケスタ株式会社 代表取締役 ・郡司 昇 氏 店舗のICT活用研究所 代表 ・濱野 幸介 氏 株式会社プリズマティクス株式会社 代表取締役 目次 1 既存の仕組みを変えられないDX後進企業が、日本DX大賞・大規模法人部門で大賞を受賞するに至るまで 2 システムだけでなく「人材のDX化」を通じて、社員のモチベーションを高める 3 DXを通じて、動き続ける・アップデートし続ける企業へ 4 まとめ 既存の仕組みを変えられないDX後進企業が、日本DX大賞・大規模法人部門で大賞を受賞するに至るまで 「第1回日本DX大賞」の「大規模法人部門」で大賞を受賞したグッデイだが、2008年に柳瀬氏が入社した際は、全くデジタル化の進んでいない状況であったという。IT人材は不足しておりいわゆる「一人情シス」の状態で、ウェブサイトもメールも使わず、資料も紙ベースのアナログ環境、既存の仕組みを変えられない変化を嫌うカルチャーがまん延したDX後進企業だった。現場では、売り場構築も「経験と勘」を元に、計画がなく行き当たりばったりの状況で、業績不振に陥っていた。 柳瀬氏は、業績不振という状況もあり、システムを一から構築するのではなく、既存のSaaS等のシステムを活用し、比較的低コストでデジタル化を推進した。情報共有ツールには「Google Workspace」を導入し、社内のコミュニケーションを強化したほか、BIツールの「Tableau」で、店舗カルテ、リアルタイムな売上データや売上予測データ等を経営判断に必要な分析を行えるようにした。 その際、既存の自社基幹システムは業務負荷や費用面などの理由で手をつけず、新たにデータシステム基盤を構築した。基幹システムに蓄積されたデータはクラウド上のビッククエリに蓄積し、その他にたとえば気象庁のデータも連携している。 新たなデータシステム基盤が構築されたことで、スマートフォンやタブレット端末から在庫情報へのアクセスや発注業務ができるようになり、作業効率が大幅に改善した。また、売上のリアルタイム把握や、BIツールでの多角的な分析がスピーディーに行えるようになったことで、業績向上につながる施策が実行できるようになった。 システムだけでなく「人材のDX化」を通じて、社員のモチベーションを高める 多くの企業が抱える重要課題として、デジタルリテラシーの格差がDX化を妨げている実情があるが、グッデイではどのようにこの課題を解決したのだろうか? 柳瀬氏がグッデイに入社した当初はIT人材が不足しており、変化を嫌うカルチャーがまん延していたことは前述の通りだ。現場では、売上等の数字よりも経験や勘で売り場を構築していたり、具体の計画が無いまま行き当たりばったりの対応を行い、勘が鈍るからデータを見ないという価値観も一部で浸透しており、経営的な観点からのマネジメントができていない状況だったという。 社員のマインド変革の一貫として、選抜された社員に向けたデータ勉強会を実施。統計の基礎やツールの扱い方等の学びを通じ、データドリブン・経営目線からの分析ができるようになってきただけでなく、新しい取り組みに積極的に参加していく空気やチャレンジ精神が醸成できたという。売り場や商品部などでは、データを活用した売り場構築や商品開発、仕入等において、その成果が見える化していくにつれて社員の自信やモチベーションアップにつながり、社内全体の空気が変わっていったという。 フェローの長谷川氏からは以下の質問があった。 長谷川氏:組織として、どのくらいSQLを組めたりTableauでダッシュボードを構築できる等の人材が必要と考えているか? 柳瀬氏:本部社員が100名ほどいるが、5~6割にまで高めていければと考えている。店舗の現場も含め全員が必要なスキルとは考えていないが、データの裏付けがある施策や行動を取ったほうが効率は良いだろう。小売の現場は、実際の商品や売上のデータを使って分析できたり、あるファクターがすぐにデータに反映したりと、現場からすぐに成果を発掘できて独特の面白さがあると思うので、データ経営に関心を持つ人には楽しいと思う。 DXを通じて、動き続ける・アップデートし続ける企業へ 「DX(デジタルトランスフォーメーション)は目的でなく、デジタルを通じて課題を解決し、それを扱う人のマインドを業務変革やイノベーション思考にアップデートしていく手段である」 このように何度か柳瀬氏が述べていたのが印象的だった。 最後に企業のあり方について話があり、「企業にも慣性の法則がある」という言葉にDX大賞を受賞するまでの今までの苦労が読み取れた。なかなか変われない、変わりたくない企業は、止まっているものは止まり続けようとする慣性の法則そのものだ。しかし、逆に動いているものは動き続けようとするのも事実。人材や企業が第一歩を踏み出すために、最初のひと押し(とても大変ではあるが)で動きを作れば、そこから周りも変わっていく。 実際に柳瀬氏もこれらの取り組みを通じて、社員の動きが変わっていったことを実感したという。最初は傍観者だった社員が、少しずつ成果や結果が可視化されるにつれて、私もやってみたい、私もなにか力になれるのではないかと行動変容していった。 企業としては、時代の変化に対応して新しいことをやる、状況を分析して自社の進むべき方向性を示すこと、それに応じた「スキル・インフラ」をアップデートし続けていくことが必要であると締めくくった。 フェローの濱野氏からは以下の質問があった。 濱野:もともとデータを扱っていなかったり、否定的な意見を持つ人への「最初のひと押し」は相当の摩擦力があったと思われるが? 柳瀬氏:最初は本部主導でデータ活用の成功事例を積み上げていった。導入初期に現場でつまずいてしまうと、その後再度使ってもらうのに大きな力が必要になるためだ。実際、本部でこなれてきた頃に、現場から自発的に活用したいとの声が出始めた。 まとめ グッデイの取り組みでは、ITインフラやシステム構築だけでなく、人材育成・DX化の優れた戦略が印象的であった。データ活用やデータ経営に興味のある社員を発掘し、データ勉強会(現在はGooDay Data Academyと呼称)を通じてスキルを引き上げ、数々の成功事例を原動力に、人材の力で「動ける会社・アップデートできる会社」へと変革していった。 ディスカッションでは今後の取り組みも聞かれた。すでにLINE公式アカウントは多くの会員数を擁するが、会員IDとPOSデータから顧客を分析し、顧客提供価値を更に高めていくとのことだ。また、今後は「ウェルビーイング」をテーマに、顧客へ新しい暮らしやライフスタイルを提案していきたいと語った。福岡県糸島の古い家を購入し、自分たちでリフォームをする取り組みも面白い。実際の取り組みを通して、どのような作業が楽しくて、役に立つのか。その経験から、グッデイが今後どうあるべきかを思考しながら、ウェルビーイングを探究していくとのことだ。 主催:Next Retail Lab 問い合わせ先 電話:03-6427-9470 e-mail:info@nrl-lab.net

  • 第50回Next Retail Labフォーラム開催レポート「ドラッグストアにおける次世代顧客データ活用」

    【イベント報告】ドラッグストアにおける次世代顧客データ活用(9/22第50回NRLフォーラム) 9月22日、第50回目になるNext Retail Labフォーラムが開催された。 今回はゲスト講師に西郷 孝一氏(株式会社薬王堂取締役常務執行役員営業本部長)と遠藤 国忠氏(株式会社Novera代表取締役CEO)をお招きし、「ドラッグストアにおける次世代顧客データ活用」をテーマに、小売業界がどのようにデータを活用していくべきかご講演いただいた。 1978年、岩手県矢巾町生まれ。大学卒業後、花王で5年間勤務。 その後、2012年4月に株式会社薬王堂に入社。営業企画部部長、商品部部長、業務改革部部長、経営企画部長を歴任し、取締役常務執行役員経営戦略本部長として経営に携わる。 2018年4月に設立した薬王堂100%子会社の「Medica」の代表取締役、2021年5月には薬王堂ホールディングス常務取締役経営戦略部長に就任。 現在は、企業としての中長期的な戦略の立案から実行と、他業界の人材と企業とのコラボレーションを推進している。 2011年に株式会社サイバーエージェントに新卒入社。 マッチングサービスに企画とエンジニアの両面から携わった後、スマートフォン向けソーシャルゲーム「ミリオンチェイン」のプロデューサー・ディレクター、「ガールフレンド(♪)」のリードプランナーなどを経験。 2017年1月よりNoveraを創業し代表取締役CEOに就任。 ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) ■ディスカッション参加フェロー: ・村山 らむね 氏 有限会社スタイルビズ 代表取締役 ・郡司 昇 氏 店舗のICT活用研究所 代表 ・矢野 貴久子 氏 株式会社アイスタイル Beauty Tech.jp編集長 目次 1 アプリで自分に合った化粧品がすぐに分かるAI肌診断とは 2 AI肌診断が営業指標にもたらした3つの効果 3 小売事業者の店頭のデータ活用の成功への3つの条件 3.1 知識と経験値 3.2 コミュニケーション力(対等な企業関係) 3.3 多種多様な小売データ環境の整備 4 まとめ アプリで自分に合った化粧品がすぐに分かるAI肌診断とは 現在、多くの企業が公式アプリを活用しており、その存在は一般的なものとなっている。そのなかで薬王堂の公式アプリには注目すべき機能がある。それはAIを活用した肌診断だ。スマホのカメラで自分の顔を撮影すると、AIが肌の状態を診断してくれる。 なぜ、自分の顔を撮影するだけで肌診断が可能なのか。現役美容部員200人の知見を学習したAIがそれを可能にしている。そのため、プロの美容部員に診断してもらっているような体験がアプリ上でできる。また、薬王堂が持つ顧客の購買データとパーソナルデータを掛け合わせることで、自分と肌の状態が近い人が買っている化粧品もおすすめしてくれるのである。 AI肌診断について、フェローの村山氏は以下のようにコメントした。 村山氏:例えば、私が今かけているメガネはZoffの顔診断アプリで買ったものだ。そのアプリの良かった点は、たくさんある商品の中で自分に合ったものをレコメンドしてくれて、時間をかけずに選べること。化粧品も人によって合うものが違うため選ぶのが難しいが、アプリで簡単に自分に合ったものを選ぶことができれば、ユーザーとして使い続けるのだと思う。 AI肌診断が営業指標にもたらした3つの効果 AI肌診断により、基礎化粧品に対する3つの要素が向上した。 1つ目は、客単価である。AI肌診断経験前と経験後で顧客の1人1回あたりの客単価は、6,831円から8,691円へと向上している。しかし他のデータを参照すると、これは購入品数が増加しているためではない。西郷氏はこの結果に対して、ユーザーが肌診断の結果とリコメンドを信頼して、より高単価な商品の購入を決断しているのではないかと分析する。従来ドラッグストアで化粧品を購入するときは、自分だけで調べ、選ぶことがほとんどだ。しかしAIの客観的な診断とリコメンドは、信頼できる外部からの判断である。その点では、AI肌診断がデパートの美容部員のように使われているとも言える。 出典:西郷氏、遠藤氏資料 2つ目は、顧客生涯価値、つまり顧客が長期間サービスを利用しているうちに使う金額だ。AI肌診断の経験前と経験後で、22,997円から61,558円へと大幅に上昇している。薬王堂が拠点としている東北地方では人口が減少している地域が多く、新規顧客を獲得するのは難しい。一度関係を築いた顧客と良好な関係性を維持し、収益を高めることは重要である。 出典:西郷氏、遠藤氏資料 3つ目は、2回目の来店までにかかる日数だ。AI肌診断経験前と経験後で93.7日から90.8日に短縮した。 一方で前述のとおり、1回あたりの購入点数が増加したという結果は出ていない。西郷氏はこの点について、まだアプリの改善の余地があると考えている。例えば、商品情報の充実、商品カテゴリの最適化、AIリコメンドの精度向上などだ。 特に商品情報を充実させることは重要である。まだメーカーと連携しきれておらず、商品情報が少ないことを西郷氏は課題に感じている。商品情報が乏しい商品は、いくらAIがおすすめしてもユーザーは購入をためらう可能性が高い。今後、商品の情報を充実させるために、メーカーとの連携を強化していくことが重要だと西郷氏は考えている。 フェローの郡司氏は、アプリの改善について別の視点から指摘した。 郡司氏:AIの判断に美容部員の目線をインプットしているとのことだが、美容部員が持っている商品の売り方もノウハウとして導入できれば、顧客とのコミュニケーションの幅が広がるのではないか。 いずれにせよ、AIデータを活用するだけではなく、その先にある顧客への提供方法を充実させることが次のステップとして重要である。 小売事業者の店頭におけるデータ活用の成功への3つの条件 ここまでの話で、AI肌診断の導入により小売KPIを向上する方法論が分かってきた。しかし単純にAIを導入するだけでは、成功は難しい。AIを活かすためには小売事業者側も取り組むべき条件がある。 1. 知識と経験値 小売業の現場だけでなく、経営層もAIの知識を持つことが鍵となる。AIを導入してすぐに売上に影響するとは限らないからこそ、経営層に長期的な運用になることを理解してもらい、設計をしていく必要がある。 上記のケースでは、西郷氏がAIを使ったデータ活用に対して理解を深めていたため、成果が得られたということだろう。 さらに重要なのが、AIによるデータ活用の経験である。経営者自身もAIデータ活用を経験することで、AIデータ導入の前後もスムーズにサービスを提供することができる。西郷氏もデータ活用のためにNoveraと何度も打ち合わせを行い、実際にAIデータ活用を経験する中で自社に最適なAIデータの活用方法を見つけ、導入を進めてきたそうだ。 2. コミュニケーション力(対等な企業関係) 小売事業者とAIデータ活用の企業が共同でサービスを提供する場合、どちらかに頼り切ることがないバランスも重要である。 協業で一つのサービスを提供するのは難しいが、積極的にコミュニケーションをとり、お互いを理解することが、専門性の高いデータ活用をするうえでは欠かせない。 お互いに専門分野を知っているからこそ、できること・できないことを共有しながら、素早く改善点を見つけてサービス向上に取り掛かることができる。 3. 多種多様な小売データ環境の整備 3つ目はAIを活用するためのデータをきちんと整備することだ。データが整備されていることで、AIは生活者に最適なサービスを提供できる。 基本的に購買データしか持っていない小売事業者は少なくないが、購買データのみで精度の高い予測をすることは難しい。また、AIが学習できるようにデータを整備するにも、専門知識のある担当者が必要になる。 薬王堂の成功を分析する上で、購買データだけでなくパーソナルデータを取得し、さらにAIが学習できるように整備していることも重要なポイントである。 まとめ 薬王堂の例から、小売業界がAIを活かすには専門分野の人に任せっぱなしにするのではなく、経営層も能動的にプロジェクトに関わる必要があることが分かった。Noveraの遠藤氏は、西郷氏がAIに理解があったからこそここまで進められたと話す。小売事業者の経営層がAIについて理解していないまま計画を進めると、長期的な運用を見据えたビジネス設計ができない、AIの導入後すぐに結果を求めて現場とギャップが生じてしまうといった問題が発生しうる。 今後、AIやデータ活用で顧客の体験価値が向上すれば、さらなる販促も成功する可能性が高まる。そのためにも、薬王堂のようにAIやデータの活用方法について、企業を挙げて勉強していくことが不可欠になるだろう。 ◆◆◆◆新規会員募集中◆◆◆◆◆◆◆ https://www.nr-lab.net/enrollment ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 主催:Next Retail Lab 問い合わせ先 電話:03-6427-9470 e-mail:info@nrl-lab.net

  • 第49回Next Retail Labフォーラム開催レポート「メタバースとリテールの未来」

    【イベント報告】メタバースとリテールの未来(7/20第49回NRLフォーラム) 7月20日、第49回目になるNext Retail Labフォーラムが開催された。 今回はパネリストとしてNRL理事の林直孝氏(J.フロント リテイリング株式会社 執行役常務 グループデジタル統括部長)、NRLフェローでもある徳力基彦氏(note株式会社  noteプロデューサー/ブロガー)、仲田朝彦氏(株式会社三越伊勢丹 営業本部 オンラインストアグループ デジタル事業運営部 レヴワールズ マネージャー)、池内 光(株式会社ビームス取締役 株式会社ビームスクリエイティブ代表取締役社長)をお招きし、「メタバースとリテールの未来」をテーマに、日本におけるメタバースのビジネスチャンスについてディスカッションした。 パルコ入社後、全国の店舗、本部及び、Web 事業を行うグループ企業の株式会社パルコ・シテイ(現株式会社パルコデジタルマーケティング)を歴任。2013年に新設された「WEBコミユニケーション部」にてPARCO のデジタルマーケティング及びオムニチャネ化を推進。2017年より「グループCIT戦略室」にて、ショツピングセンターのDX (デジタルトランスフオーメーション)を具現化するため『デジタルSC(ショツピングセンター)プラットフォーム』戦略の推進を担当。2022年3月より現職。 NTTやIT系コンサルティングファーム等を経て、アジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。代表取締役社長や取締役CMOを歴任。現在はnoteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNS活用のサポートを行っている。個人でも、日経MJやYahooニュース!個人のコラム連載等、幅広い活動を行っており、著書に「普通の人のためのSNSの教科書」、「アルファブロガー」等がある。 早稲田大学政治経済学部経済学科卒。2008年に株式会社伊勢丹(現三越伊勢丹)に入社。紳士服担当として店頭・バイヤー業務を経験。2019年に社内起業制度を活用し、アバターへのファッション価値やライフスタイルを提案する「仮想店舗とデジタルウエア事業」のトライアルの実施。2021年より仮想都市プラットフォーム事業にて「REV WORLDS」事業を運営。 1971年生まれ。大学卒業後、電通に入社。23年間の在籍期間、キャリアの前半は営業職、後半はクリエイティブ部署においてプロジェクトをつかさどるプロデューサーとして、大小さまざまな企画を手掛けた。2018年4月、ビームスへ入社し、社長室室長に。20年5月、ビームスクリエイティブ代表取締役社長に就任。 ■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長) ■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事) 目次 1 メタバースは日本では流行らない? 1.1 メタバース先進国と日本の違い 2 小売業界のメタバース活用の成功を握る3つのカギ 2.1 訴求する欲求は承認欲求以上 2.2 ターゲット層は若者だけじゃない 2.3 必須機能はコミュニケーションが取れること 3 メタバース取り組み事例 メタバースは日本では流行らない? 2021年10月、Facebook, Inc.がMeta Platforms, Incと社名を変更し、メタバースに年間100億ドルを投資すると話題になった。 海外では、ゲーム業界に限らず、ファッション業界、教育業界などさまざまな業界に広がり、メタバース空間を活用した数多くのサービスが発表されている。しかし日本では、メタバースを活用したサービスや事例は少なく、日本ではメタバースは流行らないのではないかという声もある。本当に日本でメタバースは流行らないのか? 日本国内で、先進的にメタバースの活用に取り組んでいる方々から日本独自のメタバースの問題点とビジネスチャンスについてお聞きした。 1. メタバース先進国と日本の違い メタバース普及における日本の課題は、VRゴーグルやパソコンの普及率の低さだ。総務省の「通信利用動向調査」によると、2021年のスマートフォンの世帯における普及率は88.6%だ。パソコンの世帯における普及率は69.8%とスマートフォンに比べて低い。日本のスマートフォンの普及率は高いが、Metaが考えているようなパソコンとVRゴーグルで体験するメタバースはスマートフォンで体験することは難しい。 徳力氏は「PCの普及率の低さがネックである。日本はスマホメタバースから始まるだろう」と指摘した。 日本ではスマートフォンによるメタバースの普及が予測されるが、メタバースの入口となる端末がメタバース先進国と違うため、先進国の事例をそのまま模倣しても日本で成功することはできないことが考えられる。 一方で日本独自の利点がある。それはおもてなしの接客が優れていることだ。メタバースが日本で普及した際、日本の接客サービスが海外よりも優れているため、海外のお客様が日本のサービスを受けたいという需要が高まることが予想できる。 ディスカッションでも以下のような議論になった。 林氏:海外から日本に期待されているのは漫画やアニメなどのコンテンツ。しかし、漫画やアニメといった知的財産は消費されて、終わってしまう。むしろ、メタバースが盛り上がったときにどこの国よりも、楽しい、居心地がいい、おもてなしといったサービスが日本の強みであり、メタバース活用においても大事になると考える。 仲田氏:日本人のおもてなし力、対応力、接客力は世界トップクラス。百貨店で先輩の接客している姿を見て、尊敬する。 つまり日本ではメタバースの入り口となる端末が課題となっているが、メタバースが普及したとき日本の小売業は海外のお客さんを取り込む戦略を視野に入れることでビジネスチャンスがあることがわかった。 小売業界のメタバース活用の成功を握る3つのカギ 現実の店舗を仮想空間で再現するだけで、成功するわけではない。メタバースだからこそ生まれる欲求や特性を理解し、メタバースを活用することが、成功する鍵となる。 1. 訴求する欲求は社会的欲求以上 メタバース空間で訴求する欲求は、マズローの欲求5段階説でいうと、社会的欲求以上になる。なぜなら、メタバース空間はコミュニティの形成が最も重要な要素となるためだ。 林氏:ワールドカップやハロウィンなどが開催されると渋谷で同じような趣味嗜好の人たちが集まる。このイメージが1番近いと思う。コミュニティに参加している証、連帯感を表現しようとすると、 1番わかりやすいのは、視覚的に表現することだ。ファッションはコミュニティの一員であることを簡単に示すことができる一要素となる。 また、承認欲求を満たすために、生活者は服を購入することもあるが、これはメタバース空間でも同様であると、徳力氏と藤元は議論した。 例えば、フォートナイトというオンラインゲームは無料で遊ぶことができる。課金の要素があるのはゲームの進行にまったく関係のないアバターにスキン(キャラクターの見た目を変えるコスチューム)である。リアルではファッションに興味がない人が友達に自慢したいという欲求からゲーム上ではアバターのスキンに課金するといった話がある。 仲田氏曰く、「アバターの服をなぜ買うのと聞かれるが、LINEのスタンプを買うことと同じだ。インターネット上でも、 人とのコミュニケーションが生まれると、やっぱり自分らしさを伝えたいと思ったり、TPOが存在していたりする」とのことだ。 アバターのファッションはただ着飾るのではなく、生活者の社会的欲求以上の欲求が求められることも成功のポイントになるようだ。 2. ターゲット層は若者だけじゃない メタバースのターゲット層といえば若者が思い浮かぶが、70代以上の高齢者層もターゲットになる。 仲田氏によると、メタバースのアプリを展開してから、70代80代の方からも問い合わせがくるそうだ。孫とコミュニケーションが目的でメタバースを利用したいと思うからだ。また、もし孫にアバターの服をおねだりされたら、買ってあげたいと思う祖父母もいるという。自分のアバターを着飾りたいと思う生活者だけをターゲットにするのではなく、購入するまでのプロセスに関わる生活者もターゲットになり得る。 購入までの体験に付加価値を与えることで、ターゲットとして考えられていなかった新しい層を獲得することができるだろう。 3. 必須機能はコミュニケーションが取れること メタバースでの小売業の展開において、現状のECサイトと大きく変化する点は、お客様と一対一で密にコミュニケーションを取ることが可能な点だ。現状のECサイトでは対応できない、リアルと同じような体験を提供することができる。 その点についてディスカッションで出た意見を抜粋する。 仲田氏:おそらくメタバースは一人で使わない方がいいサービスの象徴だろう。昔、おじいちゃんにメタバースで買ってもらったなと思い出すといった想像をしている。 池内氏:バーチャルだからECに近いと思っていたが、リアルの店舗に近い。ただリアルコミュニケーションと違い、アバターを着ていることで匿名性があるため、本音を聞き出しやすい。 リアル店舗ともECサイトとも異なるお客様とのコミュニケーションが可能になり、生活者のインサイトが理解しやすいメタバース空間では、お客様とのコミュニケーションの場を構築することが、小売業がメタバースを活用して成功するための大きなポイントとなる。 国内のメタバース取り組み事例 ここでは、実際に日本で行われているメタバースを紹介する。 「REV WORLDS」 三越伊勢丹が2021年3月にローンチしたREV WORLDSだ。 VRを活用したスマートフォン向けアプリで仮想空間の中に三越伊勢丹を再現している。そのため、商品を買いに行くにもメタバース内で歩く必要がある。仮想空間の三越伊勢丹はオンラインストアから厳選された商品が並んでおり、オンライン上で誰かとコミュニケーションを取りながら買い物ができるようになっている。 出典:仲田氏資料 「BEAMS」 ビームスは、メタバースで開催される「バーチャルマーケット」に2020年よりバーチャル店舗を出店している。リアル店舗を模しながらも現実にとらわれない独自の空間づくりやコーナー展開をしている。2021年はPUI PUIモルカーのアバターに加え、リアル商品と連動したオリジナルアバターも販売した。ビームスの目標は、バーチャル空間でセレクトショップならではの存在意義を示していくことだ。 「バーチャル秋葉原」 JR東日本は、jeki、HIKKYとともに、「Virtual AKIBA World」を展開している。現実の秋葉原駅およびその周辺エリアを再現したJR東日本オリジナルのバーチャル空間が広がっている。山手線31番目の駅としてJR東日本は謳っている。 リアルさながらに再現された駅空間で、アバター同士でコミュニケーションを取ること可能だ。 まとめ 日本で小売業界がメタバースへ参入するのは難しいと思われがちだが、メタバース普及後におけるビジネスチャンスは十分にあることがわかる。メタバースが普及することで小売業が提供できる体験価値がより幅広くなるからだ。 国内では、同じオンライン上でもECサイトを見るよりメタバースで接客を受けることで付加価値が高まり、生活者が購入に至る可能性が上がるだろう。また、現在のオンラインショップは探しているものをすぐ見つけられることに強みがあるが、メタバースにはリアル店舗の強みであるセレンディピティ(偶然の出会い)がある。つまり生活者にECサイトよりも多くの自社の商品を買ってもらえる可能性がある。そして、世界トップクラスである日本の接客サービスによって、海外からの顧客も見込めるなど、これからの小売業においては、メタバースを活用することを前提とした考え方が必要になる。 メタバースの登場によって、顧客との接点は増加していくと考えられる。今後、生活者に対して、ブランド独自の出会いと接客による体験価値を提供できるかが重要になるだろう。 ◆新規会員募集中◆ https://www.nr-lab.net/enrollment 主催:Next Retail Lab 問い合わせ先 電話:03-6427-9470 e-mail:info@nrl-lab.net

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